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第3話 精霊の力

27.体に巡る熱

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(お前は野性動物のようだな)

怯えて、凍えて。

(樹海から出てから世話してくれた男に一途になついて)

雨の夜に倒れてからムハンマドは、途中に食事を取り、軽く仕事の指示を出したりしながら、冷えきった捨てネコみたいな少年を一昼夜あたため続けている。

報告は、パリスからの救援水のこと、分配のこと、本国への報告など多岐にわたっていた。
基本、第六王子にはそんなにするべきことはない。

最小限で端的に済ませ、赤毛の王子は早々に一室に引きこもる。

そこには次第にあたたかくなり、体も柔らかく表情もほぐれてきたリリアスが、まだまどろみの中にいる。

血の気を取り戻してきた顔を覗きこんで、山場を越したのを知る。

(お前をどうしようか、、)

このまま数日の内には、パリスの水の約束が遂行されるだろう。
素直に青銀の生意気げな若造に返してやるには、少年に愛着が移っていた。

(寝言でもあの男の名前やらシャーやらごちゃごちゃと)

「シャーってなんなんだ?お前は節操なしか」

(シャー?)

まぶたがうっすら開き黒曜石の煌めく眼がなんとなくムハンマドをみた。

目が覚めたのか、と声を掛ける間もなく再び閉じる。
口元には柔らかな笑みがうかんでいる。

(シャー!)

金茶のしなやかな豹の映像に映像にムハンマドの視界が乗っ取られた。

知恵と慈愛を秘めたひとみが見つめ、はりのあるひげがぴくっと動き、しなやかな肢体をくねらせた。

「これがシャーか。わたしの視界を乗っ取るのはやめてくれないか」

映像はシャーになめられそうになるところで消える。

「あの美しい加護紋様の表現はシャー譲りかも知れないな。
そろそろ目が覚めるか?わたしの気持ちも決めないといけない。
自分のものにするか、あいつに返すか」

自分のものにするにはリリアスは若すぎる。
返すには惜しい。

「あと数日ある。それに、あの雨のこともお前の口から聞かせて欲しい」




リリアスは目覚めたとき一人だった。
肌に残るあたたかさが、心地よい。
つい先程まで誰かと一緒にいたような気もした。
部屋は清潔で、薄物の着替えも用意されていた。
着替えると部屋の外で声がしているのに気がつき、ふらつきながらドアに寄る。

「やはり、放火の可能性が高いのか」

「火の元になるものがありません。ご兄弟のいづれかではありませんか」

「思い当たるヤツが多すぎる!」

「タイミング的には我々の取り決めを壊そうとしたとみるのが良いでしょう」

(あ、、)

リリアスは男たち4名が会話する部屋の扉を開けてしまっていた。

全員の目が薄物を羽織っただけのリリアスを見た。
知らない人ばかりのような気がした。
頭が回らない。
注目を浴びて、益々混乱に拍車がかかる。

「起きれたのか。まだ、部屋にいて休んでいて」
赤毛の端正な顔立ちの男が、他の男たちの視線を遮るようにリリアスの前に立ち、優しく肩に手を置いた。

くるりと後ろを向かせて元いた部屋に導く。

「お腹がすいただろう。持っていかせるから大人しくしていて」
ムハンマドが優しくいう。

バラー以外の、火災の検分報告をしていた男たちはその様子を見て絶句する。

あんなに優しい声の王子を見たことがなく、部屋に籠っていたのはそういう事だったのか!と。


報告を早々に切り上げ、ムハンマドは部屋に戻る。
リリアスはまだぼうっとして、ベットに腰を下ろしていた。運ばせたお粥は口にしたようだった。

椅子を引いて、前に座る。
「ここがどこだかわかるか?」

「、、、わからない」

「自分の名前は?わたしの名前はわかるか?」

「ぼ、僕はリリアス。神官長の息子。あなたは、、、」

「ムハンマド。お前はまるまる二日間生死をさ迷っていたんだ。覚えているか?」

「あ、、僕は樹海をでてから、息をするのも苦しくて、何も食べられず、死にそうだった、、あ、あんなことをして汚されたから、僕は生きられる、、」

ムハンマドはなぜかむっとした。

ノアールのいう、前に倒れた時の事を言っているのだとわかったからだ。

あんなことの内容を彼の口から言わせてみたいようでもあり、知りたくないようでもある。
話題をかえる。

「つい最近のこと、覚えている?雨に濡れたこと、倒れたこと、、」

少年は目を閉じた。

「ああ、炎が街を焼き付くそうとしていたから、無理やり雨を降ろした。
僕は用意をしていた。
海から湿度の高い風を運んで、樹海の岩山に当てて、空高くの冷えた空気で微細な水滴にしていた。
精霊の力を無理やり使ったから、体が冷たくなって、、あなたが助けてくれたの?」

リリアスは目を開くと、どこかとろんとした黒曜石の宝石のような目で、ムハンマドを見つめた。

「体にとても温かい熱を感じる。これはあなたの?炎の、情熱の、、身体中に巡って熱い、、なんだか、、」

少年はまだ意識が混濁している、とムハンマドは悟った。

そうだとわかってはいても、ベットに腰かけていた少年が、両腕を伸ばしてきたのを、あがらいきれず抱きとめる。

「ああ、、」

とほっとした溜息がムハンマドの耳元をくすぐる。

ムハンマドは少年の、一糸纏わぬ姿で二昼夜あたためていたしなやかな体、公にいえない秘密をもつ体を思った。

「いいのか?」

声が震えた。

「お前から私に愛を乞うたということで、良いか?」

ムハンマドは、目覚めてすぐの錯乱している相手に、自分が卑怯ものだと思ったが、望んでいるチャンスをみすみす逃すほど、愚かな男ではないのだった。

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