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第3話 真珠を得る者
40、未亡人の女主人の館
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遁走の道連れは三方へ、それぞれの道を選ぶ。
エドとボルドも、ラブラドの新王も、ボリビアのザラとシディも、互いに名乗らず仮面を外さなかった正体不明の賓客たちとも、もう交わらないであろう道を行く。
元騎士アランはうちひしがれているラブラドの新王を支えた。
ラズはボルビアの男から離れようとしない。ボルビアの王弟の護衛はゲーレの食堂で一緒だった男だった。ラズはあるべきところに戻ったのだ。アランは己の役目が終えたことを悟った。
とらえられていた二人はもう競売の土俵から自由だった。
王弟たち8名の一行はその後、強行で馬を進め、ボリビアの王都にひっそりと入る。
「王宮ではなく寄りたいところがある。この姿で戻ったら、パウエラと一戦が始まってしまう。もしくは、わたしが奴隷売買に参加したことが明るみにでる。
それらを回避したいからな」
一応、王子の同意を求めるそぶりをみせた。一行はザラの子飼の者たちである。
主導権は完全にザラにあった。
シディは無言で頷く。
父王オーガイトと数ヵ月ぶりに対峙するには酷い格好で疲労困憊していたからだ。
彼らは王宮に向かわず、寝静まる王都の外れの、王弟ザラが懇意にしている森に囲まれた貴族の未亡人の邸宅を訪れる。
ザラの部下たちには慣れた道のようである。
門番との軽いやり取りの後、館の灯が立て続けに館内の慌ただしさを物語るように灯っていく。
未亡人はひっつめ髪に大判のショールを体に巻き付けて現れでた。
40代後半の女盛りを過ぎているが、染みひとつない肌をした柔らかい顔立の女主人だった。
彼女は、使用人の娘が下げる手燭におぼろにゆらりと照らされた野戦の後のような、血と土ぼこりと彼ら自身の体液にまみれた獣じみた酷い有様の一団を見て、ひとつ息を呑んだ。
未亡人の女の目は、先頭に立つほこりにまみれていても、見間違えようもない、ぎらつく野心的な目をした男を見据えた。
「シャーレン、連絡もなく遅くに押し掛けてすまない。とめてくれ」
ザラ王弟が慇懃に無礼を詫びると、ふっと目元が弛んだ。
「侘しいところですので、十分なおもてなしができないかもしれませんがどうぞお入りください。
ザラさま、よく来てくださいました」
シャーレンと呼ばれた女主人とザラはどちらともなく歩んで抱擁する。
深夜の時間帯であることも、野戦の後の有様である理由も問わず招き入れられた。
館内は、第一報でたたき起こされた使用人たちが高貴な客を受入れる準備に湯を沸かし、シーツを抱えて、てんやわんやとなっていた。
未亡人の采配で8名の部屋を振り分けられていく。
「湯にも入ってくださいね。沸かしましたから、、その、お嬢様にも、、お怪我があるようでしたら医師を手配します」
まだ、晩餐会の裾を引きちぎった無惨なドレスのままである。
誰もがラズを男と訂正するのも面倒であった。
「いや、大丈夫だ。疲れただけだ」
そっけなくシディは答える。
女は抱きかかえる男がオブシディアン王子だと気がついて、少し目を見開いた。
シディは誰にも手助けを求めない。
ボルビア国では王子は弱さとは無縁である。
拒絶の目を向け、女の伸ばされた手を無言で退けた。
すまんな、というような呆れた顔をザラはシャーレンに向けた。
シディはラズをベッドに寝かせる。
寝かされた形のままラズは動かない。
湯を受けとりに部屋を出たシディを、王弟は引き留めた。
とうとう、口に出す。
ラブラドのジュード王の態度から既に透けて見えていた、隠匿されていたラブラドの王子の墓の中の秘密である。
「あれは、ラブラドの真珠の片割れだな。あなたはラブラドの調略では、もう片方の女の真珠の方を持ち帰れといわれていなかったか?そして、なぜ、死んだはずの王子が生きている?」
「王子はわたしの手で処刑した。わたしが証人だ。
あれは似ているだけだといっても信じてもらえないのだろうか」
シディは言う。
これ以上は言いようがなかった。
続ける。
「もうひとつの真珠の姫は、彼との約束で得られなかった。それはラブラドを落とす上で必要不可欠で重要な取引だった」
「そうか、、」
ザラはシディの苦しい言い訳を聞く。
シディはラズを得るために、彼が持つ全財産を投じようとした。
そして、足りないと分かった時にはザラに耳打ちしたのだ。
「足りない分は出してくれ。その代わりわたしの王位継承権をあなたに金輪際譲る!」
第一王子のオブシディアンはその眉目秀麗、容姿端麗な姿に頭脳も明晰。
戦場でも文句なく、中立を標榜する国々へ潜伏しての調略活動も次々と成功させている。
国内や同盟国でもボルビア王子のオブシディアン人気はウナギ登り。
一方、王と10才違いで40代の王弟ザラは、王を陰日向に支え、王位に次ぐ実力者であり、野心家である。
白髪も混ざり苦みばしった厳しい顔立ちは精悍で、侠気に惹かれた信奉者は軍部にも巷にも多く、彼が行く先々では、不動の人気のオーガイト王に次ぐ大歓声が迎えていた。
ボルビアを東の一強といわれるようにまでのしあげた立て役者のひとりである。
王位が欲しくないといえば嘘になった。
オブシディアンは本気だった。
王位を譲ってまで欲しい人。
それは愛以外にないのではないか?
