滅国の麗人に愛の花を~二人の王子の物語

藤雪花(ふじゆきはな)

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第4話 王の器

57、王の道

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難攻不落の武骨な要塞城に、爽やかな春風がぬけるような、涼やかな姿があった。
王の小柄な小姓が先頭に立ち、光の筋を背中になびかせた美貌の若者、ラズである。そして、彼らのよく知る騎士のクリスが続く。
クリスは佩刀してはいるが場違いにも普段着である。
「おい、クリス、制服はどうした、、」
事情を知らない同輩の祐筆が声をかけ、ギロリと睨み返される。
クリスは任務に付いていたのだった。
それは、オブシディアン第一王子の愛人の護衛。
クリスの前を行く目にも鮮やかな若者の手首には、いぶし銀に何かの拍子にキラリと硬質に輝く黒曜石のブレスレットがたわんでいた。
彼らの前に道ができ、彼はオブシディアン王子の、、、というさざめきが広がっていく。
ラズは視線を前に据えたまま、好奇な視線に動じなかった。

小姓は重厚な扉の前に案内する。
軽くノックをして、小姓はうんっと気合いで開ける。内側から支えられて扉は開いた。
小姓に促されるまま中に入ろうとすると、扉を支えていた者が、無言で目の前に立ちふさがる。
遅れて入室しようとする客が誰か知ると、みるみる剣呑な顔つきになっていくのはキム騎士団長だった。
「お通しいただけますか?」
静かにラズは見上げた。
黒い制服に身を包む図体の大きなキムの体から立ち上る男の匂いは、ラズの嫌な記憶をいつも刺激する。
「お前が来るところではない」
キムは顔を嫌悪に歪ませる。
背筋が凍るような低い声である。
「キム、通してやれ。わたしが呼んだ」
王がさらっと嗜めた。
その部屋の中は、真ん中に大きなテーブルが置かれ、大きな地図が置かれていた。
チェスの駒のような物がところどころ置かれている。
大きな川がぐるりと流れ海にまで行きつく。
太くて赤い線や細い黒い線が引かれていた。国境線に街道。
運河、ボリビア、パウエラ、その他の国。ずっと離れてラブラド。
世界地図だった。
ラズのすぐ後ろで扉がしまる。
「クリス!」
「王はあなただけの入室を許された」
キムが苦虫を噛み潰したような顔でいう。
テーブルを囲むように、ひげ面、眼鏡、傷の顔、王よりも厳しい顔をしているザラ王弟など集まっている10名ほどはボリビアの頭脳たちだった。
場違いな美貌の若者の登場に唖然となりながらも、釘付けになり、探るような目でラズを顔から爪先まで値踏みしていた。
もちろん左手首にも視線が食い込む。

「ラズ、わたしの側にこい」
吸っても肺に入らないような重く、手指を凍えさせる冷ややかな空気の圧を、元王子は平然とした顔ではねのける。手招きするオーガイト王の側に寄ると、もっとよれ、というように腰に手をまわされ引き寄せられた。
緊張を孕んだ空気がざわめく。
また、王のお戯れが始まった。
今回の相手はいつまで続くか。
そう、目くじら立てることもあるまい。
だが、手首の印は黒曜石ではないか?
王子不在時に好色の我らの王は新しい遊びでも始められたのか。

いつまでも離しそうもないその手をそっとラズはほどく。
会議は再開する。
ボリビアだけでなく、他国の現状が報告され、その都度地図の上にさまざまな大きさの兵や馬、人、船、などが置かれていく。
ラズはその地図と説明に引き込まれた。
中原全体が鳥瞰できた。
運河が行きくつ果ての海で地図は終わる。
全てが手に取るように理解できた。
シディが見ていた世界だった。

