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第十三話 記憶の片鱗
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「と……とりあえず俺、仕事します」
思考回路が色々と限界を迎えているので、
とりあえず、そういうのは一旦脇に置いて、
俺は目の前の仕事を片付けることに集中することにした。
「えっと、新店舗の内装の図案の最終確認でしたっけ?」
キスの話は早々に切り上げて、
俺は仕事モードを身に纏う。
「現地に着いたら、さっそく業者さんと直接話をして、
こちらの意向をお伝えして……と」
今日の仕事の段取りをイメージして、手帳に書き込んでいく。
そうこうしている間に、車は現地に到着した。
シートベルトを外して、ドアを開けようとすると、
不意に水無月さんに手を掴まれた。
「今日は来てくれてありがとう。瑞樹」
そして頬に降りてくるのは、水無月さんの唇で……。
「……」
その柔らかな感触に、
俺は怒鳴ることもせず、
その顎にアッパーをブチかますこともなく、
どうして、ただ呆けているんだろう……?
◇◇◇
「壁紙は……そうですね、
もう少し明るい色のものはないのですか?」
俺は業者さんから受け取った、
壁紙のサンプルから目を上げた。
水無月系列のショッピングモールの一角に、
今度新たにうちの店舗を出店させてもらえることになり、
現在はその準備に忙殺されている。
「だとすると……照明は……
あっ、サンプルをいくつか持ってきていただいているんですね。
じゃあ、イメージを見るために、
一度現場に取り付けてみてもいいですか?」
打ち合わせを終えた俺たちが、
工事中の店舗に向かうと、
「いや~社長、正直納期に間に合わせるのは厳しいです」
現場の職人さんがたちが、ほとほと困り果てたように話している。
「どうしたんですか?」
そう問うと、職人さんたちは互いに顔を見合わせて事情を話してくれた。
どうやら職人のひとりが熱を出して出勤できず、
工期が間に合わないらしい。
(う~ん、これは大変まずい状況だ。
すでにグランドオープンの広告を大々的に打ってしまっているし、
上得意様や関係者各位への案内状の発送済みだ。
今更日程変更は許されない)
「他の方を急遽お願いすることはできないのでしょうか?」
俺は必死に食い下がるが、
「どこも今は人手不足で、いきなりはキツイですね」
職人さんたちが渋い顔をする。
「でしたら、俺も手伝いますっ!
ですからなんとか期日に間に合わせて下さいっ!」
そう言って俺は、職人さんたちに頭を下げた。
そして俺たちは作業に没頭した。
◇◇◇
「ねえ、瑞樹……くん、お昼ご飯……をね、
私たちは一緒に食べる約束を……していたよね?」
昼前に役員会議を終えてそこに姿を現した、
金髪……こと、水無月さんの目元が渋い。
しかしそんなことはお構いなしに、一同は各々その作業に没頭している。
「源さん、ドライバー取って」
俺、一ノ瀬瑞樹もまた、職人さんたちと同じくタオルを頭に巻いて、
作業に没頭している。
「おっ! 瑞樹君、うまいもんだな」
職人の頭領の源さんが、舌を巻いた。
「俺、こう見えて、学生時代、技術家庭科5だったんですよ」
褒められると悪い気はしない。
「へぇ、すごいじゃないか」
俺たちは作業の合間にぽつりぽつりと、お互いの素性を語る。
「いや、だから瑞樹、あのね、昼飯を……わたしと一緒に……」
ギュイイイイイイン!
水無月さんの声が、電動ドライバーの音にかき消される。
「でも瑞樹君、センスあるよ。どうだい?
うちの職人にならないか?」
源さんが眼差しが、軽く本気だった。
「それは、さすがにちょっと……。
でも手先は、母に似て昔から器用な方だったんですよ」
そう言ってはみるものの、実はあまり覚えていないのだ。
十五年前に事故に遭って、それから以前の記憶がひどく曖昧で……
俺はじっと自分の手を見つめた。
そして思い出す。
そうだ、
俺の母は、子供服のファッションデザイナーだったんだ。
『瑞樹っ! ショーに出演するモデルの子が、都合悪くなっちゃって……。
お願いっ! 代わりに……』
ノイズ交じりの、記憶の片鱗が、
一瞬だけクリアになったような気がした。
刹那、俺が足場にしていた脚立がぐらりと揺れた。
「瑞樹っ! 危ないっ!!」
怒鳴り声とともに、俺は誰かに抱き留められて、
気が付いたら、地面に倒れていた。
「ちょっ……水無月さんっ! 大丈夫ですか?」
いや、正確には、俺を抱き留めた水無月さんの上に倒れていた。
「ううん、全然大丈夫じゃない。
瑞樹に昼飯をドタキャンされ、無視されて、
俺の心はズタボロだ」
水無月さんは傷心を装い、よよと泣き真似をしてみせる。
「それだけペラペラとしゃべれたら、大丈夫ですね」
俺はほっと胸を撫でおろして、作業に戻った。
そんな俺たちのもとに、
水無月さんの指示で部下の人が差し入れのお弁当を持ってきてくれた。
それはいつぞやの目元涼し気な、イケメンのお兄さんで……。
水無月さんの秘書さん……なのかな?