とザラは思う。
結局は、パウエラ国が愚かにもはやまったために、奴隷取引が成立しなかったわけで、その約束も無効ではあるが、ザラにはオブシディアンの気持ちがわからない。
王になれば得れないものなどない。
愛でさえも得られる。
賢しいようで甥は馬鹿者である。
とボリビア国王弟のザラは思う。
「ザラ、本当に体は怪我はないの?」
ザラが休んだ部屋の外からやわらかな声がかかる。一瞬、体を拭いてもらおうかと思うが押しとどまった。
もう、自分もシャーレンもいい年の大人である。30年も前と同じとはいかなかった。
「本当に大丈夫だ。心配かけてすまない」
「そう。ゆっくり休んでください。では明日、ちゃんと元気な顔をみせてくださいね」
遠ざかる衣擦れの音に聞き耳を立てていたザラは思い直した。
いや、王になれば本当の愛がわからなくなる。
紛い物の愛を沢山手にしても満たされないオーガイトのような王になるより、たったひとつの愛を後生大事にしたいと思うのも、それはそれでいいかもしれない。
ただ、シディと違い、ザラには一生をかけて愛したい女はいない。
以前のようにぎらつく野心を失いつつある兄のオーガイトの後を引き継ぎ、脳裏に焼き付いた全盛のオーガイト王のようになることが、ザラの願望であった。
エドとボルドも、ラブラドの新王も、ボリビアのザラとシディも、互いに名乗らず仮面を外さなかった正体不明の賓客たちとも、もう交わらないであろう道を行く。
元騎士アランはうちひしがれているラブラドの新王を支えた。
ラズはボルビアの男から離れようとしない。ボルビアの王弟の護衛はゲーレの食堂で一緒だった男だった。ラズはあるべきところに戻ったのだ。アランは己の役目が終えたことを悟った。
とらえられていた二人はもう競売の土俵から自由だった。
王弟たち8名の一行はその後、強行で馬を進め、ボリビアの王都にひっそりと入る。
「王宮ではなく寄りたいところがある。この姿で戻ったら、パウエラと一戦が始まってしまう。もしくは、わたしが奴隷売買に参加したことが明るみにでる。
それらを回避したいからな」
一応、王子の同意を求めるそぶりをみせた。一行はザラの子飼の者たちである。
主導権は完全にザラにあった。
シディは無言で頷く。
父王オーガイトと数ヵ月ぶりに対峙するには酷い格好で疲労困憊していたからだ。
彼らは王宮に向かわず、寝静まる王都の外れの、王弟ザラが懇意にしている森に囲まれた貴族の未亡人の邸宅を訪れる。
ザラの部下たちには慣れた道のようである。
門番との軽いやり取りの後、館の灯が立て続けに館内の慌ただしさを物語るように灯っていく。
未亡人はひっつめ髪に大判のショールを体に巻き付けて現れでた。
40代後半の女盛りを過ぎているが、染みひとつない肌をした柔らかい顔立の女主人だった。
彼女は、使用人の娘が下げる手燭におぼろにゆらりと照らされた野戦の後のような、血と土ぼこりと彼ら自身の体液にまみれた獣じみた酷い有様の一団を見て、ひとつ息を呑んだ。
未亡人の女の目は、先頭に立つほこりにまみれていても、見間違えようもない、ぎらつく野心的な目をした男を見据えた。
「シャーレン、連絡もなく遅くに押し掛けてすまない。とめてくれ」
ザラ王弟が慇懃に無礼を詫びると、ふっと目元が弛んだ。
「侘しいところですので、十分なおもてなしができないかもしれませんがどうぞお入りください。
ザラさま、よく来てくださいました」
シャーレンと呼ばれた女主人とザラはどちらともなく歩んで抱擁する。
深夜の時間帯であることも、野戦の後の有様である理由も問わず招き入れられた。
館内は、第一報でたたき起こされた使用人たちが高貴な客を受入れる準備に湯を沸かし、シーツを抱えて、てんやわんやとなっていた。
未亡人の采配で8名の部屋を振り分けられていく。