「、、、どう思う、ラズ」
王は不意にラズに声をかけた。
話題は、最近頻発する盗賊の襲撃に移っていた。シディが討伐する地点と近いところにも赤い石が沢山置かれている。
ボリビアの国境付近だけではなく、ボリビアの勢力下も、パウエラ側でも同様に頻発している。
ザラ王弟は勢力下の国と合同で叩くべきと言っていた。
視線が一斉に、一言も口を開かず、だが目だけは爛々と輝かせながら、王の横に影のように控えていたラズに向く。
「わたしは何も述べることはございません」
ラズは慎重にゆるりと避けた。
「なんだ?遠慮するな、王が発言を許すといっているんだ、どんな切り口からでもお前なりの感想があるだろう?」
ザラ王弟が促した。
仮にも一国の王子であったならば何か思うところはあるだろ?とその眼は言っていた。
何もないとはラブラドはおめでたい国だな、と。
「本当に初めて見聞することばかりで、広大な中原全体を見据えておられるボリビアの中枢の皆様方の見識の高さに恐れ入るばかりです」
それを聞き、その通りだろう、と同席の為政者たちは矜持を満足させたが、オーガイトだけは眉を寄せる。
「それから?」と促した。
「そんな無知なわたしではありますが、ひとつ疑問に感じたことがございます」
「なんだ?」
とザラ王弟。
「ボリビアの皆様はこの世界を治める対策会議をされております。その采配ひとつでその地の向後10年20年、それだけではなく多くの人の運命までも変えてしまいましょう。なのに、どうして、、、」
「どうして?」
オーガイト王が促した。
「どうして、ここにはその土地に根を下ろして風土を慈しむ者がひとりとしていないのでしょう?
あなたがたはボリビア人。俯瞰して見ることはできても、その土地に吹き抜ける風や渓流の爽やかさは知らない。引くにしろ止まるにしろ、その土地を愛し生きる者は、運命が決まるとなれば自分のことは自分で決めたいと思うものです。
もうひとつ言うならば、これは病気の症状に対する対処療法のようなもの。千差万別に現れる問題解決には走らなければならないけど、そもそも病気にならないように考えることはそれ以上に重要で、併せて考えるべきかと」
ラズ以外の全員が息を呑む暫しの間。
「我らには中原を語る権利がないし、対策が後手に回っているというのか」
ザラ王弟が唸るように怒声を発する。
ラズははっとした。言い過ぎたようだった。
「物の道理もわからぬ者の戯れ言とお聞き流しください」
「戦も知らぬ女のようなものが生意気な口をきく」
頬に深い傷のある男が言った。
賛同の声が眼鏡やひげ面など方々から上がる。
オーガイト王はさも楽しげに笑う。
「なるほど、この会議をするならば関係する土地の代表を加えよ、というのか。まるで合議制だな。そして、問題を起こすことになる理由を考えてその芽を摘め、というのだな。
まるでお前はあれと同じようなことを言う」
「王よ、取るに足りないものの意見など聞くことはありませんよ」
眼鏡が言う。
オーガイトは眼鏡に冷たい笑みを浮かべる。
「面白いことをいうな?バカラよ?我らは取るに足りないものが寄りあつまって家族となり、町となり、国となり、そして我らは恐れらるる力を得る。その根幹となる民草の1本1本をないがしろにすれば国は砂上に築いた城の如く、足元からもろもろと崩れさるぞ?」
ラズに向く。その目には諦観と悲哀の色が浮かんでいる。
「だが、我らは一息に戦のない平和な世を築きたいのだ。力で持って他を取り込む。その方向性は変えられない」
会議は終了する。
ばらばらと解散する。部屋にはオーガイト王とラズが残された。
王は静かに言う。
「これがわたしとザラの、ボリビアの限界なのだ。他をしのぐ強さで他をねじ伏せるか、新しい風を吹き込まねばこの戦乱が20年続く世は終わらない。わたしとザラの後を継いでこの世界を統一させるのは、お前のような考え方をもったものだと思うのだ」
「わたしは王にはなるつもりはない」
ははっとオーガイト王は愉快げに笑った。
「わたしが言っているのは、オブシディアンのことだ。オブシディアンは王の器だ。ボリビアの宝。あいつはわたしの考えの斜め上をいく!」
王は昂揚しながらいう。
ラズは悟った。
シディは王の新たな希望だった。
いままで歩んだ道を引き返すことができない、戦に明け暮れた王と王弟の道と、いまはぴったり重なっているようでいてまったく相容れない、別の階層のシディの道。
その道は、オーガイトの道よりも遠くまで続き、見通せた。
ラズの顔は曇る。
オブシディアンは王位を継ぐつもりはない。ただのシディになりたいと言っていた。ただのラズにただのシディに。

「ラズワード、あなたがオブシディアンが王の道を歩むのを惑わせる澪標みおつくしならば、わたしは迷いなくあれの前からあなたを取り除くだろう」
王は何の情動もなくラズに言う。
ラズの総毛は立ち上がった。
いつか彼に殺されるかもしれない。
そんな予感がした。
ラズの緊張をほぐすように、オーガイトは相好を崩した。
「聡明でかわいい人。食事の間にも何か一報がはいるかもしれないから、昼餉も夜も一緒だからね」





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