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第4話 王の器

48、黒曜石のブレスレット

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手首にヒヤリと何かが触れる。
ラズは目覚めた。
ベッドに腰かけていたシディは、ラズが目覚めたことに気づくと手首に優しくキスをする。
ラズの手はシディの手の平に包まれていた。
既に黒地に金の刺繍が踊る服で、身支度はすんでいた。
騎士は銀、王族は金の違いがあるようだった。
昨夜はラズは遅くまでシディを待っていて、彼が来たことも愛を交わしたときに軽く錯乱したことも覚えていない。
ただ、悪夢の残滓が残っている。
うなされるのを救ったのは彼だった。シディが悪夢の主であり、そして同時にラズを救うものでもあった。

顔色を確認するように、覗きこまれる。
ここに連れてきたことの後悔をシディの表情から読み取れてしまう。
何だか病人になったようでラズは気恥ずかしさを感じて、もぞもぞとシーツの中で体を動かして落ち着きどころを探した。
朝から落ち着かない。
いや、このボリビアに入ってからずっと落ち着かなかった。
因縁のボリビアだからか。


「眠れた?」
「うん、、、」
「食事は運ばせる。まだ寝たければ無理に起きなくていい。ここではわたしの客人なのだから、好きにしたらいいよ。ここには一週間から10日ぐらい。長居はするつもりはない」
安心させるように、ポンポンと頭を叩かれる。
これはまるでだだっ子をあやすようではないかと、気恥ずかしさを通りこしてクスリと笑える。
「昨晩は遅かったの?」
「ああ、今日も遅くなるかもしれない」
「夜、ポーンと鼓の音を聞いたよ。あれは何?」
シディは視線をさ迷わせ口許に手を寄せた。
余り言いたくないときの仕草だった。
「あれは、オーガイト王が後宮に渡ることを知らせる鼓だ。王が気が向けば連日聞けるし、延々と渡らないときもある」
「後宮には近づくなの後宮だよね。かなり大きな敷地で、夜は多くの女たちの笑い声が聞こえていた」
シディは不快な顔を作った。
「そうだな、いまは正妻に子を産んだ妻に、加えて一度でも手のついたひんなどが200人ぐらいいるのではないか?それに女官を加えて500人だ。これでも子がなく3年お手が付かない嬪は女官になるか、貴族や武官に払い下げられ、減らされてはいるのだが」
「は、払い下げ、、、」
寵が離れ、払い下げられるイメージは悪夢の欠片そのままで、すうっと血の気が引いた。
「後宮で多くの妻を抱えるなどという悪習はオーガイト王で終わりだ。わたしは父王と同じ道は歩まない。心配するな」
これで会話は終わりだというようにシディは立ち上がった。
そのタイミングで扉が叩かれる。
テーゼである。

「そろそろ朝の勤めが始まります。オブシディアンさま、ご自分のお部屋に戻っていただかないと、ここの警備が仰々しすぎて、他のご来賓の方々が驚かれます。
ここは天下のボリビア王城ですからけじめはつけてもらいませんと」
テーゼはベッドのラズを見ようとしなかった。
「わかっている」
苦々しくシディはいうが、最後にラズを名残惜しく見る。
「いっそのこと、わたしの部屋で寝泊まりをするか?」
「オブシディアンさま!」
テーゼが抗議の声をあげる。
「冗談だ」
快活な笑い声を残して二人は部屋を出ていく。

扉が閉まりきる間に、部屋の外で一晩中詰めていたのだろうか、朝の挨拶をするシディの護衛に交り、クリスの声もした。
彼もこの部屋の前で番をしていたようだった。今はもうただの楽器店の息子なのだから、やりすぎではないか?と思う。
もうしばらくまどろむつもりで、ラズは寝返りをうつ。そして左手首の違和感にようやく気がついた。

