樹海の宝石【1】~古き血族の少年の物語

藤雪花(ふじゆきはな)

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第3話 精霊の力

23.精霊の恋歌

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リリアスはルージュの交渉をききながらも、意識を飛ばしていた。

幸い皆はリリアスの様子に気がつかない。顔のほとんどを隠すベールも一役買っている。


意識を跳躍させる。

丁度トンビが上空を飛んでいたので、視界をのせた。一緒に海を目指す。
松明を燃やすベルラードの砦をかすめるように飛ぶ。
月あかりに照らされる、延々と続く田畑と黒い森、城壁に囲われた城下町と城の影が矢のように後ろに流れていく。

湿度の高い空気は、パリスの城をはるかに越えたところの海上にあった。
群青の大海原が、月と星を写してきらめく。

息を飲むほど美しい。

トンビから渡り鳥の一群の若い子に乗り換える。海上を飛ぶように駆ける羽のある魚の群れと同じ方向へ飛ぶ。

(ごめんやっぱりあの子でいく。高く飛ぶよ)

リリアスは再びトンビに移る。
『空』の精霊に働きかけて気圧を海上に大きく落とす。
気圧が高まると、低いところへと湿った空気が流れ出す。
『風』の精霊に、風を強くするようにお願いをする。
湿り気を帯びた温かい空気が、パリス上空を風とともに移動する。
季節外れの重い浜風に気がついたのは猟犬、枝でやすむリス、城の門番、、。

樹海の岩山にぶつけると、風は方向を変えて空高くあがる。
どんどん高度をあげていく。

次第に湿った空気は上空の冷たい空気に冷やされて、水分は結晶化する。
重たくなって、やがて地上に降り注ぐだろう。

(ルージュがうまく進めている。雨が降ると交渉が決裂する。
どれぐらい降るかわからないけど、水滴ではなく広くちらして霧にしておこうか、、)



「次期バラモンとパリスの国王の友好をお祝い申し上げます。
こらからはご歓談、お食事を召し上がってください。
ひとつ歌を歌わせていただきますが、よろしければパリスの皆様方もご一緒に楽しみましょう」

と絶妙の間をとらえてノアールは緊張をほぐす。
甘いマスクに微笑みを浮かべ、さらっと繊細な指でたて琴をつま弾いた。



赤茶の瞳の青年に
炎の精霊  恋をする
熱き想いに胸こがす
燃え尽きる前に応えてくださいますか


群青の瞳の青年に
水の精霊  恋をする
溢れる想いに涙する
涙が泉になる前に応えてくださいますか


深緑の瞳の青年に
大地の精霊  恋をする
芽吹き花咲かす
果実が落ちる前に応えてくださいますか


青い瞳の青年に
風の精霊  恋をする
踏み出す背中 軽く押す
抱き締め巻き上げる前に応えてくださいますか


黒い瞳の青年に
空の精霊  恋をする
雲を雨を虹を渡す
夜にさらう前に応えてくださいますか




ノアールが歌ったのは誰もが知っている精霊の恋歌だった。

精霊の詩は恋詩が多い。
ルージュは旋律を邪魔しないように弦を弾く。
ララは邪魔をしないように、横笛に唇を当て旋律を揺らす。ザイールは豪快にタン!と区切りで叩いた。

(お前なあ、、)

ルージュは顔を歪ませたが、ザイールは大真面目だ。

シャランと涼やかな音がなる。

全員の目がひとつに集まる。
ノアールの後ろに控えていたベールの『女』が、手首を顔の前で返したのだ。

腕輪に連なった鈴がなる。

酒と女と武人たちと、いろんな思惑がこもっていた部屋の空気が一瞬で冷えたような。

もう一方の手首を胸の前で返し震わせた。

シャラララン。

ああ、ルージュは思った。
自分の心を永遠にとらえた歌姫が現れる-----


赤茶の瞳に
情熱の炎をささげましょう
愛に燃えてくださいますか


群青の瞳に
涌き出る泉をささげましょう
愛に濡れてくださいますか


深緑の瞳に
豊かな恵みをささげましょう
私を食べてくださいますか


青い瞳に
美しい歌声をささげましょう
愛をささやいてくださいますか


黒い瞳に
夜の眠りをささげましょう
私を抱き締めてくださいますか


これはよく若者達が恋人に捧げる歌でもある。
この場にいる全員が魅了されていく。


リリアスはすっと立ち上がる。
さらに音楽に合わせて、体を動かしていく。

火、水、風、土、空の精霊が形造られる。

別の命を得た生き物のように、妖艶に脚が腕が背中が躍動する。
薄物に白いはだが透けている。
意図してか鈴はちりりとも泣かない。
精霊そのものがこの場に現れたような美しい舞い姿。

だん、だん、と足を踏み鳴らす。

ルージュはリリアスが踊れることを知った。

神殿で神に祈りをささげるのに、古い時代には踊りをささげていたという。
今では祭で踊るぐらいだ。
もしかして祭で踊ることも、神や精霊に踊りを捧げるのと同じなのかもしれない。

精霊そのものとなり、その力をその身体に移らせて、神託をくだす巫女。

(ああ、わたしは彼のことを何にも知らない)

踊り終えると、皆の溜息が称賛を伝えていた。
沈黙を破ったのはバラモンの第六王子。
冷酷な表情は剥がれ落ちていた。
真剣な目で舞姫を見る。

「名前はなんという」

「リリアス」

「素晴らしい歌と舞であった。久々に恋する気持ちを思い出したぞ」

もうひとつため息をつく。
ノアールをじろり見ていう。

「本当にお前は、閨の役目を果たさなくなっても私を喜ばすことが上手だな」

と、目を細めてリリアスに声を掛ける。

「ノアールのところの者か」

「いいえ。僕はパリスの次期王のものでございます」

その返事にバラモンの二人の武人は驚いた。

「まさか!?男って、、」

ムハンマドは眉をあげた。
ルージュを赤茶の目でまっすぐ射る。

「先程のご提案に従い、兵は明日の朝一番に引かせよう。
しかしながら2週間分の水の約束を確実に遂行していただくために、保証をいただいておくことにしよう。
水が届くまで、舞姫を私の元で預かる」

立ちあがり、リリアスの手首を掴んだ。
赤茶の目と黒い宝石のような目が、初めてここで絡み合う。
別々であった運命が繋がり重なる。

シャラシャランと音がなった。
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