万能艦隊

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艦隊建設

空母鳳翔

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実験空母の建造は順調に進んだ。
結局、起工から竣工まで1年という短期間で建造が完了した。
もともとが天龍型巡洋艦であるため、その建造ノウハウを活かせたことも工期短縮に貢献しているに違いない。
とにかく、実験空母は竣工し鳳翔と命名された。
空母鳳翔はほとんどが日本独自の設計となったものの、各所にイギリスの影響を垣間見ることができた。
大きなものでいえば制動装置などが上げられる。
アメリカなどではすでに横張式制動装置が装備されていたが、イギリスでは縦策式制動装置が主流だった。
これは鳳翔にもいえることであり縦策式制動装置を装備していた。
だが、この縦策式制動装置に問題があったのである。
横策式制動装置はワイヤーを艦を横切りるように張って、これに航空機のフックを引っかけて制動力を発揮する。
構造も単純明快で制動力も確かなものがあったが、縦策式制動装置はそうではなかった。
縦策式制動装置は何本ものワイヤーを張って、その摩擦力によって制動力を発揮する。
どちらが強力かは一目瞭然だが、縦策式制動装置しか技術的に不可能なため妥協案を取る形となった。


1920年8月12日。
この日、空母鳳翔は横須賀沖で初の離着艦試験を行っていた。
着艦するのはイギリスで空母航空隊の経験があるウィリアム・ジョルダンである。
かれは三菱の技術団に招聘されていたが、日本国内で着艦経験のある唯一の人物ということで白羽の矢が立ったのである。
(イギリス製の艦載機なら問題なく着艦できるだろう…)
彼は鳳翔の艦影すら見たことが無く、こうしてぶっつけ本番で挑んだ。
横須賀からソッピース・キャメル戦闘機で飛んできたジョルダンにとって洋上を悠々と航行するその空母には度肝を抜かれた。
(なんて大きな空母だ…これなら着艦は容易いに違いない)
彼の直感は的中し、イギリス空母よりも安定した着艦を披露した。
これを見た日本海軍航空隊の搭乗員たちは我先にと着艦に挑み、2機が失敗したもののすぐに着艦に成功。
この訓練の最終日には山本や東郷も鳳翔を訪れ、艦橋から着艦する様を眺めていた。
「これで我が海軍の戦術は多角化することになるな」
山本の言葉に東郷は頷く。
「今回はどうやら、艦政本部は思い切った設計が出来なかったようです。ですから、空母を新たに建造するなら新設計された物を建造した方が何かと良いでしょう」
これに山本も頷く。
こうしてすぐに新型空母の設計が艦政本部に下令されることになり、建造は1922年から始まることになる。

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