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第六十九話イリオス『化粧』
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明け方に車が一台、隣の屋敷から出て行った。
イリオスは走り去る車の音を聞きながら、
おそらくゼノアが屋敷を後にしたのだろうと思った。
それぞれの思いを越えて、夜が明けようとしている。
昔から夜明けの前が一番暗いとはよく言ったもので、
一層の漆黒、静寂の時を経て、生命の目覚める朝を迎える。
イリオスは大きく伸びをして、筆を置いた。
外の空気を吸おうと、バルコニーに出てみると
先約がいた。
お隣さんが案の定、泣きはらした顔をして、バルコニーに出ていたのである。
「おはよ」
そう声をかけてやると、はっと我に返ったようにセシリアがこちらを見た。
(一睡もしていないの、バレバレじゃねぇか)
イリオスは目を細めた。
(まあ、眠れるわけもないか)
イリオスは小さくため息を吐いた。
「セシリア、こっちに来い」
そう言ってイリオスがセシリアを手招きをした。
◇◇◇
イリオスは中庭からサンダルを引っかけてきた
セシリアを、部屋に入れてやる。
(うん、これは中々に重症な感じだ)
セシリアの様子を見て、
イリオスはある種の緊張感を覚えた。
ブランケットとホットミルクとボックスティッシュの三種の神器を揃えて、
セシリアの前に置いてやると、セシリアがクスリと笑った。
そんなセシリアの笑顔に、イリオスは少しだけホッとする。
「昨日はごめんな」
そう言ってセシリアの頭をくしゃっと撫でてやると、
セシリアが複雑な表情をした。
イリオスはセシリアのこの表情について考察する。
(思うに、セシリアは笑いたかったんだろうな。
こいつのことだ。
心配いらないよ、私は元気だよって、
俺を安心させたかったんだけど、
それがうまくいかなくて、泣きそうになって
でも必死にそれを我慢している感じだ。
うん、そうに決まっている)
しかし違う考えがさらにイリオスの頭に過る。
(いや、ちょっと待て。
ひょっとしてクシャミ我慢してた……とか?)
その可能性も捨てきれず、
イリオスはリモコンを取り出して、部屋の温度を心持上げた。
その拍子にさらに違う考えが頭に過る。
(もしも……だとは思うけどもっ!
『触るなっ! このボケェ』だったら何気に悲しいんですけど……)
そう言ってイリオスは掌で顔を覆ってさめざめと
泣きたいような気持になった。
そしてイリオスは結論を出す。
(よし、見なかったことにしよう)
セシリアの視線は窓の外に向けられている。
よく知っているはずの、とても綺麗な翡翠色の瞳は、
今は哀しみの色に染まり、憂いの中に魂を彷徨わせている。
イリオスはセシリアを描く手を止めた。
「悲しい顔をしているな。
お前がそんな顔をしていると俺も悲しい」
そう言ってイリオスはスケッチブックから目を離して、セシリアを見た。
セシリアはやっぱり複雑な顔をした。
「泣きたい?」
イリオスがセシリアにそう問うと、
セシリアが上を向いた。
「な……泣きません……よーだ」
感極まった声色でそう言った。
(え? どんだけ無理してんの?
っていうか、どんだけ無理をさせているんだ俺は……)
そんなセシリアに、イリオスは少し寂しそうな微笑を浮かべた。
「泣きたくなければ、泣かなくてもいいよ。
じゃあさ、叫びに行こうか。
あっ、ちょっと待ってて」
そう言うとイリオスがスケッチブックをその場に置いて
立ち上がった。
二階の自分の部屋から、大きな紙袋を持って来くると、
セシリアの手を取り、隣の屋敷のセシリアの衣裳部屋へと
連れていった。
「この間潜入捜査のときに、友達が使ったヤツなんだけどな」
そう言ってイリオスは紙袋の中から、服を取り出した。
それはキャメルのダッフルコートに、
膝丈のチェックのスカート、セーターといった
この国のごく一般の女の子が着るようなとてもカジュアルな服だった。
「王女とか、人質とか、そういうの一度全部とっぱらって、
今日はただの女の子に戻ろう。セシリア」
イリオスはセシリアを化粧台の前に座らせてメイクを施す。
「イリオス……あなたって……ひょっとして……」
鏡越しにセシリアが、目を白黒させている。
その視線にイリオスの自尊心が踏みにじられる。
「違うからなっ! 言っておくが女装癖とか
そういう設定はないからなっ!