「これは、、?」

ラズは半身に起きて手首を窓から射し込む日にかざし、それをみる。
硝子質に艶めく黒曜石が幾つも連なり細やかな銀の糸で波に抱かれるように編み込まれた精巧で繊細な細工のブレスレットである。
手首にゆるゆると飾られていた。
留め金は両手でないと外せない造りである。
つまり、このままあなたに身に付けていてほしい、という想いを感じる。
見ると、城に到着時にテーゼがシディにさりげなく手渡していた木箱も開いた状態で机の上に置いてあった。
そういえば目覚めたとき、シディは手首に触れていた。その時につけたのかもしれない。
初めてのシディからの宝飾品のプレゼント。
ラズは物欲はあまりないほうであるが、シディからのプレゼントはほんわかと嬉しい。
黒曜石オブシディアンの細工物。
いつも一緒にいたいという想いが伝わってくるようではないか?

ためつすがめつ透かしてみていると、控えめに扉が叩かれて、クリスが顔を見せる。
「あの、朝食を食べにいきませんか?」
「あ、ごめん。すぐ起きるよ」
「ゆっくりでいいですよ。まだ時間はありますから」
着替えて部屋から出ると、クリスは騎士ではなく気の抜けた私服である。
「なんで今日は私服なの!!」
びっくりしてラズは言う。
「それは、テーゼさまからの指導が入りまして、できるだけ仰々しくないように守れ、ということでわたしはラズさまのご友人扱いとなりました」
「友人ですか!!」
ラズには友人と呼べるものはいままで一人もいなかった。
「万一のときも佩刀はいとうしておりますのでご安心ください。それにしても、騎士の格好には平気なのに、私服に驚き過ぎではないですか!」
クリスは相好を崩した。
騎士の制服を来ていなければ、庶民丸出しの気安さである。
むしろ、気安すぎないか?とも思うのだが、いかにも守っていますと四囲に睨みを効かせるよりも、友人として過ごす方が何倍も楽しそうであった。
食堂は自分の好きなものを好きなだけ取り分ける方式である。
ラズはいつものパンにサラダ、コーヒー、卵、フルーツといったシンプルなものである。心もち、フルーツを多目にいただくことにした。
クリスはと見ると、皿を三つ抱えて、一種類づつ、どっかと盛り上げている。
「クリス、それは凄い!」
「それは、皿を三つ持っている方ですか、それとも盛り方ですか!」
「両方!!」
にやっとクリスは笑う。
ラズも久びさに声をあげて笑ったのであった。
盛大にパクつきながらクリスの視線はラズの手元に目が行く。
「ああ、昨日はなかったのにつけられているのですね。これで少しは安心です」
「どういうこと?」
ラズは手首を視線より上の高さにあげて見た。
「どういうことって、、、」

率直な物言いのクリスが、複雑な表情をしてラズを見ていいよどんだ。
だが、ラズは気がつかなかった。
手首からその視線は食堂で食事を取る人たちへ意識が向いていたからだ。
若い女子もいた。きれいに髪を巻いている。つんと澄ました表情はいかにも貴族の娘である。
不躾にならない程度で視線を反らした。
「今日は何をしますか?本でも読みますか?」
クリスが予定を聞く。本という気分ではなかった。
「クリスはいつもは何をしているの?」
「え?何も予定のない午前は訓練をしているときが多いかな?剣術、馬術、体術、隊列、棒術、、」
「じゃあ、それ。最近体がなまってきているんだ。何かあれば、シディが先に出るし。昨日の食堂の絡まれたのだって、僕は自分でなんとかするつもりだったのに」
「え、いや、でも、それは、駄目です、100歩譲って見学だけなら、やっぱりそれも無理です!」
クリスは狼狽え、必死で押し止めようとした。
同輩たちの訓練の場にこの麗人を連れていけば、大騒ぎになる。
クリスの抵抗は、ボリビアの騎士たちの訓練を生で見れるチャンスに目を輝かせたラズの前では無駄であった。


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