94 / 118
94.カルシアの宴
しおりを挟む
「ユウラ、お前に受け取って欲しいものがあるんだ」
朝食を終えると、ウォルフがユウラに切り出した。
場所を居間に移すと、執事が恭しく宝石箱を持ってきた。
執事は白い手袋をはめて、
そこからダイアのティアラと対になったダイヤの首飾りを取り出した。
「これは……?」
その荘厳さに、ユウラが息をのんだ。
「母シャルロット王妃の形見だ」
ウォルフの眼差しに、痛みと亡き母への思慕が過る。
執事がウォルフに一礼して、部屋を出た。
執事が部屋を出たことを確認して、ウォルフが口を開いた。
「これはレッドロライン王の第一王妃たるものの証だ。
父王は母シャルロット王妃が亡きあとも、
決してこの証を第二王妃のカルシアにお渡しにはならなかったんだ。
来るべき時が来て、俺が皇子として姿を現わすときに、
その横に立つ女性に贈れと」
ウォルフはそのティアラと首飾りを身に着けて、
父王の隣に立つシャルロット王妃を思い浮かべた。
ウォルフには実母の記憶がない。
しかし写真に映る母は、気高く美しい。
(きっと母はその装飾品を頂くに相応しい方だったのだろう)
ウォルフはぼんやりとそんなことを想像する。
同時に実の母のことをそんなふうに
ぼんやりとしか想像できないことを、
ウォルフは少し寂しく思った。
「私でいいの?」
ユウラが心配そうにウォルフの顔を覗き込んだ。
ウォルフがふっと笑ってユウラを抱きしめた。
「お前の他に誰がいるんだ?」
ウォルフの胸に切なさが満ちる。
「俺はそれを身に着けた母を見たことがないんだ。
どんなに強がったところで、その空虚感ってのは消えなくてな」
そういって、ウォルフが寂しげに微笑んだ。
「約束してくれないか? ユウラ。
お前は必ず俺より長生きしろ」
そう言ってウォルフはユウラの肩口に頭をもたせ掛けた。
「ウォルフ?」
ユウラがウォルフを伺った。
「もう俺を、一人にしないでくれ……ユウラ」
そう呟いたウォルフの背を、ユウラが優しく撫でた。
ウォルフはしばらくの間、その温もりに身を委ねる。
それは温かで心地よく、ひどく安らぐ。
しかし一方で同じだけの振り幅で不安にもなる。
薄氷を踏むような、危いところを生きる自分に、
果たしてこの大切な存在を守り切ることができるのか。
ウォルフはそんな自身の心の機微を持て余す。
「大丈夫だよ、ウォルフ。
私はちゃんとここにいる。ウォルフのそばにいるよ」
そう言って、ユウラはウォルフに微笑んで見せる。
なにものにも代えがたい、震えるほどに大切な存在。
そんなユウラの微笑みが、
今日はやけにウォルフの心に突き刺さる。
ユウラの儚い微笑みが、
窓から差し込む日の光の中に溶けてしまいそうで、
ウォルフはユウラを抱く腕に力を込めた。
「ああ、そうだな。
ユウラはここにいる。
ちゃんと俺の腕の中にいるな」
ウォルフはそう言って、ユウラの存在を確かめるように瞳を閉じた。
そして口調をかえて、少し明るい声色で言った。
「今日の午後に父の重臣たちが
父の親書をもって、この場所に集まることになっているんだ。
お前にはそのティアラを身に着けて、俺の隣に立って欲しい」
ユウラはウォルフの言葉に、幸せそうに頷いた。
◇◇◇
ウォルフの約束の時間に間に合うようにと、
ユウラは少し早めに支度を済ませた。
純白のローブデコルテに、ティアラと首飾りを頂いて、
ユウラはそのときを待っていた。
館のエントランスが騒めいたので、
ユウラはてっきりウォルフが戻ったのだと思っていたが、
そこに通されたのはカルシアの女官たちだった。
「カルシア様が戦勝の祝いの宴を催されます。
華々しい戦功をお上げになった、赤薔薇の騎士団の皆様を
お連れするようにとのカルシア様のご命令ですので」
ユウラは強引に、半ば拉致されるがごとくにカルシアの館へと連行された。
梅雨に調整された空からは、しとしとと雨が滴り、
中庭に咲く紫陽花を濡らしていく。
ホールにはカルシアの側近たちが招かれて、談笑している。
そのまわりには、エマやエドガー、ナターシャやダイアナもいる。
見知った顔を見つけ、ユウラは少しほっとした。
ユウラは仲間のもとに駆け寄ろうとするが、
目敏くユウラを見つけたカルシアの形相が変わる。
ホスト役としての貼り付けた薄い笑みが剥がれ落ちる。
カルシアが主賓席を立ち、ユウラに歩み寄った。
「お前が身に着けているそれは何?」
カルシアの声に、場が凍り付いた。
「純白のローブデコルテは王族にのみ許されたドレスコードです。
それにお前が頭に頂いているそのティアラはレッドロライン王の
第一王妃のみに着用が許されたもの。
なぜお前が身に着けているの?」
カルシアが怒りにその身を震わせている。
ユウラは声が出ない。
「答えよっ!」
要人の前であるにも関わらず、きつい叱責が飛ぶ。
「よかろう、お前はあくまでこの国、
レッドロラインとその王族を貶めるというのだな」
カルシアがユウラの手を乱暴に引っ掴んで、雨の中庭に連れ出した。
カルシアの掌が、きつくユウラの頬を打った。
パシンッという音が静寂の中に響いて、
ユウラは雨にぬかるんだ中庭に倒れ伏した。
