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115.声
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クライスとユウラは、イシュマエル商隊を守る警備兵の背後に回り、
最後尾の者を素早く伸して、
その衣服を取り換えると何喰わぬ顔で警備兵の後ろをついていく。
クライスはゴーグルと防弾チョッキを身に纏うPMC装甲で、
ユウラは黒の皮の帽子を深く被り、口元を黒の領巾で覆い、
タンクトップの上に防弾チョッキを纏い、黒の皮の手袋を着用している。
闇に紛れて二人が末尾の者と入れ替わったことに、
警備兵たちは気が付かない。
やがて湿地帯を抜けると、
荘厳な石造りの門構えが、松明の明かりに照らされてゆらり闇の中に浮かび上がる。
「今夜の競りはこの屋敷で行われる。
お前たちはここで番をしていろ」
傭兵のリーダー格の男が、末尾にいるクライスとユウラにそう命令して、
屋敷の中に消えていった。
それを見届けて、クライスが口を開く。
「さあて、ここからどうするか、だな」
注意深く屋敷の奥へと視線を送ると、
俄かに屋敷が騒がしくなり、
「奴隷が逃げたぞ! 捕まえろ!」
そんな怒鳴り声と共に
一人の少年が駆けてきた。
クライスが少年を捕まえる。
「おっ……お助けをっ! 命だけは、お助けを……」
少年は怯え切った様子で、クライスに懇願する。
「大丈夫だ。俺たちはお前を引き渡しはしない」
クライスがユウラに目配せをすると、
ユウラは少年を屋敷の裏に連れて行き、衣服を取り換える。
遠目にクライスが、傭兵たちに事情を説明しているのが見えた。
しかし闇夜に一発の銃声が響き、
クライスがその場に膝をついた。
「クライスさんっ!」
ユウラが目を見開いて、驚愕に震える。
傭兵たちがその場を立ち去るのを見届けてから、
ユウラはクライスに駆け寄って、助け起こす。
クライスは脇腹を銃で撃たれたらしく、失血がひどい。
「ユ……ユウラ……か? あの野郎……ガキを取り逃がしたと言ったら、
有無を言わせずに……この様だ」
クライスが力なく笑う。
「クライスさん、喋らないで」
ユウラは自身が背負っていた非常用バッグパックの中から止血剤を取り出して、
布に散布してクライスの傷口に宛がう。
「ねえ、あなた名前は?」
ユウラはクライスに処置を施しながら、少年の名前を尋ねる。
「カイです。デッド・エンドのカイって呼ばれています。
ファミリーネームはわかりません。
俺には生態CPUとして処置が施されているので、
それまでの記憶が全くないんです」
少年はひどく青ざめている。
「そう、カイ。私はユウラ、ユウラ・ライディーンよ。
いいこと? よく聞いてね。私はこれからあなたの代わりに囮になって、
あの屋敷に戻るから、あなたはこの場所にクライスを連れて行ってほしいの」
そう言ってユウラはカイにメモを渡した。
「だけどユウラ、君はどうするの?」
カイは目を丸くした。
「大丈夫! こう見えて私も騎士の端くれよ。なんとかするわ」
そう言って、ユウラはカイを励ますように笑って見せた。
ユウラはカイの衣服を身に纏い、屋敷のほうに駆けて行く。
「いたぞ!」
追手の松明の明かりがユウラのまわりを取り囲むや否や、
ユウラの身体に強力に改造されたスタンガンが押し当てられて、
ユウラはその場に倒れ伏した。
一瞬脳裏に過る面影があるのだが、
薄れゆく意識とともに霞の中に消えていく。
それが誰なのかは、ユウラにはわからない。
ユウラの頬に涙が伝う。
◇◇◇
「フレイアとウォルフ殿の婚約が相整っただと?
そうか、そうか、それはよくご決断なされた。
ウォルフ・フォン・アルフォード殿」
フレイアから報告を受けたミハイル・アーザスの言葉に、
ウォルフのこめかみがピクリと青筋を立てる。
(決断も何も、この状況でこの俺に他に選択肢があるとでも?)
ルークを地下牢に捕らえられ、
戦艦『Black Princess』の搭乗員を軟禁されたうえで、
敵将の娘との婚約を迫られたのだ。
ウォルフは口を噤む。
「いやー、これはめでたい。我が娘フレイアとウォルフ殿との婚姻は、
すなわちレッドロラインとアーザス国との和議である。
この銀河に恒久的に平和をもたらすことであろう」
ミハエル・アーザスは上機嫌でウォルフの肩を叩くが、
(今に見ておけ! この狸ジジイ)
ウォルフは内心毒づく。
そんなウォルフを、
フレイアが酷薄な笑みを浮かべて見つめている。
「わたくしはどんな手を使ってもあなたを手に入れて見せるわ。
あなたを手に入れること、
それはすなわちレッドロラインを手中に収めることですもの」
フレイアはそう言って小波のように笑って見せる。
「ふんっ! 屈折しているな、お前」
そう言ってウォルフは、小さく肩をそびやかして見せた。
「なんとでもおっしゃって? 鳥籠の旦那様」
フレイアは繊細な指先をウォルフの二の腕に這わせる。
「なんか今なら丸焼きにされる鶏の気持ちが痛いほどわかるわ」
ウォルフが盛大にため息を吐くと
「煮ても焼いても食えないくせに」
とフレイアが憎まれ口を叩いてそっぽを向く。
しかしフレイアのウォルフの二の腕にかける指先が、
緊張のために震えている。
今夜の夜会で、ウォルフとフレイアの婚約が招待客に告げられるのだ。
しかしフレイアはそのことに緊張したのではない。
それはもっと些細で、
どこにでもありふれた、ただの女心であった。
自分は今、好きな人に触れている。
それだけで、天地がひっくり返ってしまいそうになるほどに、
どうしようもなく胸が高鳴ってしまうのだ。
「何? お前震えてんの?
ひょっとして緊張してるのか? フレイアのくせに」
そんなフレイアの女心など露知らず、ウォルフがそのことを揶揄すると、
フレイアが分かりやすく赤面する。
「いっぺん死んで来い!」
フレイアは怒気に任せて、やっぱり憎まれ口を叩いてしまう。
「さっさと歩け!」
そのとき、廊下の向こうに、
闘士の仮面をつけられた一人の奴隷が、近衛兵に小突かれているのが見えた。
武骨な鉄仮面を被せられてはいるが、その華奢な体躯は女のものだ。
ウォルフは目を細めて、その女を注視する。
「きゃっ! 痛いっ! やめて」
その声を聞いたウォルフの心臓が跳ねる。
最後尾の者を素早く伸して、
その衣服を取り換えると何喰わぬ顔で警備兵の後ろをついていく。
クライスはゴーグルと防弾チョッキを身に纏うPMC装甲で、
ユウラは黒の皮の帽子を深く被り、口元を黒の領巾で覆い、
タンクトップの上に防弾チョッキを纏い、黒の皮の手袋を着用している。
闇に紛れて二人が末尾の者と入れ替わったことに、
警備兵たちは気が付かない。
やがて湿地帯を抜けると、
荘厳な石造りの門構えが、松明の明かりに照らされてゆらり闇の中に浮かび上がる。
「今夜の競りはこの屋敷で行われる。
お前たちはここで番をしていろ」
傭兵のリーダー格の男が、末尾にいるクライスとユウラにそう命令して、
屋敷の中に消えていった。
それを見届けて、クライスが口を開く。
「さあて、ここからどうするか、だな」
注意深く屋敷の奥へと視線を送ると、
俄かに屋敷が騒がしくなり、
「奴隷が逃げたぞ! 捕まえろ!」
そんな怒鳴り声と共に
一人の少年が駆けてきた。
クライスが少年を捕まえる。
「おっ……お助けをっ! 命だけは、お助けを……」
少年は怯え切った様子で、クライスに懇願する。
「大丈夫だ。俺たちはお前を引き渡しはしない」
クライスがユウラに目配せをすると、
ユウラは少年を屋敷の裏に連れて行き、衣服を取り換える。
遠目にクライスが、傭兵たちに事情を説明しているのが見えた。
しかし闇夜に一発の銃声が響き、
クライスがその場に膝をついた。
「クライスさんっ!」
ユウラが目を見開いて、驚愕に震える。
傭兵たちがその場を立ち去るのを見届けてから、
ユウラはクライスに駆け寄って、助け起こす。
クライスは脇腹を銃で撃たれたらしく、失血がひどい。
「ユ……ユウラ……か? あの野郎……ガキを取り逃がしたと言ったら、
有無を言わせずに……この様だ」
