じゃじゃ馬婚約者の教育方針について悩んでいます。

萌菜加あん

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51.心の在処

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レッドロラインの宇宙港に、
出港を前にした戦艦『Black Princess』が
静かにそのときを待っている。

今はこの国の英雄を称える群衆のどよめきも、
揺れる国旗の波も、
戦意高揚のために奏でられる楽隊の音楽もない。

戦艦に乗る者たちの近親者が、
ひっそりとその別れを惜しむだけだ。

ユウラもまた、
オリビアを見送りにドックを訪れている。

「ユウラ……」

オリビアの掌がユウラの頬に触れると、

「やっぱり私も連れて行って……って言っても
 やっぱりあなたは首を縦に振らないんだろうな……」

そう言ってユウラが肩を竦める。

そんなユウラを、オリビアのエメラルドの瞳が、
少し困ったように見つめている。

「言っただろ? 戦艦に乗るだけが戦争じゃないって。
 俺には俺の、お前にはお前の戦場があるの!
 今はその場所でお互いベストを尽くそう」

そう言って、オリビアが微笑みかける。

それでもそれはあまりにも過酷な戦場だと、
ユウラは思う。

アカデミーの掲示板に張り出されていた人事のことは、
ユウラも知っている。

オリビアが右腕と頼むルーク・レイランドを筆頭に、
オリビアに忠誠を誓う者たちのほとんどが、
戦艦『Black Princess』での任を解かれた。

事の発端はレッドロラインが有する、
希少資源である『女神の王冠』の放棄を
オリビア第一皇女が宣言したことによる、
敵対勢力の圧力だった。

宇宙空間のコロニーに生きる者にとって、
地球の環境を再現するための緻密なコンピューター制御は、
生命を維持するために必須のことであり、
そのコンピューター制御に欠かせない物質が
近年、レッドロライン領の小惑星M1から発掘されている
『女神の王冠』と呼ばれる希少資源なのである。

『有限のものに執着して、争って、それでどうなる?
 一時的な利益を得ることはできたとしても、
 それがなくなれば、結局誰も生きることができなくなってしまう』

希少資源を巡って争いの絶えないレッドロラインを憂いたウォルフが、
あるときユウラにそう言った。

『それよりも、恒久的に皆を生かすための技術を確立することの方が、
 ずっと大切なんだ』と。

恐らくそれは実の父であるフランツ王の意向でもあるのだろう。

その意向を受けてウォルフはオリビアとして、
『女神の王冠』に代わる次世代の
ICチップの開発を秘密裏に進めていたのだ。

そしてその技術はすでに確立されており、
量産化に向けての調整段階に入っているのだという。

L4宙域にある中立の小国が、それを作成するための
特許をいくつか持っているので、

オリビア自らその国に赴き、平和的利用を約束した上で
交渉に臨むことになった。

今まで『女神の王冠』の値段を不当に吊り上げ、
莫大な利益を得ていた国の重鎮たちは、
そんなオリビアに牙を剥き、
死にもの狂いで、抵抗してくるだろう。

「そんなに俺のこと、心配?」

オリビアが可愛子ぶった表情で、
うるうるとした眼差しを向けてくると、

「当たり前でしょ? 
 この状況であなたを見送るもだもの。
 こっちは生きた心地がしないわよ」

ユウラはがっくりと肩を落とした。

「愛されてんのね、俺ってば」

そう言ってオリビアが戯けて見せる。

「そうよ、あなたは愛されているの。
 この国の民にも、あなたに忠誠を誓う臣にも。
 どうかそのことを忘れないで!」

ユウラの鳶色の瞳が、強くオリビアを見据える。

「お前は俺がその言葉で満足すると思うのか?」

そう言って、オリビアがユウラを見つめる眼差しを細めた。
ユウラは口をつぐみ、必死に言葉を飲み込んだ。

その言葉を今発してしまえば、多分
泣いてしまう。

「後でメールで送るよ」

曖昧に笑ってユウラが、オリビアから視線を逸らすと、
オリビアがユウラの手首を戒めた。

「お前はこの出港が、そんな生易しいものだと思っているのか?
 生きて戻れるという確証はない。
 だから、せめて、お前の心を俺にくれ」

オリビアがユウラを抱き寄せて、
切なげに耳元に低く囁くと、

たまらずユウラがその胸で嗚咽を上げた。

「また、お前を泣かせてしまったな。
 必死に泣くまいと我慢しているのを知っているのに、
 何でいつも泣かせてしまうんだろう」

そう言ってオリビアが複雑な表情を浮かべた。

「愛しています。この心の在処はすでにご存知でしょう?
 どうすれば伝わりますか?
 あなたと共にあることが出来るのなら、私は死も厭いません」

ユウラが鳶色の瞳を涙で濡らして、
必死にオリビアに訴えると、

オリビアが不意にニヤリと笑った。

「な~んてな。
 この俺がそう簡単に死ぬわけが無いだろうがっ!」

そう言って、ユウラの額を人差し指で押した。
そんなオリビアにユウラが目を瞬かせた。

オリビアはユウラの赤い髪を一房手に取って口付ける。

「綺麗な髪だな。俺の好きな色だ」

そう言ってユウラに銀の髪飾りを手渡した。

「俺の帰還祝いのときに、お前、これ落としただろう。
 大事なものなんだぞ?
 何せ、これは俺の心なんだから」

そう言って、オリビアがユウラに微笑んで背を向けた。

「オリビア様、出港のお時間です」

無情な兵卒の言葉に、
ユウラ涙が瞳に盛り上がる。

「生きて! 必ず生きて戻って!」

ユウラが悲痛に叫ぶと、
オリビアが振り返り、

「おお、当たり前だっ!」

不敵に笑って見せた。








 




 











 



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