「湯にも入ってくださいね。沸かしましたから、、その、お嬢様にも、、お怪我があるようでしたら医師を手配します」
まだ、晩餐会の裾を引きちぎった無惨なドレスのままである。
誰もがラズを男と訂正するのも面倒であった。
「いや、大丈夫だ。疲れただけだ」
そっけなくシディは答える。
女は抱きかかえる男がオブシディアン王子だと気がついて、少し目を見開いた。
シディは誰にも手助けを求めない。
ボルビア国では王子は弱さとは無縁である。
拒絶の目を向け、女の伸ばされた手を無言で退けた。
すまんな、というような呆れた顔をザラはシャーレンに向けた。
シディはラズをベッドに寝かせる。
寝かされた形のままラズは動かない。
湯を受けとりに部屋を出たシディを、王弟は引き留めた。
とうとう、口に出す。
ラブラドのジュード王の態度から既に透けて見えていた、隠匿されていたラブラドの王子の墓の中の秘密である。
「あれは、ラブラドの真珠の片割れだな。あなたはラブラドの調略では、もう片方の女の真珠の方を持ち帰れといわれていなかったか?そして、なぜ、死んだはずの王子が生きている?」
「王子はわたしの手で処刑した。わたしが証人だ。
あれは似ているだけだといっても信じてもらえないのだろうか」
シディは言う。
これ以上は言いようがなかった。
続ける。
「もうひとつの真珠の姫は、彼との約束で得られなかった。それはラブラドを落とす上で必要不可欠で重要な取引だった」
「そうか、、」
ザラはシディの苦しい言い訳を聞く。
シディはラズを得るために、彼が持つ全財産を投じようとした。
そして、足りないと分かった時にはザラに耳打ちしたのだ。
「足りない分は出してくれ。その代わりわたしの王位継承権をあなたに金輪際譲る!」
第一王子のオブシディアンはその眉目秀麗、容姿端麗な姿に頭脳も明晰。
戦場でも文句なく、中立を標榜する国々へ潜伏しての調略活動も次々と成功させている。
国内や同盟国でもボルビア王子のオブシディアン人気はウナギ登り。
一方、王と10才違いで40代の王弟ザラは、王を陰日向に支え、王位に次ぐ実力者であり、野心家である。
白髪も混ざり苦みばしった厳しい顔立ちは精悍で、侠気に惹かれた信奉者は軍部にも巷にも多く、彼が行く先々では、不動の人気のオーガイト王に次ぐ大歓声が迎えていた。
ボルビアを東の一強といわれるようにまでのしあげた立て役者のひとりである。
王位が欲しくないといえば嘘になった。
オブシディアンは本気だった。
王位を譲ってまで欲しい人。
それは愛以外にないのではないか?
とザラは思う。
結局は、パウエラ国が愚かにもはやまったために、奴隷取引が成立しなかったわけで、その約束も無効ではあるが、ザラにはオブシディアンの気持ちがわからない。
王になれば得れないものなどない。
愛でさえも得られる。
賢しいようで甥は馬鹿者である。
とボリビア国王弟のザラは思う。
「ザラ、本当に体は怪我はないの?」
ザラが休んだ部屋の外からやわらかな声がかかる。一瞬、体を拭いてもらおうかと思うが押しとどまった。
もう、自分もシャーレンもいい年の大人である。30年も前と同じとはいかなかった。
「本当に大丈夫だ。心配かけてすまない」
「そう。ゆっくり休んでください。では明日、ちゃんと元気な顔をみせてくださいね」
遠ざかる衣擦れの音に聞き耳を立てていたザラは思い直した。
いや、王になれば本当の愛がわからなくなる。
紛い物の愛を沢山手にしても満たされないオーガイトのような王になるより、たったひとつの愛を後生大事にしたいと思うのも、それはそれでいいかもしれない。
ただ、シディと違い、ザラには一生をかけて愛したい女はいない。
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