お嬢様は没落中ですが、根性で這い上がる気満々です。

萌菜加あん

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第三十一話 最後の嘘

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「ジークあなたひょっとして……変態なの?」

シャルロットがおそるおそる真顔で、
ジークの胸の中から顔を上げる。

「ちがうわっ! 失礼な奴だなっ!」

ジークの眉間にぷちりと怒りの青筋が立つ。

「服、濡れたままだと風邪ひくぞって、そう言いたかったんだよ」

ジークはシャルロットを離して立ち上がり、小屋の隅へと歩いていくと、
窓際に置かれた古びたチェストの中からタオルと男物のジャージの上下を取り出した。

「これ! 俺のだけど、風邪ひくよりはましだから」

そう言ってジークはシャルロットにそれを差し出した。

「え?」

シャルロットがそのジャージの上下を受け取って不思議そうな顔をする。

「言っておくけど、ちゃ……ちゃんと洗濯してあるからな!」

ジークが顔を赤らめるが、

「いえ、そうではなくて、どうしてこのような場所にあなたのジャージを置いているの?」

シャルロットが小首を傾げると、

「ここはいわば、まあ俺の秘密基地だ。
 王太子教育やら、王族の行事やらに疲れたときには、
 ふらっとここに来て、ひとりになりたいときもあってだな」

ジークはそういうと、シャルロットに背を向ける。

「こっち向いているから、さっさと着替えろよ」

衣擦れの音が聞こえる。

ジークは思わず息を飲んだ。

「おっ……お前、お妃教育抜け出してきたんだろ?
 そんなに雷が苦手なのか?」

ジークは自身の動揺を隠すように、上ずった声を上げる。

「うっ……どうしても、雷だけはだめなのよ。
 とはいえ、わたくしだって御三家の人間として、
 あの場所で取り乱すわけにはいかないじゃない?
 それで『少し気分が悪い』といって、広間を抜け出してきたのだけれど、
 この雨ではまだ戻れそうにないわね」

そう言ってシャルロットが小さくため息を吐いた。

「もういいわよ、こっちを向いても」

シャルロットの言葉にジークが振り返ると、

「ぷっ!」

ジークがその姿を見て吹き出す。

「お前、本当にジャージ似合わねぇな」

そういってクスクスと笑いを漏らすと、

「失礼ね!」

シャルロットが膨れたように唇を尖らせる。

(本当はめちゃくちゃ可愛いけどもっ!)

ジークは内心そんな言葉を飲み込む。

なんだかそれを教えてやるのは癪だった。

自分のジャージを着て、シャルロットがそこに立っているだけで、
それは特別だった。

「シンデレラってさ、魔法使いに魔法をかけられて、ドレスを纏って舞踏会に行って、
 それで王子に見初められるだろ? 
 だけどお前はこの国の王子の前にジャージで立つんだな」

ジークが感慨深げにそう言うと、

「それはだって、わたくしは偽りのシンデレラですもの」

そういってシャルロットは小さく肩をすくめて見せる。

「シンデレラに出てくる王子ってさ、
 シンデレラの一体どこをみていたんだろうな」

雨は降りやまない。
ジークはそんな呟きとともに、壁際に腰を下ろす。

「じゃあ、あなただったら、シンデレラのどこを見るの?」

そう言って、シャルロットもジークの隣に座り込む。

「そうだな、まず胸だろ?
 それから……」

そんな軽口をきくジークに、シャルロットがジト目を向ける。

「今のうそ! あっと、そうだ、まずは弱きを助け、強きを挫く正義感……だろ?」

気まずそうに斜め上に視線を泳がせるジークの言葉に、
シャルロットが口をはさむ。

「ちょっとシンデレラってそんな話じゃないじゃない」

そんなシャルロットをジークが制する。

「いいから聞けって、
 それから自分の婚約者を放っておいてまで、
 俺のお妃候補を演じてくれる度量の広さだろ?」

そういって、ジークが意味ありげな笑みを浮かべると、

シャルロットがようやく自分のことをいっているのだと、
気が付いた。

「だけど本当は雷が怖い普通の女の子だったりとか」

ジークの声にありったけの優しさが滲む。

「あと、ジャージが死ぬほど似合わない、とか」

ジークが、いたずらっぽくシャルロットを覗き込むと、

「ジャージが死ぬほど似合わなくて悪かったわね」

シャルロットが口を膨らませる。

「それでも俺にとっては、お前のその姿はどんな高価なドレスよりも、
 特別なんだぜ?」

そう言ってジークが寂し気に笑う。

「どうしてよ?」

シャルロットが腑に落ちない様子で、ジークを伺う。

「お前のその姿を知っているのが俺だけだからだ。
 アルバートだって知りはしない」

ジークの眼差しが、切なげに揺れる。

「当たり前でしょ? アルバートにこんな姿を見られてたまるもんですか!
 女の子はいつだって好きな人の前ではお姫様でいたいんですからね」

ジークの言葉を受けて、シャルロットが憤慨する。

「俺の前だったらいいのかよ?」

ジークが少し拗ねたような口調になる。

「だって……今は……仕方がないでしょ?」

シャルロットも不本意だと、不貞腐れる。
雨はまだ降りやまない。

「そうだな、仕方ない。
 だから、今、このときだけは、俺だけのものでいて。
 ジャージのお姫様」

そう言ってジークがシャルロットを抱きすくめた。

「ちょっ……ジーク」

シャルロットが腕の中で抗議の声を上げると、

「ジークフリート様~! シャルロット様~!」

小屋の外で、声がする。

女官たちがどうやら自分たちを探しに来たようだ。

「魔法の時間は、終わるようだぞ? シャルロット、
 お前のその姿も見納めだな」

そういってジークが立ち上がり、小屋の扉の前に歩いていく。
そしてシャルロットを振り返る。

「それと今日俺はもうひとつお前に嘘をついた。
 本当は教えてやるのは少し癪なのだが、
 きっとこれがお前と二人きりで過ごす最後の時間になるだろうから、
 特別に教えてやる」

ジークは下を向いて、意を決したようにもう一度顔を上げる。

「シャルロット、そのジャージを着ているお前、
 めちゃくちゃ可愛い」

ジークはもう、シャルロットを見ない。

女官たちを呼ぶために、激しい雨の中をひとり走り抜ける。

 
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