単純に絵が得意だったから、何気にエリオットや
アリスのコーデやメイクに引っ張っていかれて、
手伝っているうちに覚えただけだからっ!」
鏡越しにイリオスが半ば怒鳴るように言った。
そんなイリオスにセシリアは微笑を誘われる。
(良かった。ちゃんとこの国にもイリオスと
心を通わせる人はいたのだ)
そう思うとセシリアの心が少し暖かくなった。
「まあ、今日はカジュアルコーデだし、
素材を生かすためにも、なるべくナチュラルメークにしとくわな」
イリオスはセシリアの頤を掴み、
真剣な眼差しを向ける。
この胸の高鳴りを、セシリアは知るまい。
こみ上げる自嘲の理由も、寂しい笑いの意味も、
セシリアは知らないのだ。
知らなくていいと、何度も納得したくせに、
なぜこうもこの胸は切ないのだ。
その唇に紅を重ねて、イリオスは化粧筆を止めた。
触れるほどに近くあっても、決して触れる事のできない
唇のルージュの色を、イリオスは記憶に焼き付けようと思った。
温まったヘアアイロンでセシリアの髪に動きをつけると完成だ。
「安心しろ! 俺がお前を最高の女にしてやる」
イリオスが不適に笑った。
着替えを終えてセシリアが戻ってくると、
イリオスはセシリアを姿見の前に誘う。
姿見の中には、まるでファッション雑誌の中から
飛び出してきたかのような、美少女が佇んでいる。
イリオスは走り去る車の音を聞きながら、
おそらくゼノアが屋敷を後にしたのだろうと思った。
それぞれの思いを越えて、夜が明けようとしている。
昔から夜明けの前が一番暗いとはよく言ったもので、
一層の漆黒、静寂の時を経て、生命の目覚める朝を迎える。
イリオスは大きく伸びをして、筆を置いた。
外の空気を吸おうと、バルコニーに出てみると
先約がいた。
お隣さんが案の定、泣きはらした顔をして、バルコニーに出ていたのである。
「おはよ」
そう声をかけてやると、はっと我に返ったようにセシリアがこちらを見た。
(一睡もしていないの、バレバレじゃねぇか)
イリオスは目を細めた。
(まあ、眠れるわけもないか)
イリオスは小さくため息を吐いた。
「セシリア、こっちに来い」
そう言ってイリオスがセシリアを手招きをした。
◇◇◇
イリオスは中庭からサンダルを引っかけてきた
セシリアを、部屋に入れてやる。
(うん、これは中々に重症な感じだ)
セシリアの様子を見て、
イリオスはある種の緊張感を覚えた。
ブランケットとホットミルクとボックスティッシュの三種の神器を揃えて、
セシリアの前に置いてやると、セシリアがクスリと笑った。
そんなセシリアの笑顔に、イリオスは少しだけホッとする。
「昨日はごめんな」
そう言ってセシリアの頭をくしゃっと撫でてやると、
セシリアが複雑な表情をした。
イリオスはセシリアのこの表情について考察する。
(思うに、セシリアは笑いたかったんだろうな。
こいつのことだ。
心配いらないよ、私は元気だよって、
俺を安心させたかったんだけど、
それがうまくいかなくて、泣きそうになって
でも必死にそれを我慢している感じだ。
うん、そうに決まっている)
しかし違う考えがさらにイリオスの頭に過る。
(いや、ちょっと待て。
ひょっとしてクシャミ我慢してた……とか?)
その可能性も捨てきれず、
イリオスはリモコンを取り出して、部屋の温度を心持上げた。
その拍子にさらに違う考えが頭に過る。
(もしも……だとは思うけどもっ!
『触るなっ! このボケェ』だったら何気に悲しいんですけど……)
そう言ってイリオスは掌で顔を覆ってさめざめと
泣きたいような気持になった。
そしてイリオスは結論を出す。
(よし、見なかったことにしよう)
セシリアの視線は窓の外に向けられている。
よく知っているはずの、とても綺麗な翡翠色の瞳は、
今は哀しみの色に染まり、憂いの中に魂を彷徨わせている。
イリオスはセシリアを描く手を止めた。
「悲しい顔をしているな。
お前がそんな顔をしていると俺も悲しい」
そう言ってイリオスはスケッチブックから目を離して、セシリアを見た。
セシリアはやっぱり複雑な顔をした。
「泣きたい?」
イリオスがセシリアにそう問うと、
セシリアが上を向いた。
「な……泣きません……よーだ」
感極まった声色でそう言った。
(え? どんだけ無理してんの?
っていうか、どんだけ無理をさせているんだ俺は……)
そんなセシリアに、イリオスは少し寂しそうな微笑を浮かべた。
「泣きたくなければ、泣かなくてもいいよ。
じゃあさ、叫びに行こうか。
あっ、ちょっと待ってて」
そう言うとイリオスがスケッチブックをその場に置いて
立ち上がった。
二階の自分の部屋から、大きな紙袋を持って来くると、
セシリアの手を取り、隣の屋敷のセシリアの衣裳部屋へと
連れていった。
「この間潜入捜査のときに、友達が使ったヤツなんだけどな」
そう言ってイリオスは紙袋の中から、服を取り出した。
それはキャメルのダッフルコートに、
膝丈のチェックのスカート、セーターといった
この国のごく一般の女の子が着るようなとてもカジュアルな服だった。
「王女とか、人質とか、そういうの一度全部とっぱらって、
今日はただの女の子に戻ろう。セシリア」
イリオスはセシリアを化粧台の前に座らせてメイクを施す。
「イリオス……あなたって……ひょっとして……」
鏡越しにセシリアが、目を白黒させている。
その視線にイリオスの自尊心が踏みにじられる。
「違うからなっ! 言っておくが女装癖とか
そういう設定はないからなっ!
単純に絵が得意だったから、何気にエリオットや
アリスのコーデやメイクに引っ張っていかれて、
手伝っているうちに覚えただけだからっ!」
鏡越しにイリオスが半ば怒鳴るように言った。
そんなイリオスにセシリアは微笑を誘われる。
(良かった。ちゃんとこの国にもイリオスと
心を通わせる人はいたのだ)
そう思うとセシリアの心が少し暖かくなった。
「まあ、今日はカジュアルコーデだし、
素材を生かすためにも、なるべくナチュラルメークにしとくわな」
イリオスはセシリアの頤を掴み、
真剣な眼差しを向ける。
この胸の高鳴りを、セシリアは知るまい。
こみ上げる自嘲の理由も、寂しい笑いの意味も、
セシリアは知らないのだ。
知らなくていいと、何度も納得したくせに、
なぜこうもこの胸は切ないのだ。
その唇に紅を重ねて、イリオスは化粧筆を止めた。
触れるほどに近くあっても、決して触れる事のできない
唇のルージュの色を、イリオスは記憶に焼き付けようと思った。
温まったヘアアイロンでセシリアの髪に動きをつけると完成だ。
「安心しろ! 俺がお前を最高の女にしてやる」
イリオスが不適に笑った。
着替えを終えてセシリアが戻ってくると、
イリオスはセシリアを姿見の前に誘う。
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