しかし次の瞬間、
「水無月っ! お前、手を見せてみろ!」
そう言って、険しい顔で水無月さんの手を掴んだ。
「離せっ! 呉里、なんでもない」
水無月さんも、厳しい顔をしてその手を振り払うが、
俺の視線に気づいて表情を和らげる。
「邪魔してごめんね、瑞樹。あとで連絡する」
そう言いおいて、水無月さんは去っていった。
思考回路が色々と限界を迎えているので、
とりあえず、そういうのは一旦脇に置いて、
俺は目の前の仕事を片付けることに集中することにした。
「えっと、新店舗の内装の図案の最終確認でしたっけ?」
キスの話は早々に切り上げて、
俺は仕事モードを身に纏う。
「現地に着いたら、さっそく業者さんと直接話をして、
こちらの意向をお伝えして……と」
今日の仕事の段取りをイメージして、手帳に書き込んでいく。
そうこうしている間に、車は現地に到着した。
シートベルトを外して、ドアを開けようとすると、
不意に水無月さんに手を掴まれた。
「今日は来てくれてありがとう。瑞樹」
そして頬に降りてくるのは、水無月さんの唇で……。
「……」
その柔らかな感触に、
俺は怒鳴ることもせず、
その顎にアッパーをブチかますこともなく、
どうして、ただ呆けているんだろう……?
◇◇◇
「壁紙は……そうですね、
もう少し明るい色のものはないのですか?」
俺は業者さんから受け取った、
壁紙のサンプルから目を上げた。
水無月系列のショッピングモールの一角に、
今度新たにうちの店舗を出店させてもらえることになり、
現在はその準備に忙殺されている。
「だとすると……照明は……
あっ、サンプルをいくつか持ってきていただいているんですね。
じゃあ、イメージを見るために、
一度現場に取り付けてみてもいいですか?」
打ち合わせを終えた俺たちが、
工事中の店舗に向かうと、
「いや~社長、正直納期に間に合わせるのは厳しいです」
現場の職人さんがたちが、ほとほと困り果てたように話している。
「どうしたんですか?」
そう問うと、職人さんたちは互いに顔を見合わせて事情を話してくれた。
どうやら職人のひとりが熱を出して出勤できず、
工期が間に合わないらしい。
(う~ん、これは大変まずい状況だ。
すでにグランドオープンの広告を大々的に打ってしまっているし、
上得意様や関係者各位への案内状の発送済みだ。
今更日程変更は許されない)
「他の方を急遽お願いすることはできないのでしょうか?」
俺は必死に食い下がるが、
「どこも今は人手不足で、いきなりはキツイですね」
職人さんたちが渋い顔をする。
「でしたら、俺も手伝いますっ!
ですからなんとか期日に間に合わせて下さいっ!」
そう言って俺は、職人さんたちに頭を下げた。
そして俺たちは作業に没頭した。
◇◇◇
「ねえ、瑞樹……くん、お昼ご飯……をね、
私たちは一緒に食べる約束を……していたよね?」
昼前に役員会議を終えてそこに姿を現した、
金髪……こと、水無月さんの目元が渋い。
しかしそんなことはお構いなしに、一同は各々その作業に没頭している。
「源さん、ドライバー取って」
俺、一ノ瀬瑞樹もまた、職人さんたちと同じくタオルを頭に巻いて、
作業に没頭している。
「おっ! 瑞樹君、うまいもんだな」
職人の頭領の源さんが、舌を巻いた。
「俺、こう見えて、学生時代、技術家庭科5だったんですよ」
褒められると悪い気はしない。
「へぇ、すごいじゃないか」
俺たちは作業の合間にぽつりぽつりと、お互いの素性を語る。
「いや、だから瑞樹、あのね、昼飯を……わたしと一緒に……」
ギュイイイイイイン!
水無月さんの声が、電動ドライバーの音にかき消される。
「でも瑞樹君、センスあるよ。どうだい?
うちの職人にならないか?」
源さんが眼差しが、軽く本気だった。
「それは、さすがにちょっと……。
でも手先は、母に似て昔から器用な方だったんですよ」
そう言ってはみるものの、実はあまり覚えていないのだ。
十五年前に事故に遭って、それから以前の記憶がひどく曖昧で……
俺はじっと自分の手を見つめた。
そして思い出す。
そうだ、
俺の母は、子供服のファッションデザイナーだったんだ。
『瑞樹っ! ショーに出演するモデルの子が、都合悪くなっちゃって……。
お願いっ! 代わりに……』
ノイズ交じりの、記憶の片鱗が、
一瞬だけクリアになったような気がした。
刹那、俺が足場にしていた脚立がぐらりと揺れた。
「瑞樹っ! 危ないっ!!」
怒鳴り声とともに、俺は誰かに抱き留められて、
気が付いたら、地面に倒れていた。
「ちょっ……水無月さんっ! 大丈夫ですか?」
いや、正確には、俺を抱き留めた水無月さんの上に倒れていた。
「ううん、全然大丈夫じゃない。
瑞樹に昼飯をドタキャンされ、無視されて、
俺の心はズタボロだ」
水無月さんは傷心を装い、よよと泣き真似をしてみせる。
「それだけペラペラとしゃべれたら、大丈夫ですね」
俺はほっと胸を撫でおろして、作業に戻った。
そんな俺たちのもとに、
水無月さんの指示で部下の人が差し入れのお弁当を持ってきてくれた。
それはいつぞやの目元涼し気な、イケメンのお兄さんで……。
水無月さんの秘書さん……なのかな?
しかし次の瞬間、
「水無月っ! お前、手を見せてみろ!」
そう言って、険しい顔で水無月さんの手を掴んだ。
「離せっ! 呉里、なんでもない」
水無月さんも、厳しい顔をしてその手を振り払うが、
俺の視線に気づいて表情を和らげる。
「邪魔してごめんね、瑞樹。あとで連絡する」
そう言いおいて、水無月さんは去っていった。
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