朝食を終えると、ウォルフがユウラに切り出した。
場所を居間に移すと、執事が恭しく宝石箱を持ってきた。
執事は白い手袋をはめて、
そこからダイアのティアラと対になったダイヤの首飾りを取り出した。
「これは……?」
その荘厳さに、ユウラが息をのんだ。
「母シャルロット王妃の形見だ」
ウォルフの眼差しに、痛みと亡き母への思慕が過る。
執事がウォルフに一礼して、部屋を出た。
執事が部屋を出たことを確認して、ウォルフが口を開いた。
「これはレッドロライン王の第一王妃たるものの証だ。
父王は母シャルロット王妃が亡きあとも、
決してこの証を第二王妃のカルシアにお渡しにはならなかったんだ。
来るべき時が来て、俺が皇子として姿を現わすときに、
その横に立つ女性に贈れと」
ウォルフはそのティアラと首飾りを身に着けて、
父王の隣に立つシャルロット王妃を思い浮かべた。
ウォルフには実母の記憶がない。
しかし写真に映る母は、気高く美しい。
(きっと母はその装飾品を頂くに相応しい方だったのだろう)
ウォルフはぼんやりとそんなことを想像する。
同時に実の母のことをそんなふうに
ぼんやりとしか想像できないことを、
ウォルフは少し寂しく思った。
「私でいいの?」
ユウラが心配そうにウォルフの顔を覗き込んだ。
ウォルフがふっと笑ってユウラを抱きしめた。
「お前の他に誰がいるんだ?」
ウォルフの胸に切なさが満ちる。
「俺はそれを身に着けた母を見たことがないんだ。
どんなに強がったところで、その空虚感ってのは消えなくてな」
そういって、ウォルフが寂しげに微笑んだ。
「約束してくれないか? ユウラ。
お前は必ず俺より長生きしろ」
そう言ってウォルフはユウラの肩口に頭をもたせ掛けた。
「ウォルフ?」
ユウラがウォルフを伺った。
「もう俺を、一人にしないでくれ……ユウラ」
そう呟いたウォルフの背を、ユウラが優しく撫でた。
ウォルフはしばらくの間、その温もりに身を委ねる。
それは温かで心地よく、ひどく安らぐ。
しかし一方で同じだけの振り幅で不安にもなる。
薄氷を踏むような、危いところを生きる自分に、
果たしてこの大切な存在を守り切ることができるのか。
ウォルフはそんな自身の心の機微を持て余す。
「大丈夫だよ、ウォルフ。
私はちゃんとここにいる。ウォルフのそばにいるよ」
そう言って、ユウラはウォルフに微笑んで見せる。
なにものにも代えがたい、震えるほどに大切な存在。
そんなユウラの微笑みが、
今日はやけにウォルフの心に突き刺さる。
ユウラの儚い微笑みが、
窓から差し込む日の光の中に溶けてしまいそうで、
ウォルフはユウラを抱く腕に力を込めた。
「ああ、そうだな。
ユウラはここにいる。
ちゃんと俺の腕の中にいるな」
ウォルフはそう言って、ユウラの存在を確かめるように瞳を閉じた。
そして口調をかえて、少し明るい声色で言った。
「今日の午後に父の重臣たちが
父の親書をもって、この場所に集まることになっているんだ。
お前にはそのティアラを身に着けて、俺の隣に立って欲しい」
ユウラはウォルフの言葉に、幸せそうに頷いた。
◇◇◇
ウォルフの約束の時間に間に合うようにと、
ユウラは少し早めに支度を済ませた。
純白のローブデコルテに、ティアラと首飾りを頂いて、
ユウラはそのときを待っていた。
館のエントランスが騒めいたので、
ユウラはてっきりウォルフが戻ったのだと思っていたが、
そこに通されたのはカルシアの女官たちだった。
「カルシア様が戦勝の祝いの宴を催されます。
華々しい戦功をお上げになった、赤薔薇の騎士団の皆様を
お連れするようにとのカルシア様のご命令ですので」
ユウラは強引に、半ば拉致されるがごとくにカルシアの館へと連行された。
梅雨に調整された空からは、しとしとと雨が滴り、
中庭に咲く紫陽花を濡らしていく。
ホールにはカルシアの側近たちが招かれて、談笑している。
そのまわりには、エマやエドガー、ナターシャやダイアナもいる。
見知った顔を見つけ、ユウラは少しほっとした。
ユウラは仲間のもとに駆け寄ろうとするが、
目敏くユウラを見つけたカルシアの形相が変わる。
ホスト役としての貼り付けた薄い笑みが剥がれ落ちる。
カルシアが主賓席を立ち、ユウラに歩み寄った。
「お前が身に着けているそれは何?」
カルシアの声に、場が凍り付いた。
「純白のローブデコルテは王族にのみ許されたドレスコードです。
それにお前が頭に頂いているそのティアラはレッドロライン王の
第一王妃のみに着用が許されたもの。
なぜお前が身に着けているの?」
カルシアが怒りにその身を震わせている。
ユウラは声が出ない。
「答えよっ!」
要人の前であるにも関わらず、きつい叱責が飛ぶ。
「よかろう、お前はあくまでこの国、
レッドロラインとその王族を貶めるというのだな」
カルシアがユウラの手を乱暴に引っ掴んで、雨の中庭に連れ出した。
カルシアの掌が、きつくユウラの頬を打った。
パシンッという音が静寂の中に響いて、
ユウラは雨にぬかるんだ中庭に倒れ伏した。
10
あなたにおすすめの小説
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる