64 / 72
第六十四話影武者の言い分『じゃじゃ馬』
しおりを挟む
イリオスが意識を取り戻して、
ようやくエルダートン家に連絡がつきました。
イリオスの無事を聞きつけたエルダートン公が、
王都にあるエルダートン家の本邸から、
わざわざ隣の別邸に自らが赴いたことには驚きです。
私はイリオスに付き添って、お隣の屋敷に出向きました。
ロイヤルブルーのマキシ丈のワンピースに白のコートを羽織った、
女の子仕様です。
コートと合わせた帽子も被っているので、
失礼には当たらないと思うのですが、
一応隣のイリオスに確認をとってみました。
「襟が曲がっているぞ、
これでも一応女の子なんだからちゃんとしろ」
駄目出しされてしまいました。
さすが幼馴染は容赦ありません。
明るい屋根の下に、真っ白な塗り壁が映える、
コロニアル様式の屋敷には、
昔は色とりどりの花が植えられて、
私はこの屋敷が随分と好きだったことを覚えています。
しかし今は見るべき花もなく、
クリスマスの飾りつけもされていない、
大きな玄関扉がとても寂しく感じました。
呼び鈴を鳴らしますと、執事が中に案内してくれました。
エントランスの奥に居間があり、そこに置かれたソファーに
初老の男が腰かけていました。
いつかの夜会で出会った、厳めしい初老の男はイリオスの姿をみつけると、
歩み寄ってイリオスを抱きしめました。
私はこの人のことを血も涙もない冷徹な人間なのだと
ばかり思っていたので、少し意外です。
「イリオス……。よくぞ生きて戻った」
その声が微かに震えています。
そのことがこの初老の男が心底イリオスのことを
心配していたことを証明しています。
「勿体ないお言葉です、閣下」
対するイリオスは、この初老の男に対して
まったく緊張を解こうとはしません。
男の手から一歩退き、
堅苦しく敬礼しました。
その瞳からは感情というものが全く消え去り、
悲しいほどに冷たい色をしています。
漆黒の髪と同じ色の瞳、
それはとてもきれいな色をしているのに。
「もとよりこの命は閣下に捧げるためのものでございます」
ほら、やはりこの声にも感情というものが伴っていないのです。
「お前の命は、この老いぼれよりも
はるかに高価で高貴なもののためにある」
イリオスに語るこの男の瞳に光が宿りました。
「女、イリオスの命を助けたのはお前か?」
威厳に満ちた、とても低い声色で、
いきなりこっちに話を振られてしまいました。
(あわわわわっ……)
いきなり話を振られて、
頭が軽くパニックを起こしています。
「いえ、それほど大袈裟なことでは……」
謙遜と同時に逃げる準備を整えなければ……。
私も精一杯警戒モードです。
「そうです閣下。
この方は俺の命の恩人です」
間髪を入れずに、こんなとこだけ感情をいれて何をいってるんですかっ!
私はくわっと目を見開いてイリオスを見ました。
目がマジです。
(この人空気を読めない感じの人だったのかーーーーー!)
心の中で私は絶叫しました。
ねえ、ちょっとイリオスさん?
私のことを恩人だと思うのなら、
そこはちゃんとスルーしてくださらなければ……。
なんてったって私の座右の銘は『無難に過ごす』なんですからねっ!
そこのところ、ちゃんと考慮していただかないと。
なんてことを頭の中でグルグル考えても
ちゃんと打合せをしなかった私が明らかに悪いです。
後悔先に立たずとはこのことです。
私はがっくりと肩を落としました。
「サイファリア国王の娘、
セシリア・サイファリアと言ったか。
確かいつぞやの夜会でお会いしたな」
(ひぃぃぃぃぃっ! バレている)
背中にかく冷や汗が半端ないです。
「うむ、血筋、容姿ともに問題ないな」
エルダートンが値踏むような視線を、わたしに向けてきます。
(ななななな何の問題ですか?
