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第五話 身代わり
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「そういう……眼差し……ですか」
妙な言い回しだなと思った。
「有体に言うと、一ノ瀬君が女の子だったら良かったのに……なぁ?」
金髪が俺の頭からつま先を
意味ありげな視線でなぞった。
「おっ…・・俺は……男ですから」
なんか背中に寒気を感じて、俺は後ずさった。
「そうなんだよねぇ~、残念だよねぇ~」
そう言って金髪が大仰に肩を落としたのを見て、
なぜだが、ちくりと胸が痛んだ。
(あれ? なんだ……これ)
「だけど君にそっくりな従妹がいるのだろ?
花子さん……だっけ?」
金髪の言葉に、俺は本来の目的を思い出した。
「えっと…・・もし、彼女が全然俺に似ていなかったら……
水無瀬さん、どうします?」
俺は恐る恐る、金髪の顔色を窺った。
「そりゃあ、この話はなかったことにするさ。
見合い話の破談とともに、
『おかめ本舗』との取引も当然なかったことにさせてもらうよ。
なにせ、先方はわたしに嘘をついたってことだからね」
さらっとそう言ってのける金髪の瞳が、
底光りしている。
「じゃっ、じゃあ、二人がお会いする前に、
花子さんがどこかに行ってしまったり……とかしたら?」
俺の質問に、金髪が目を瞬かせた。
「いやに意地悪な質問をするね。
私が他の女性の面影を求めていることに怒っているのかい?
嫌だなぁ。顔はただの性癖だよ。
しかも他愛ない幼少期の初恋で……。
彼女に出会った後は、もちろんちゃんと彼女自身を愛すると誓うし」
俺を映す、金髪の眼差しが優しく綻んだ。
「いやだなぁ、そんなんじゃないですよ。
もし……もしもの話ですよ。
そりゃあ、彼女だってお年頃ですし、親の決めた見合いなんて……っていうかも」
俺の言葉に金髪の眼差しが冷えた。
「契約不履行による損害賠償請求……かな。うちの弁護士は優秀だよ?」
そう言ってにっこりと微笑む金髪に、
俺は震え慄いた。
◇◇◇
結局、俺たちは解決策を見出すことが出来ず、
水無月社長と、花子ちゃんの見合いの日を迎えた。
そして最悪のタイミングで、
社長夫妻に事情を説明することになったのである。
朝食の匂いに、嘔吐いた花子ちゃんに、
叔母さんが反応した。
「花子、あんたちゃんと生理きてる?」
叔母さんの問いに、
花子ちゃんは目を伏せた。
「誰の子や?」
そう問われて、花子ちゃんははらはらと涙を流す。
「黙ってたら分からへんやないのっ!」
叔母さんの言葉に、花子ちゃんは首を横に振る。
「清史郎さんです」
花子ちゃんの代わりに、俺が言った。
「瑞樹君も知ってたん?」
そう問われて、俺は頷いた。
「ごめんなさい。どうしても言えなくて」
そう言って下を向いた俺の肩を、
叔母さんがポンと叩いた。
「ええんよ。気にせんといて。
どっちみち、無理のある話なんよ。
あの人は無責任なことを言うけれど、
瑞樹君と花子は全然似てないんやから、
水無月社長とお見合いしたって、気に入られるわけがない。
そしたら花子が傷つくだけや。
花子は見合いなんてせんでよろしい。
心から好きやと思った相手と結婚したらよろしい」
叔母さんの話に、今度は叔父さんこと、社長が泣きだした。
「ほんなら、わしはどうしたらええんや?
この店たたんで、どうやって生活していくんや?」
めそめそと泣いている社長を、叔母さんが睨みつける。
「店やら事務所やら、家を売って、働きに出たらなんとかなる。
しょうもないことを言いな」
叔母さんがそう言って部屋を出て行くと、
「なあ、瑞樹……頼むわ。
この着物を着て、水無月社長に会ってくれ。
なんとかその場をしのいだら、
水無月商事の系列のショッピングモールやら、
百貨店にうちの商品を置いてもらえるんや」
社長が俺の手をむんずと掴んだ。
「おまえも言うとったやろ?
うちの商品は絶対水無月でも通用する。
それさえわかってもらえれば、見合い云々の話を抜きにして
商売の話をできるんやから!」
社長の言葉に俺は天を仰ぐ。
「15年前に両親を亡くしたお前を、引き取って育てたのは誰や?」
その言葉に俺は瞳を閉じる。
◇◇◇
「うっわ~! すっごい美人」
タクシーから降りたその女性をちらりと見た
通行人が閉口した。
正絹の京友禅の純白の振袖には、
金糸で豪奢な薔薇の模様が縫い取られている。
漆黒の髪を結い上げて、
女性は凛とした眼差しを真っすぐに前に向けている。
◇◇◇
「つかみは上々やな、瑞樹」
叔父さんこと、社長が俺の脇腹をつつき、小声で囁いてくる。
「知りませんよ! どうなってもっ!!」
半ば切れ気味に、俺は社長に返した。
「できるだけ、時間を稼いでくれ、瑞樹。
その美貌で先方をメロメロにして、思いっきり焦らすんや」
そんなうまくいくわけがないだろうがっ!
俺は正真正銘の男だぞ!