クライスが力なく笑う。
「クライスさん、喋らないで」
ユウラは自身が背負っていた非常用バッグパックの中から止血剤を取り出して、
布に散布してクライスの傷口に宛がう。
「ねえ、あなた名前は?」
ユウラはクライスに処置を施しながら、少年の名前を尋ねる。
「カイです。デッド・エンドのカイって呼ばれています。
ファミリーネームはわかりません。
俺には生態CPUとして処置が施されているので、
それまでの記憶が全くないんです」
少年はひどく青ざめている。
「そう、カイ。私はユウラ、ユウラ・ライディーンよ。
いいこと? よく聞いてね。私はこれからあなたの代わりに囮になって、
あの屋敷に戻るから、あなたはこの場所にクライスを連れて行ってほしいの」
そう言ってユウラはカイにメモを渡した。
「だけどユウラ、君はどうするの?」
カイは目を丸くした。
「大丈夫! こう見えて私も騎士の端くれよ。なんとかするわ」
そう言って、ユウラはカイを励ますように笑って見せた。
ユウラはカイの衣服を身に纏い、屋敷のほうに駆けて行く。
「いたぞ!」
追手の松明の明かりがユウラのまわりを取り囲むや否や、
ユウラの身体に強力に改造されたスタンガンが押し当てられて、
ユウラはその場に倒れ伏した。
一瞬脳裏に過る面影があるのだが、
薄れゆく意識とともに霞の中に消えていく。
それが誰なのかは、ユウラにはわからない。
ユウラの頬に涙が伝う。
◇◇◇
「フレイアとウォルフ殿の婚約が相整っただと?
そうか、そうか、それはよくご決断なされた。
ウォルフ・フォン・アルフォード殿」
フレイアから報告を受けたミハイル・アーザスの言葉に、
ウォルフのこめかみがピクリと青筋を立てる。
(決断も何も、この状況でこの俺に他に選択肢があるとでも?)
ルークを地下牢に捕らえられ、
戦艦『Black Princess』の搭乗員を軟禁されたうえで、
敵将の娘との婚約を迫られたのだ。
ウォルフは口を噤む。
「いやー、これはめでたい。我が娘フレイアとウォルフ殿との婚姻は、
すなわちレッドロラインとアーザス国との和議である。
この銀河に恒久的に平和をもたらすことであろう」
ミハエル・アーザスは上機嫌でウォルフの肩を叩くが、
(今に見ておけ! この狸ジジイ)
ウォルフは内心毒づく。
そんなウォルフを、
フレイアが酷薄な笑みを浮かべて見つめている。
「わたくしはどんな手を使ってもあなたを手に入れて見せるわ。
あなたを手に入れること、
それはすなわちレッドロラインを手中に収めることですもの」
フレイアはそう言って小波のように笑って見せる。
「ふんっ! 屈折しているな、お前」
そう言ってウォルフは、小さく肩をそびやかして見せた。
「なんとでもおっしゃって? 鳥籠の旦那様」
フレイアは繊細な指先をウォルフの二の腕に這わせる。
「なんか今なら丸焼きにされる鶏の気持ちが痛いほどわかるわ」
ウォルフが盛大にため息を吐くと
「煮ても焼いても食えないくせに」
とフレイアが憎まれ口を叩いてそっぽを向く。
しかしフレイアのウォルフの二の腕にかける指先が、
緊張のために震えている。
今夜の夜会で、ウォルフとフレイアの婚約が招待客に告げられるのだ。
しかしフレイアはそのことに緊張したのではない。
それはもっと些細で、
どこにでもありふれた、ただの女心であった。
自分は今、好きな人に触れている。
それだけで、天地がひっくり返ってしまいそうになるほどに、
どうしようもなく胸が高鳴ってしまうのだ。
「何? お前震えてんの?
ひょっとして緊張してるのか? フレイアのくせに」
そんなフレイアの女心など露知らず、ウォルフがそのことを揶揄すると、
フレイアが分かりやすく赤面する。
「いっぺん死んで来い!」
フレイアは怒気に任せて、やっぱり憎まれ口を叩いてしまう。
「さっさと歩け!」
そのとき、廊下の向こうに、
闘士の仮面をつけられた一人の奴隷が、近衛兵に小突かれているのが見えた。
武骨な鉄仮面を被せられてはいるが、その華奢な体躯は女のものだ。
ウォルフは目を細めて、その女を注視する。
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