私の血筋と容姿が一体なんの問題に繋がるというのです?)
「エリック王からお前をイリオスの妻にという打診があった」
胃が痛いです。
(お願いっ! 断ってイリオスっ!)
私は白目を剥いて、イリオスに念を送りました。
「彼女さえよければ、俺は喜んで……」
そういってイリオスは、私に向かってにっこりと微笑みました。
万事窮すかっ!
私は覚悟を決めてお腹にきゅっと力を込めました。
そしてイリオスがテンポを置いて言葉を紡ぎます。
「お断りします」
私は目を白黒させて、イリオスを見ました。
「自惚れるなっ! じゃじゃ馬がっ!
誰がお前なんぞを嫁にもらうかよ!」
イリオスは鼻の頭に皺を寄せて、
そんな憎まれ口を叩いて寄こします。
「は……はあ?」
まあ、結果オーライなんですけど、なんなんだこの敗北感は……。
そんな敗北感に打ちひしがれている私を
イリオスが勝ち誇ったような笑みを浮かべて、
見つめています。
(腹立つ……なんか腹立つっ!)
私は悔しさにかっと顔が赤面するのを感じました。
なぜだかエルダートンはそんな私たちのやり取りに、生温かい視線を
向けてきます。
「そうか……お前たちは幼馴染だったな。
そして従兄同士でもある」
エルダートンの言葉にイリオスが鋭い視線を向けた。
「それはどういうことですか?」
緊張のために少し声が震えています。
(イリオスは知らなかったんだ)
私は唇を噛みしめました。
「お前の母はセシリアの父エリック王の妹だ」
エルダートンが静かな眼差しをイリオスに向けました。
「この私の血を引くお前は、ライネル公国の正当後継者であるだけでなく、
サイファリアの王族の血をも引いている。
いずれこの大陸の全てをその手中に収めるべき器なのだ」
そしてニヤリと笑みを浮かべてイリオスを見ました。
「まずは手始めにそのじゃじゃ馬を飼いならし、手なずけてみよ。
なかなかの名馬かもしれんぞ?」
ようやくエルダートン家に連絡がつきました。
イリオスの無事を聞きつけたエルダートン公が、
王都にあるエルダートン家の本邸から、
わざわざ隣の別邸に自らが赴いたことには驚きです。
私はイリオスに付き添って、お隣の屋敷に出向きました。
ロイヤルブルーのマキシ丈のワンピースに白のコートを羽織った、
女の子仕様です。
コートと合わせた帽子も被っているので、
失礼には当たらないと思うのですが、
一応隣のイリオスに確認をとってみました。
「襟が曲がっているぞ、
これでも一応女の子なんだからちゃんとしろ」
駄目出しされてしまいました。
さすが幼馴染は容赦ありません。
明るい屋根の下に、真っ白な塗り壁が映える、
コロニアル様式の屋敷には、
昔は色とりどりの花が植えられて、
私はこの屋敷が随分と好きだったことを覚えています。
しかし今は見るべき花もなく、
クリスマスの飾りつけもされていない、
大きな玄関扉がとても寂しく感じました。
呼び鈴を鳴らしますと、執事が中に案内してくれました。
エントランスの奥に居間があり、そこに置かれたソファーに
初老の男が腰かけていました。
いつかの夜会で出会った、厳めしい初老の男はイリオスの姿をみつけると、
歩み寄ってイリオスを抱きしめました。
私はこの人のことを血も涙もない冷徹な人間なのだと
ばかり思っていたので、少し意外です。
「イリオス……。よくぞ生きて戻った」
その声が微かに震えています。
そのことがこの初老の男が心底イリオスのことを
心配していたことを証明しています。
「勿体ないお言葉です、閣下」
対するイリオスは、この初老の男に対して
まったく緊張を解こうとはしません。
男の手から一歩退き、
堅苦しく敬礼しました。
その瞳からは感情というものが全く消え去り、
悲しいほどに冷たい色をしています。
漆黒の髪と同じ色の瞳、
それはとてもきれいな色をしているのに。
「もとよりこの命は閣下に捧げるためのものでございます」
ほら、やはりこの声にも感情というものが伴っていないのです。
「お前の命は、この老いぼれよりも
はるかに高価で高貴なもののためにある」
イリオスに語るこの男の瞳に光が宿りました。
「女、イリオスの命を助けたのはお前か?」
威厳に満ちた、とても低い声色で、
いきなりこっちに話を振られてしまいました。
(あわわわわっ……)
いきなり話を振られて、
頭が軽くパニックを起こしています。
「いえ、それほど大袈裟なことでは……」
謙遜と同時に逃げる準備を整えなければ……。
私も精一杯警戒モードです。
「そうです閣下。
この方は俺の命の恩人です」
間髪を入れずに、こんなとこだけ感情をいれて何をいってるんですかっ!
