お嬢様は没落中ですが、根性で這い上がる気満々です。

萌菜加あん

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第三話 婚約者

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「ねえねぇ、ところで御三家サミットって一体何をするんだろう?」

そこに残されたクラスメイトの一人が思わずそんな疑問を口にした。

「馬鹿ねぇ、そんなことも知らないの?
 この国の王太子と宰相家クラウディア家の次期当主と
 商業の大家であるアルドレッド家の話し合いなわけでしょ?
 当然この国の行く末についてを政治的、そして経済的な面から話し合うに決まっているわ。
 きっと私たち下々の者たちが想像もつかない高尚なことが話し合われているのよ」

小声で質問をしたクラスメイトを別の生徒が嗜める。

結局のところ本人たち以外に、そのサミットの実態を知る者はいない。

◇◇◇

御三家サミット、それはアモーゼ学園の最高位に位置付けられた、
意思決定機関である。

学園の最上階に位置する貴賓室のアンゴラ織のソファーに腰を掛け、
王太子ジークフリートは手元の資料を繰っては、重いため息を吐く。

刹那、ノックの音がすると、

ジークフリートは、はっと顔を上げる。

ノックの後で部屋に入ってきたシャルロットは柳眉を吊り上げて、
不機嫌極まりない。

「ごきげんよう、ジークフリート殿下」

シャルロットの張り付けた薄い笑顔の向こう側には、
そこはかとない怒りが渦巻いている。

「どうしたの? ジーク。
 退屈し過ぎて、脳みそが溶けそうだったの?」

アルバートも目を瞬かせている。

「まあ席に着け、議題はそれから話す」

そう言ってジークが二人に席を勧めるが、

「議題って、どうせまた週刊少年ジャンプの来週の展開予想とかなんでしょ?
 もういい加減にしてくださらない? 
 そんなことのためにわざわざわたくしたちを呼び出すのは。
 正直迷惑です。わたくしだって暇じゃないんですのよ?」

シャルロットの怒りはおさまらない。

そこにこの部屋付きの執事が、三人の前にお茶の用意を整えて
目礼をしてその場を後にした。

「暇……ねぇ。っていうか友人の恋の橋渡しとか、
 そんな余計なことに首を突っ込んでいる暇があるのなら、
 別にかまわないんじゃないの?」

アルバートがしれっと毒を吐く。

「余計なことって……」

シャルロットが悔し気に唇を噛み締める。

「やめておきなよ、また貴族院に睨まれるよ」

そんなシャルロットの表情をちらりと伺って、
アルバートがお茶を啜る。

「少なくとも、君にとっては絶妙なタイミングの召集だったと思うよ。
 でなければまともに貴族院と衝突していただろうしね」

シャルロットは顔を赤らめて下を向く。

「シャル、お前、貴族院に絡まれたのか?」

ジークもその声に心配と緊張を漲らせる。

「上級貴族の娘が平民であるカフェの店員に恋をしたんだとさ。
 シャルロットがその恋路を応援するといったもんで、貴族院のトップがブチ切れたってわけ、
 いくら口先で民主主義を主張したところで、この国に根強く残る身分制度は絶対だ。
 安っぽい正義感を振りかざして、考えなしに貴族院を敵に回すのはいかがなものかと、僕は思うけどね」

アルバートの言葉には、
どうしてそんな危険なことをするのかという
苛立ちと非難が入り混じっている。

「そんな言い方!」

反論しようと語気を強めたシャルの言葉を遮るように、
アルバートが言葉を綴る。

「君も僕の出自のことは知っているだろ?
 どうにもならないことがこの世にはある。
 そういう嫌がらせを数限りなく受けてきた僕が言うんだ。
 余計なことはするな。
 僕の目の届かないところで、君に何かあれば、
 僕は何をしでかしてしまうか、正直自信がない」

アルバートの顔から表情が消えて、
美しい琥珀色の瞳が、ガラス玉のようにシャルロットを映し出している。

(アルバートはわたくしのことを、心配してくれているのだ)

シャルロットは言葉を飲み込んだ。

そして先ほどアルバートが自分に言った言葉を思い出す。

『この手を離したら、僕たちは敵同士に戻る。
 そのときは容赦しないよ? 覚悟してね、

シャルロットは徐に自身の手を見つめた。

シャルロットにはアルバートに差し出された手を躊躇うことなく取ることはできず、
さりとて自分は、その手を振りほどくこともできないのである。

シャルロットは小さくため息を吐いて、言葉を綴る。

「心配をおかけしてしまったことは、お詫びいたします。
 ですがわたくしは、自分が間違ったことを言ったとは思っておりません。
 相手が誰であれ、自分のことは自分で解決いたしますので、以後はお気になさいませんように」

シャルロットもアルバートに意志のこもった強い眼差しを向ける。
アルバートは口を噤み、複雑な表情でシャルロットを見つめている。

「そうは言ってもな、シャル。色々あるんだぞ?
 かくいうこの俺も貴族院を相手に頭を抱えている」

ジークもまた、深いため息を吐く。

「そういえば、本日の議題って、何でしたっけ?」

シャルロットが目を瞬かせる。

「俺のお妃選びだ」

ジークが遠い目をした。

「へ?」

ほぼ同時にアルバートとシャルロットがポカンと口を開けた。

「そんな意外なことでもないだろう。
 俺たちは今年16歳を迎える。
 この国では成人とみなされる年齢だ。
 結婚はまだにしても、こういう身分に生まれたからには
 婚約者がいたとしても不思議ではあるまい」

ジークは悲し気に薄っすらと涙ぐんだ。

「え? ジーク様って婚約者がいらっしゃったんですか?」

シャルロットが身を乗り出す。

「ここから選べと、今朝侍従長に言われてな」

そう言ってジークはシャルロットの前に分厚い釣書の束を放って寄越した。
そこにはみっちりと、この国の主だった令嬢たちのプロフィールが綴られている。

「俺だって本当はちゃんと恋愛がしたいんだ」

ジークが苦し気に言葉を紡ぐ。

「え? ですからこの中のどなたかと恋愛をなさればよろしいのでは?」

シャルロットが目を瞬かせる。

「ここに記されているような上流階級の令嬢など、
 すでに夜会や晩餐などで顔見知りだ。
 だけどどうやって選べというんだ? 
 相手は俺が王太子だというので目の色を変えて近寄ってくる。
 誰も本当の俺のことなんて、見ちゃいないんだ」

ジークが辛そうにその場に突っ伏した。

◇◇◇

「なんだかジークが、気の毒ですわね」

ジークに宛がわれた貴賓室を出て、シャルロットがアルバートに呟いた。

「そう?」

アルバートが食えない笑みを浮かべる。

「まあ、もっとも、あなたは選びたい放題なのでしょうけど」

シャルロットが呆れたように眉根を寄せる。

「そうでもないよ? 僕にだって婚約者がいるし」

いきなりのアルバートの爆弾発言に、シャルロットが狼狽する。

「え? そうなのですか? 一体誰???」

目を丸くするシャルロットに、アルバートは曖昧な笑みを浮かべる。
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