女のフリして某企業の社長と見合いをしたのだが、どうやらそいつが俺に一目惚れして、正体知らずにめっちゃ俺に惚気てくるのが、正直うぜぇ。

萌菜加あん

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第四話 初恋の幻影

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勤務時間が終わり、自宅に帰ると俺は頭を掻きむしった。

「ああ、くっそ! どうすっかな」

せっかく日本屈指の総合商社である水無瀬商事との取引に漕ぎつけたというのに、
社長が余計なことを言うから……。

とはいえ、従妹の花子ちゃんが製菓職人の清史郎さんと付き合っていて、
実はお腹に赤ちゃんがいる、というヘビーな事実はどうしようもなくて。

とりあえず花子ちゃんと、
赤ちゃんを守ることが目下俺が解決すべき問題なのである。

とはいえ、この事実を社長夫妻に伝えるタイミングが難しい。

下手をすると、花子ちゃんの言う通り、
無理やりにでも堕胎をせまられかねない。

それだけは絶対に避けなければならない。

最悪、いざとなったら、社長夫妻には事実を告げず、
清史郎さんと花子ちゃんを駆け落ちさせるという選択肢も捨てきれない。

そうなった場合、比較的傷の軽そうな……

俺の脳裏に昼間出会った金髪が過った。

もともと社長が並べ立てた嘘八百なのだ。
俺にそっくりの双子の姉妹も、俺にそっくりな従妹なんていない。

今の間に、『あれは嘘です』と先方にそう告げてしまったほうが、
いいのではないだろうか。

俺はスマホを取り出して、
今日交換したばかりの金髪のLINEを開いた。

「うっ……うん、だ……大丈夫……多分大丈夫……なはずだ」

俺はニ三、深呼吸して、
通話ボタンを押した。

「はい、もしもし」

コール音0.5秒くらいで、金髪が出たので、
俺は焦った。

「えっと……あのっ」

ああ、くそっ! 上手く言葉が出てこねぇっ!

「一ノ瀬君? 一ノ瀬瑞樹君だよね?
どうしたの? 君から電話をくれるだなんて感激だよっ!」

思ったより、好反応だった。

「えっと……あのっ、俺……あなたにお会いしたくて……」

決死の覚悟で、口にしたその言葉に、
金髪が無言になった。

「ごっごめんなさい。やっぱりお忙しいですよね……。
失礼なことを言ってしまいました」

ああ、俺のバカっ!
いくら気さくに対応してくれたからって、
相手は日本屈指の総合商社の社長だぞ!

俺みたいな人間が、気軽に電話していい相手じゃ……。

「鼻血……鼻血が出ちゃった。
一ノ瀬君に『会いたい♡』なんて言われちゃったもんだから、
ちょっと興奮しちゃったのかもしれない。
速攻で君に会いに行こうと思うのだけど、君の自宅に迎えに行こうか?」

金髪の提案に俺は肝を冷やした。

「いえ、それは困ります。
みんなには内緒で……あなたにお会いしたいから……」


そう告げると、やっぱりスマホの向こう側が沈黙する。

「……君はわたしを萌え殺す気ですか? コノヤロー」

なんだかよくわからない返答が返ってくる。

「今日お会いした公園はどうですか?」

そう提案すると、スマホの向こうで金髪がクスリと笑った気がした。

「君は……可愛いね」

不意にそう言われて、なぜだか心臓が跳ねた。

◇◇◇

日はもうだいぶ長くて、
午後七時を過ぎても、あたりはまだぼんやりと明るい。

俺は仕事を終えていったん自宅に戻ったから、
ラフな私服のスウェットを着ているけど、

金髪はまだ昼間のスーツ姿のままだった。

「お忙しいところ、申し訳ありません」

そう言って俺が頭を下げると、

「私服姿も新鮮で……いい」

金髪は目をぱちぱちと瞬かせた。

「揶揄わないでください」

金髪の軽口に、なぜだか俺は頬が火照ってしまい、
なんだか妙な気分になってしまう。

「それよりも、俺、あなたに教えて欲しいんです。
なぜあなたは俺と瓜二つの女性を探しておられるのですか?」

俺が金髪に問うと、
金髪はしばらく視線をさ迷わせた。

「青くさいと笑わないでくださいね」

少し恥ずかしそうに、頬を赤らめた金髪が
前置いて、

「初恋……なんですよ」

白状した。

そう言葉を紡ぐ金髪の眼差しが、ひどく優しかったので、
なぜだか俺は胸が苦しくなった。

「わたしはね、昔君にとても良く似た面差しの少女に、
恋をしてしまったんですよ。
自分もまだ子供で、もちろん相手の子もまだほんの小さな子供で。
だけどそれゆえに、ひどく純粋だった。
以後、付き合った女性はたくさんいたのですが、
誰かを好きになることがどうしてもできなくて。
結局、長続きはしなかったんですよね」

そう言って金髪が小さく肩を竦めて見せた。

「それで俺に似た女性を探していたのですか?
だけどそれって多分……」

あなたの探す初恋の女性ではない。

そんな言葉を、俺は敢えて飲み込んだ。

「ええ、わかっていますよ。
そんなのただの偶然で、他人の空似なんだって。
でもね、なんか探してしまうんですよ。
もう二度と彼女と出会うことなんてできないって、頭ではわかっているんだけど、
心がどうしても、その人の面影を求めてしまう。
それってやっぱりいけないこと、なんでしょうね」

金髪は自嘲する。
それはとても寂しい笑みだった。

「いけないこと……ですよ」

不意にそんな言葉が、唇から零れてしまった。

「他の人の幻影を求めて、誰かを好きになるなんて。
その人があなたのことを好きになってしまったら、どうするんです?
苦しくて苦しくて、きっと耐えられなくなる」

俺の言葉に金髪が下を向いた。

「そう、ですよね。だから君には、先に白状しておきます。
そういう眼差しで私が君を見ていることを」








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