私はくわっと目を見開いてイリオスを見ました。
目がマジです。
(この人空気を読めない感じの人だったのかーーーーー!)
心の中で私は絶叫しました。
ねえ、ちょっとイリオスさん?
私のことを恩人だと思うのなら、
そこはちゃんとスルーしてくださらなければ……。
なんてったって私の座右の銘は『無難に過ごす』なんですからねっ!
そこのところ、ちゃんと考慮していただかないと。
なんてことを頭の中でグルグル考えても
ちゃんと打合せをしなかった私が明らかに悪いです。
後悔先に立たずとはこのことです。
私はがっくりと肩を落としました。
「サイファリア国王の娘、
セシリア・サイファリアと言ったか。
確かいつぞやの夜会でお会いしたな」
(ひぃぃぃぃぃっ! バレている)
背中にかく冷や汗が半端ないです。
「うむ、血筋、容姿ともに問題ないな」
エルダートンが値踏むような視線を、わたしに向けてきます。
(ななななな何の問題ですか?
私の血筋と容姿が一体なんの問題に繋がるというのです?)
「エリック王からお前をイリオスの妻にという打診があった」
胃が痛いです。
(お願いっ! 断ってイリオスっ!)
私は白目を剥いて、イリオスに念を送りました。
「彼女さえよければ、俺は喜んで……」
そういってイリオスは、私に向かってにっこりと微笑みました。
万事窮すかっ!
私は覚悟を決めてお腹にきゅっと力を込めました。
そしてイリオスがテンポを置いて言葉を紡ぎます。
「お断りします」
私は目を白黒させて、イリオスを見ました。
「自惚れるなっ! じゃじゃ馬がっ!
誰がお前なんぞを嫁にもらうかよ!」
イリオスは鼻の頭に皺を寄せて、
そんな憎まれ口を叩いて寄こします。
「は……はあ?」
まあ、結果オーライなんですけど、なんなんだこの敗北感は……。
そんな敗北感に打ちひしがれている私を
イリオスが勝ち誇ったような笑みを浮かべて、
見つめています。
(腹立つ……なんか腹立つっ!)
私は悔しさにかっと顔が赤面するのを感じました。
なぜだかエルダートンはそんな私たちのやり取りに、生温かい視線を
向けてきます。
「そうか……お前たちは幼馴染だったな。
そして従兄同士でもある」
エルダートンの言葉にイリオスが鋭い視線を向けた。
「それはどういうことですか?」
緊張のために少し声が震えています。
(イリオスは知らなかったんだ)
私は唇を噛みしめました。
「お前の母はセシリアの父エリック王の妹だ」
エルダートンが静かな眼差しをイリオスに向けました。
「この私の血を引くお前は、ライネル公国の正当後継者であるだけでなく、
サイファリアの王族の血をも引いている。
いずれこの大陸の全てをその手中に収めるべき器なのだ」
そしてニヤリと笑みを浮かべてイリオスを見ました。
「まずは手始めにそのじゃじゃ馬を飼いならし、手なずけてみよ。
なかなかの名馬かもしれんぞ?」
0
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる