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第十四話 俺の好きな色

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「えっ? ああ手? 全然平気。
何? ひょっとして瑞樹、心配してくれたんだ?」

スマホの向こうで、金髪が妙なテンションを装っているのだが。

「てめぇ、そりゃあ嘘だろっ!」

俺は金髪こと、水無月さんちのマンションの玄関ドアに盛大に蹴りを入れた。

派手な音がマンションの最上階に鳴り響く。

只今21時、死ぬ気で内装を終わらせて、
ようやくこの場所にたどり着いた。

「せめてインターホンを押せ……瑞樹」

観念したように、
水無月さんはドアを開けて俺を部屋に招き入れた。

ちなみに一階のオートロックは、
現在特別に預かっている水無月商事の社員証を
コンシェルジュさんに見せたら、開けてくれた。

一応俺は今、水無月商事の出向社員って手続きをとってもらって、
色々施設を使わせてもらっている。

ちなみにこのマンション自体も、水無月商事の社員寮なのだとか。

そして俺は改めて、
水無月さんの惨状を目の当たりにする。

右腕にはめられたギブスが痛々しい。

「利き腕をやっちゃったんだな。
痛むか?」

そう問うた俺に、

「いや、痛み止めを飲んだから」

水無月さんが目を瞬かせる。

「ごめん、俺のせいで」

頭を下げた俺に、

「う~ん、瑞樹のせいっていうか、
瑞樹の為に負傷したのなら、むしろ名誉の負傷っていうか」

水無月さんが少し赤面して、左手で頭を掻いた。

「ばかやろうっ! 負傷に名誉もくそもねぇよ!
だったらなんで嘘ついたんだ?
あのとき、あんためっちゃ痛かったんじゃないのかよ!
なのに俺の前でヘラヘラ笑いやがって、
あんたに怪我をさせておいて、
あんたの痛みに気付かなかった自分が心底許せねぇんだよ!」

なんか、また感情が暴走してしまっている。
心が溢れてしまって、言葉が追い付かなくて、
だから涙が溢れてしまって……。

(くそぉ! 止まれぇぇ、涙っ!)

俺は必死に拳で涙を拭う。

「いや、あの……瑞樹、落ち着いて?
私は別に不治の病いなわけでもなく、
命に別状があるわけじゃなく、
ただの骨折だから。
一か月もあれば、完治するやつだから」

俺の剣幕に、水無月さんが呆気に取られている。

「それでもっ!」

『水無月っ! お前、手を見せてみろ!』

そう言って、水無月さんの手を掴んだあの人の表情が、
脳裏にこびりついて、離れない。

「この落とし前は、
ちゃんと俺自身がつけるんだからな!」

そう言って俺は、水無月さんの前に
お泊りグッズを詰め込んだ
スーツケースをバンっと音を立てて置いた。

◇◇◇

あり合わせのもので、夕食を作り、
黙々と食し、

そして今は、食後のお茶を終えたところである。

「……」

「……」

微妙な沈黙が俺たちの間に流れ続けている。

「なっ……なんか言えよ。
じゃないと、気まずいんですけどっ!」

この沈黙に耐えきれなくなった俺が、先に口を開いた。

「夕飯……作ってくれてありがと……。
すごく美味しかった……です」

水無月さんは、そう言って自身が着ているズボンを
ぎゅっと握りしめた。

俺たちは今、リビングのガラス製のローテーブルを挟んで
なぜだかソファーに座らずに、お互いに床で正座をしている。

「それは……良かった……です」

なぜだか俺もまともに水無月さんが見れなくて、
視線を背けてしまう。

その時だった。

『ピロリロリーン! お風呂が沸きました』

給湯器がけたたましい音を発した。

(ちょっ! 心臓に悪いぞ。この給湯器)

心臓がバクバクいっている。

「瑞樹……お風呂……」

言葉を発する水無月さんの声が、ちょっとひっくり返っている。

「いや、水無月さんが先に入ってよ。
俺……手伝うし。そのために来たんだし」

俺の言葉に、やっぱり水無月さんが沈黙している。

「そっ……そっか、じゃあ……」

そして水無月さんは大きく息を吸って立ち上がった。

「服を脱がせて……瑞樹」

わざわざ、俺の耳元に囁くな!

シャツのボタンを外す手が、
否応なく震えてしまって上手くできないじゃないかっ!

俺、自慢じゃないけど、
女の子の服を脱がせたこともないんだからなっ!

増して、こんな野郎の……野郎の……。

俺は軽く泣きたくなった。

ボタンをひとつ外すごとにシャツがはだけて、
薄く筋肉のついた……完璧ボディー……が……露わになる。

「あっ……下は自分でできるからっ!」

そう言われて、俺は一旦脱衣所を出て、

それから、水無月さんの髪を洗うために、浴室に入った。

「きれいな髪の色だな」

俺はシャンプーをしながら、
水無月さんの髪の色をまじまじと見つめた。

硬質な金色の髪は、向日葵のように明るく周囲を照らす。

「俺の好きな色だ」

そう言うと、湯舟の中で水無月さんがビクッてなった。

「瑞樹もすごく綺麗だと思うけど……。
えっと……瑞樹はさ……
今まで誰かと付き合ったことってないの?」

水無月さんにそう問われて、
俺はちょっと泣きそうになった。

「『え~やだ~! 瑞樹君? ないない。
自分よりかわいい顔の男子が彼氏なんて絶対ありえないっ!』

そう言われ続けて幾年月、何度俺が涙を飲んだことか」

俺の言葉に、やっぱり水無月さんが
あからさまにホッと胸を撫でおろしている。

「じゃあ、男に言い寄られたりしなかったの?」

水無月さんがはっとしたように顔を上げた。

「いや、だから俺、格闘技がんばったんです。
そしたら怖がって、あんまり寄ってこなくなりましたね」

そう言いながら、俺は水無月さんのシャンプーを洗い流してやり、
手際よくタオルで拭ってやる。

「誰かを好きになったことは?」

そう問われて、俺は思考を巡らせる。

「あったのかも……知れません。
でもちゃんと覚えていないんですよ。
十五年前に事故に遭って、両親を失って、
それでいろんなことの記憶がひどく曖昧で……」

俺は水無月さんの髪を拭いながら、
じっとその髪の毛の色に見入った。

「だけど俺はあなたとよく似た髪の色を、
なぜだか知っている気がするんですよね。
俺の好きな色だって」




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