そんな言葉を飲み込んで、俺は前を向く。
ホテルのエントランスに足を踏み入れたタイミングで、
金髪……こと、水無瀬社長が姿を現した。
食い入るように、俺を見つめている。
「一条寺花子さん……ですね、はじめまして。
水無瀬涼と申します」
水無瀬社長はそういって、しれっと俺の手を取って手の甲に口づけた。
「ふぇっ?」
その感触に、俺の身体に電流が走った。
生温かくて、柔らかい。
男の唇……。
しかもちょっと湿っている。
妙な言い回しだなと思った。
「有体に言うと、一ノ瀬君が女の子だったら良かったのに……なぁ?」
金髪が俺の頭からつま先を
意味ありげな視線でなぞった。
「おっ…・・俺は……男ですから」
なんか背中に寒気を感じて、俺は後ずさった。
「そうなんだよねぇ~、残念だよねぇ~」
そう言って金髪が大仰に肩を落としたのを見て、
なぜだが、ちくりと胸が痛んだ。
(あれ? なんだ……これ)
「だけど君にそっくりな従妹がいるのだろ?
花子さん……だっけ?」
金髪の言葉に、俺は本来の目的を思い出した。
「えっと…・・もし、彼女が全然俺に似ていなかったら……
水無瀬さん、どうします?」
俺は恐る恐る、金髪の顔色を窺った。
「そりゃあ、この話はなかったことにするさ。
見合い話の破談とともに、
『おかめ本舗』との取引も当然なかったことにさせてもらうよ。
なにせ、先方はわたしに嘘をついたってことだからね」
さらっとそう言ってのける金髪の瞳が、
底光りしている。
「じゃっ、じゃあ、二人がお会いする前に、
花子さんがどこかに行ってしまったり……とかしたら?」
俺の質問に、金髪が目を瞬かせた。
「いやに意地悪な質問をするね。
私が他の女性の面影を求めていることに怒っているのかい?
嫌だなぁ。顔はただの性癖だよ。
しかも他愛ない幼少期の初恋で……。
彼女に出会った後は、もちろんちゃんと彼女自身を愛すると誓うし」
俺を映す、金髪の眼差しが優しく綻んだ。
「いやだなぁ、そんなんじゃないですよ。
もし……もしもの話ですよ。
そりゃあ、彼女だってお年頃ですし、親の決めた見合いなんて……っていうかも」
俺の言葉に金髪の眼差しが冷えた。
「契約不履行による損害賠償請求……かな。うちの弁護士は優秀だよ?」
そう言ってにっこりと微笑む金髪に、
俺は震え慄いた。
◇◇◇
結局、俺たちは解決策を見出すことが出来ず、
水無月社長と、花子ちゃんの見合いの日を迎えた。
そして最悪のタイミングで、
社長夫妻に事情を説明することになったのである。
朝食の匂いに、嘔吐いた花子ちゃんに、
叔母さんが反応した。
「花子、あんたちゃんと生理きてる?」
叔母さんの問いに、
花子ちゃんは目を伏せた。
「誰の子や?」
そう問われて、花子ちゃんははらはらと涙を流す。
「黙ってたら分からへんやないのっ!」
叔母さんの言葉に、花子ちゃんは首を横に振る。
「清史郎さんです」
花子ちゃんの代わりに、俺が言った。
「瑞樹君も知ってたん?」
そう問われて、俺は頷いた。
「ごめんなさい。どうしても言えなくて」
そう言って下を向いた俺の肩を、
叔母さんがポンと叩いた。
「ええんよ。気にせんといて。
どっちみち、無理のある話なんよ。
あの人は無責任なことを言うけれど、
瑞樹君と花子は全然似てないんやから、
水無月社長とお見合いしたって、気に入られるわけがない。
そしたら花子が傷つくだけや。
花子は見合いなんてせんでよろしい。
心から好きやと思った相手と結婚したらよろしい」
叔母さんの話に、今度は叔父さんこと、社長が泣きだした。
「ほんなら、わしはどうしたらええんや?
この店たたんで、どうやって生活していくんや?」
めそめそと泣いている社長を、叔母さんが睨みつける。
「店やら事務所やら、家を売って、働きに出たらなんとかなる。
しょうもないことを言いな」
叔母さんがそう言って部屋を出て行くと、
「なあ、瑞樹……頼むわ。
この着物を着て、水無月社長に会ってくれ。
なんとかその場をしのいだら、
水無月商事の系列のショッピングモールやら、
百貨店にうちの商品を置いてもらえるんや」
社長が俺の手をむんずと掴んだ。
「おまえも言うとったやろ?
うちの商品は絶対水無月でも通用する。
それさえわかってもらえれば、見合い云々の話を抜きにして
商売の話をできるんやから!」
社長の言葉に俺は天を仰ぐ。
「15年前に両親を亡くしたお前を、引き取って育てたのは誰や?」
その言葉に俺は瞳を閉じる。
◇◇◇
「うっわ~! すっごい美人」
タクシーから降りたその女性をちらりと見た
通行人が閉口した。
正絹の京友禅の純白の振袖には、
金糸で豪奢な薔薇の模様が縫い取られている。
漆黒の髪を結い上げて、
女性は凛とした眼差しを真っすぐに前に向けている。
◇◇◇
「つかみは上々やな、瑞樹」
叔父さんこと、社長が俺の脇腹をつつき、小声で囁いてくる。
「知りませんよ! どうなってもっ!!」
半ば切れ気味に、俺は社長に返した。
「できるだけ、時間を稼いでくれ、瑞樹。
その美貌で先方をメロメロにして、思いっきり焦らすんや」
そんなうまくいくわけがないだろうがっ!
俺は正真正銘の男だぞ!
そんな言葉を飲み込んで、俺は前を向く。
ホテルのエントランスに足を踏み入れたタイミングで、
金髪……こと、水無瀬社長が姿を現した。
食い入るように、俺を見つめている。
「一条寺花子さん……ですね、はじめまして。
水無瀬涼と申します」
水無瀬社長はそういって、しれっと俺の手を取って手の甲に口づけた。
「ふぇっ?」
その感触に、俺の身体に電流が走った。
生温かくて、柔らかい。
男の唇……。
しかもちょっと湿っている。
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