超量産艦隊

ypaaaaaaa

文字の大きさ
25 / 57
三一六計画

一試単座爆撃機

しおりを挟む
「単座急降下爆撃機は必ず将来的に化けます!」
和田からそう言われた山本は頷き、本格的にこの単座急降下爆撃機の開発を命令した。
ただ、単座急降下爆撃機がなんら問題ないわけではない。
そもそも、艦爆が複座なのは航法を分担するためであり、これが単座だとかなりの負担になる。
この解決策もすでに和田は研究しており、山本も”あいつならやってのけるに違いない!”と考えていたが一応の懸念としては存在していた。


この時期、日本軍は新型戦闘機である九六式戦闘機の制式化に踏み切っていた。


九六式戦闘機(陸海共通)
最高速度:時速440㎞
武装:12.7㎜機銃2挺
翼面荷重:118㎏/㎡
プロペラ:直径3.42mが3枚
搭乗数:1人
航続距離:時速250㎞で700海里
全長:9.16m
全幅:9.50m(折り畳み時7.52m)


陸海に関わらず初めての全金属単葉機である九六式戦闘機はその武装に7.7㎜では飽き足らず12.7㎜を搭載した。
それでも速力は時速440㎞を確保しており日本にとっては最有力の戦闘機であるのは間違いなかった。
この戦闘機はすぐに艦載機であったり陸上に充当されていくが、重要なのは実はそこではなかった。
九六式戦闘機は三菱の堀越技師の会心の作であったが実は試作機は制式化された機体より良好であった。
試作機は逆ガル翼を採用し速力も時速460㎞を超えていた。
量産面の観点から九六式戦闘機では直線を基調とした翼となったが、件の試作機はまだ”研究のために”海軍航空本部にあった。
(これを単座急降下爆撃機に改造できないだろうか…?)
和田はそう思い立ち、山本にその旨を打診。
山本は二つ返事で了承した。


改造と言ってもそこまで大層なことはしない。
まずは、機体をそれなりに強化し爆弾を取り付けて飛行性能がどれほど変わるかを検証する。
装備したのは250㎏のコンクリート爆弾だ。
この試作機の場合は速力が時速にして60㎞ほど遅くなったが現在運用中の艦爆よりは断然優速であった。
また、急降下時は逆ガル翼であったことが功を奏し下方視界が確保されており、搭乗員からも”この機体は急降下爆撃に向いている”と太鼓判を押された。
だが、問題点もある。
それは急降下時に速度が乗りすぎることだ。
折角爆弾を投下できたとしても海面ないし地面に激突してしまっては元も子もない。
そこでドイツで開発されていたタイドブレーキを導入することとした。
ただ、原理はほぼフラップと同じであるため、この試作単座急降下爆撃機はフラップと併用されることになる。
こうして単座急降下爆撃機の試作一号機は1936年8月3日に完成した。
エンジンに不調は残るものの、試験飛行は難なく突破した。
山本はこれを見てすぐの制式化は難しいと感じたが”一試単座爆撃機”の計画名を与えて研究を続行させることとした。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

電子の帝国

Flight_kj
歴史・時代
少しだけ電子技術が早く技術が進歩した帝国はどのように戦うか 明治期の工業化が少し早く進展したおかげで、日本の電子技術や精密機械工業は順調に進歩した。世界規模の戦争に巻き込まれた日本は、そんな技術をもとにしてどんな戦いを繰り広げるのか? わずかに早くレーダーやコンピューターなどの電子機器が登場することにより、戦場の様相は大きく変わってゆく。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。

北溟のアナバシス

三笠 陣
歴史・時代
 1943年、大日本帝国はアメリカとソ連という軍事大国に挟まれ、その圧迫を受けつつあった。  太平洋の反対側に位置するアメリカ合衆国では、両洋艦隊法に基づく海軍の大拡張計画が実行されていた。  すべての計画艦が竣工すれば、その総計は約130万トンにもなる。  そしてソビエト連邦は、ヨーロッパから東アジアに一隻の巨艦を回航する。  ソヴィエツキー・ソユーズ。  ソビエト連邦が初めて就役させた超弩級戦艦である。  1940年7月に第二次欧州大戦が終結して3年。  収まっていたかに見えた戦火は、いま再び、極東の地で燃え上がろうとしていた。

日英同盟不滅なり

竹本田重朗
歴史・時代
世界は二度目の世界大戦に突入した。ヒトラー率いるナチス・ドイツがフランス侵攻を開始する。同時にスターリン率いるコミンテルン・ソビエトは満州に侵入した。ヨーロッパから極東まで世界を炎に包まれる。悪逆非道のファシストと共産主義者に正義の鉄槌を下せ。今こそ日英同盟が島国の底力を見せつける時だ。 ※超注意書き※ 1.政治的な主張をする目的は一切ありません 2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります 3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です 4.そこら中に無茶苦茶が含まれています 5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません 以上をご理解の上でお読みください

処理中です...