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第六話 呼び出し

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一ノ瀬瑞樹23歳っ!

生まれて初めて男に手の甲にキスをされてしまいましたっ!!!

その衝撃に俺は凍り付く。

「えっと……あのっ」

俺はなんとか水無月さんから、手を引っこ抜こうするのだが、

奴はなぜだかそれを離さない。

「レディーをエスコートするのが私の役目ですので」

少し長めの金髪から覗く、吸い込まれそうなアクアブルーの瞳が、
熱っぽくうるんで、俺を見つめている。

「ひぃっ!」

思わず小さく悲鳴を上げてしまった。

悲鳴と同時に俺の全身に鳥肌が立つ。

「すんまへん、水無月社長。
花子は小中高と女子校に通わせてましたもんで、
そういう免疫がないんです」

あからさまに水無月さんの濃厚なスキンシップにアレルギー反応を起こした俺を見かねて、
叔父さんこと、うちの社長が助け舟を出してくれた。

「花子さん、あなたはなんて可憐で純粋な人なんだ。
焦らなくていい、少しずつ私に慣れて下さい」

と言いつつ、水無月さんは俺の手を、今度は両手で包み込んだ。

(無理っ! 無理無理無理無理無理!)

俺は自分の中ですっと血の気が引いて、
血圧が低下するのを感じた。

「あの……大丈夫ですか? 
顔色が優れないようですが」

金髪が心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

「ええ……大丈夫……です。
少し緊張してしまって」

とりあえずそう言って微笑んでおいた。

その日は社長同伴のもと、ホテルで食事をし、
解散することになった。

「えっ、もう?」

水無月さんは不満そうだったが、
俺の体調不良を理由に、社長が強引に切り上げてくれた。

何せ俺に課せられた使命は、時間を稼ぐことなのだから。

これで上出来だろう。

「せめて私の車で送ります」

と水無月さんが譲らなかったので、
俺と社長は水無月社長の車で送ってもらった。

BMWのFセグメントを、水無月さん自ら運転してくれた。


◇◇◇


無事に自宅に着くと、俺は速攻で着物を脱いで
自室のベッドに身を横たえた。

「疲れた~!」

そのタイミングで、俺のスマホの着信音が鳴った。

「瑞樹君……今すぐ君に会いたい」

水無月さんからだった。
少し切羽詰まった、とても切ない声色だったから
ちょっとドキッとした。

「何なんですか……もうっ!」

心の動揺を悟られまいと気構えたら、
少しぶっきらぼうな言い方になってしまった。

「今すぐに君に会わないと……きっと私は死んでしまう」

その物騒な物言いに、俺は速攻で家を出た。


水無月さんは今まで聞いたことがないくらいに酷く不安定な声色で、
俺の全身から血の気が失せた。

「電話を切らないでください。水無月さん、
今どこにいるんです?」

そう問うと

「自宅のマンションなのだが……」

俺は水無月さんの住所を聞き出して、
ママチャリを走らせた。

「水無月さんっ! 大丈夫ですかっ?」

息せき切って駆け付けた俺を、水無月さんがぎゅっと抱きしめた。

「みっ……みみみ水無月さん???」

その反応に俺は凍り付いた。

「どうしよう……瑞樹君……。
私はどうやら……恋をしてしまったらしいのだ」


そして俺の手を水無月さんの心臓のあたりに導いて触れさせる。

薄いシャツ一枚を隔て触れる水無月さんの感触に俺の心臓が跳ねた。

「ドキドキしてるの、分かる?」

眺めの金髪から覗くアクアブルーの瞳が、
熱っぽく潤んで、じっと俺を見つめている。

(あんたの比じゃないくらいに今、
俺の心臓、エライことになってるかならな?)

そんな言葉を飲み込んで、俺は何とか表情を崩すまいと努めた。

「なっ……何なんすか、
独り身の俺に対する嫌味っすか?」

軽く睨んでそう言ってやると、

「いや……そうじゃないんだけど……。
なんか今、瑞樹君に会わないと、死ぬほど切なくて」

混乱したようにな表情を浮かべて水無月さんが、そう言った。

「はっ……はあ? なんで俺なんですか?」

そう問うてみると、

「本当だ……なんで君なんだろう?」

水無月さんは不思議そうに目を瞬かせた。

「とりあえず、中に入って……いや、待て、それはやめておこう。
私が君に対して変な気を起こしてしまってはいけないから」

水無月さんは俺を部屋に招き入れようとして、
やっぱりとどめた。

「へっ……変な気って……なんなんですか。俺、男っすよ」

俺がそういうと、水無月さんは顔を赤らめた。

「そっそんなことは……言われなくても分かっている。
だけど……君とふたりきりだと……万が一妙な気持になってしまったら……」

まんざらでもなさそうに、水無月さんがそう言うので、
俺はちょっと不安になってしまった。

「まっ……万が一って、百万が一にもそんなことはあり得ませんっ!
それに俺、こう見えてけっこう強いですよ? 
小学生のとき空手習ってましたし」

強がって言った俺の両手を頭上で捻り上げ、

「私は柔道の全国大会で優勝したことがある」

少し掠れた声で俺の耳元に囁いてくる。

「ちっ……近い、近いですってば、水無月さん」

涙目で講義すると


「ごっごめん、瑞樹君」

びよんという擬音語とともに、あわてて水無月さんが俺から飛びのいた。

「とっとにかく、外に行こう!
人の目のある所なら、多分大丈夫だ。
私の通っているフィットネスクラブはどうだ?
そこで健全に身体を動かしながら、私の恋の話を聞いてくれよ。瑞樹君」

棒読みで、ぎこちなくそう言った水無月さんは、ロボット歩きで
エントランスに向かっていく。

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