樹海の宝石【1】~古き血族の少年の物語

藤雪花(ふじゆきはな)

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第3話 精霊の力

29.逃避行1

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(今なら彼は寝ている)

(あ、ばか。外には護衛がいる)

バードの制止も虚しく、扉を開けていた。

「何か?」
と顔にキズのある男が扉の横に背を持たせかけていた。

見知った男、バラーだ。

リリアスは顔に血があがってくるのを感じた。
見られる目付きに、ざわっとしたのだ。

「お嬢ちゃん、何か必要なものがあるか?部屋からはでてはならないよ」

「そ、外の空気を吸いたくなって、、」
声が出にくく、かすれた声になった。

バラーは済まなそうな顔をした。
「今は無理だ。後でムハンマドに頼んでみな」

(だめだ)
(きけよ)

後ろでムハンマドが起きた気配があった。
振り返ると、ベットから少し体を起こしていた。

(リリー、状況的には明日で約束通り解放される可能性もある。
お役目終了だ。
今、下手に逃げて捕まると、今度は逃げられなくなる。
もっと酷いことをされるかもしれない)

さっとイメージが沸く。

畑を鋤く仕事をしていた牛が、労働がいやで逃げ出したが捕まえられて、次は鎖で一生繋がれた上、一番重い道具を背負わされて、畑を鋤くのだ。

それでも、
(あ、明日まで待てない。今日中にここをでる)
(あい、了解)

「体は大丈夫か」

「、、はい」

「外にでたいのなら、体を清めて外にでるか?少し騒がしいが、いずれにせよ、お前はもう少し肉をつける必要があるからな。湯を用意させよう」

タオルと湯がすぐさま用意され、ムハンマドはタオルを湯にひたしてきゅっと絞る。豪快にリリアスを拭いはじめた。

全身仕上げると満足げに眉をあげる。

服は、頭からすっぽり被るバラモンの伝統服が用意されていた。
ウエストを布のベルトで巻かれた。
なんとなく、ムハンマドの服と良く似ている。

ムハンマドは、最後に頭にバラモン特有の布をまく。

「こうしてみると、まだおこちゃまだな。次の誕生日はいつだ?」

後2回、月が生まれ変わり満たされる時、と返事をすると、ふっとムハンマドは笑った。

「さあ、リハビリをしにでるぞ」

街は、以前より街に人が溢れ、復興と喧騒に満ちていた。
水を満たした重そうな桶を両手に持つものも多い。
頭にのせている者もいる。

ムハンマドも軽い街着を着ているが、腰には剣を下げる。

彼を知らない人はいないようだった。

ムハンマドがいくと、敬意と親しみに満ちた笑顔の、さりげない道ができる。
気がつかない者がいても、子供が前を走っても、彼は全く気にする様子はない。

後ろにぴったりつくバラーには、気軽な声がかかる。

「今夜きてね」
とかなんとか。

「なんだ驚いている様子だな。私は王族とはいえ、六番目の男子だ。
母もそう身分の高い出ではないし、普段はこんなもんだ」

リリアスはなんにもないところでつまずいた。
つい、ムハンマドの鍛え上げられた腕を掴んでしまう。

ムハンマドは苦笑し、支えなおす。
指を絡めて繋がれた。

「危なっかしいな」

顔が熱くなる。
絡めて繋いだ手は、熱に浮かされてしてしまった甘い行為を思いだされた。


行き先は中央に娑羅双樹が枝を大きくひろげる広場だった。

屋台がぐるりとあったのが、ところ狭しとテントが規律よく張られ、家を焼き出された人、延焼を防ぐために家を潰された人の仮住まいとなっていた。
その間を歩いていく。

「何か困ってはいないか?」

ムハンマドは声を掛ける。
話に耳を傾ける。
リリアスの話もでる。

「お子さまですか?」

「なわけないだろう。こんなでかい子がいると怖いわ」

最後は豪快に笑いで終わることも多い。

救急の場は既に落ち着いたようで、怪我人よりも白地に赤い線が引かれた腕章をつけている者の方が多かった。

「女性もいるんだ」

呟きが漏れたのを、ムハンマドは掬い上げた。

「私のところは女性兵も多い。
女も戦場にでる。
とはいえ、殺す側より生み育てる慈愛の性であるには違いないから、救援活動に志願し、適正がある者も多い」

「殺す側、、」

ムハンマドは言う。

「男は守り、奪い、殺し、支配する。
女は奪われ、包み込み、子をなし慈しむ。
自分を蹂躙するものにさえ愛を与えることができる」

繋いだままの手が引っ張られ、口許に寄せられた。
だが、リリアスの手にキスは落とされず、ムハンマドは踏みとどまった。
人目の多いところで加護紋様を出すのが憚られた。

「そんな女に男は支配される。お前はどっちが良い?」

「男は縛られず、自由で世界を冒険するのでしょう?
女は愛されて、深い愛を得るのでしょう?」

それを聞き、ムハンマドは笑った。

「冒険か愛か。お前は樹海に閉じ込められ、解放されたかったのだな。
女でも冒険できるし、男でも深い愛を得ることもできるぞ」

広場の一角は給水タンク置き場となり、多くの人が溢れていた。

たっぷりの水のタンクを積んだ馬車が乗り入れ、降ろされ、移動して空のタンクを積まれる。
荷受け降ろしの無駄のない動きが出来上がっていた。

「お前のご主人さまの水だ。
明日にでもお前を迎えに来るだろうな。
その後は、パリスとの今後の水確保の国家同士の話し合いになる。
すんなりとはいかないだろうよ。
今回、脅しをかけたから、運河の水をこちらに渡すことにはなるだろうが、面倒な話し合いになる。
バラモンは誇り高い国民のため、頭を下げることに慣れていない」

「また戦になるかもしれないの?」

「可能性は常にある」

「あの、エディンバラの地下水脈をふさぐ大きな石をどけると、水脈は復活するよ」

「何?」

「その石は岩盤が突き出たものだから、動かすと、大地が揺れるかもしれないけど。
恐らく震度3から4。
それ以上になると、僕では止められない」

「、、、震度とは」

「震度3はほとんどの人が揺れを感じる。
4になると家のバランスの悪いものが倒れるかも。
エディンバラは直下型地震になるので、ドンと下から突き上げるような縦揺れがある」

「それは古の王国の知識か!?」

普通でしょう?
とリリアスは首を傾けた。

リリアスは神官になるべく、勉強はしていた。
ムハンマドは呼ばれて、仕方なく繋いでいた手を放した。

「バラーと一緒にいてくれ」

と、リリアスから離れて、視界から消える。
その時、水の受け渡し場で、小さなこぜり合いがあった。
後ろに立つバラーの注意がそちらに向く。息をすって、何か声をかけようとする気配。

順番だぞーーーとかなんとか。

掴まれていた手と逆の手がぐいっとひかれた。同時に声が頭に響く。


(走れ!!馬車の間を抜けるぞ)
バードの念話だった。
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