女のフリして某企業の社長と見合いをしたのだが、どうやらそいつが俺に一目惚れして、正体知らずにめっちゃ俺に惚気てくるのが、正直うぜぇ。

萌菜加あん

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第二十話 瑞樹の恋

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「ご無沙汰をしております。家元」

俺は亭主をつとめているお茶の師匠である
家元の前に三つ指をついた。

「おや、これは瑞樹君、お久しぶりですね」

そう言って、家元はたおやかに俺に微笑んだ。

年のころは推定30代後半に突入したくらいか?

実は俺も謎だらけのこの人の正しい年齢を知らないのだが、
名前は如月草月という。

男に対してこういう形容をするのはふさわしくないのかもしれないが、
なんというか、凄みのある美人……である。

この人の着物の良く似合う、
なで肩で、華奢なその体躯からは一見想像し難いが、
実はこの人めちゃくちゃケンカが強かったりする。

高校時代はかなりやんちゃをしていたらしい。

俺は叔父に無理やり習わされた茶の湯に対して、
当初まったく興味を持つことが出来なかった。

そんな俺を察して、
師匠はこっそり俺に格闘技を教えてくれだのだ。

「師匠カッケー!」

新しい技を教えてもらうたびに、
感動に打ち震えたものだ。

師匠は俺のヒーローだった。

「いいですか? 瑞樹君、
格闘技もお茶も理論は同じなのですよ。
つまりは静と動。
無駄な動きが一切ない。
強くなりたければ、お茶のお稽古をがんばりなさいな」

にっこりと笑って大嘘を吐くこの人の鬼畜性に、
当時は全く気が付かなかったんだよなぁ。

うん、俺もあの頃は純粋だった。

その言葉を真に受けて、俺は一生懸命お茶のお稽古をがんばった。

最初は格闘技を教えてもらうことが目当てだったけど、

やがてお茶を点てる師匠の所作の美しさに
魅入って、気が付いたら本気で取り組んでいたんだよなぁ。

あの頃と変わらない、師匠の所作の美しさに、
懐かしさが込み上げてきた。

「この後、エントランスに場所を移して開かれる茶会の
亭主をつとめなさい」

そう告げられて、俺は目礼をする。

「承りました」

◇◇◇

「ひやぁっ! きれいな人やなぁ」

葵旅館のエントランスに設えられた釜の前に俺が座ると、
周囲にざわめきが起こった。

先ほどの離れの茶室で行われた茶人のための茶会とは違って、
こちらはどうやら葵旅館のお客様を対象としたサービスの一環としての
お茶席らしかった。

エントランスに集まっている人々に干菓子が振舞われ、
俺の点てたお茶が運ばれていく。

俺のすぐそばに、はずき君がいて色々サポートをしてくれているのだが、

その背後に新聞を読んでいるふりをして、
猛獣のごとき殺気を放っている水無月さんがいる。


「いや……あの……うん」

俺は背中に変な汗をかきながら、
ひたすらにお茶を点て続けている。

「おや、めずらしく心が乱れていますね、瑞樹君。
ひょっとして恋をしているのかな?」

師匠が嬉々とした表情で、
俺の様子を伺ってくる。

うるせいやいっ!

師匠に対しては絶対に言えないツッコミを飲み込みつつ、
俺はお茶を点て続ける。

「なかなかお稽古の時間が取れず、
申し訳ありません」

俺は家元に頭を下げた。

「私はね、褒めているんですよ、瑞樹君。
茶の湯というのは、完璧であってはいけない。
かの千利休も、整い過ぎた庭ではいけないと、
わざと枯葉を二三枚散らしたという逸話があります」

師匠はそういうと眩しそうに、俺を見つめた。

「なかなか見ごたえのあるお茶席でしたよ、瑞樹君。
恋に一喜一憂する瑞樹君なんて、なかなか見れませんものね」

師匠の言葉に俺は、かっと顔が熱くなるのを感じた。

「こっ……恋とか‥‥‥全然そんなんじゃありません。
勝手に誤解しないでください」

とか言いながら、俺はひどく動揺して師匠の目をまともに見れない。

「おっと、そろそろ瑞樹君を開放しないと、
彼氏さんの機嫌を損ねてしまいそうですね」

そう言って、師匠は水無月さんにちらりと目をやって、

「呉里くん、この後はあなたが亭主をつとめてください」

傍に控えていた呉里さんに声をかけた。

そういえば、呉里さんもいつものスーツ姿ではなく、
着物を着ている。


「おや、呉里くんとはお知り合いですか?
って、ああ、彼氏さんの部下ですものね」

師匠は納得したように頷いた。

「いえ、だから彼氏じゃありません」

間髪を入れずに、俺は否定するが、

「初めまして、家元。
一ノ瀬瑞樹の彼氏です」

そう言って俺を背後から、水無月さんが抱きすくめた。

「業務時間をとっくに過ぎているので、
そろそろ瑞樹を返してくださいね」

そう言って水無月さんが
にっこりと底冷えのする笑みを浮かべた。

「宗匠、着替えをお手伝いします」

無表情でそう申し出たかずは君に

「結構です」

なぜだか水無月さんが、断りを入れた。

「あっうん、本当に大丈夫だから。
気を使わないで、かずは君。
着替えくらい一人でできるし」

そう言って、俺は控えの間に下がった。

◇◇◇

俺は社用車を運転して帰路につく。
そして助手席にはなぜだか水無月さんが乗っている。

「なんであんたがここに乗ってるんだ? 
自分の車はどうした?」

そう問うと、

「呉里に任せた」

と答える。

「ふぉーん、瑞樹はこういう曲が好きなんだ」

社用車とはいえ、この車はほぼ俺のパーソナルスペースなので、
好きな音楽をかけたり、ちょっとした車用のアクセサリーで飾ったりと、
割と好きにさせてもらっている。

水無月さんは興味深げに車内を見回している。

「あんたの持ってる高級車と違って、
平凡な一般大衆車だろ? 何がそんなに面白いんだ?」

俺の問いに、水無月さんの表情が和らいだ。

「好きな人の過ごす場所なのだと思って」

水無月さんの言葉に俺は咽た。

「水無月さん、ちょっとティッシュとって」

そう言って俺はダッシュボードを指さした。

「何を今更動揺してんだか」

そう言いつつ、水無月さんは車のダッシュボードを開けて、
ボックスティッシュを取ってくれた。

その拍子に、一枚の古い写真がはらりと落ちた。

「瑞樹……これ……」

それを拾い上げた水無月さんは、
食い入るようにその写真に見入った。

それは女の子の服を着せられて映っている、
幼いころの俺だった。






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