神さまの寵愛も楽じゃない

藤雪花(ふじゆきはな)

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第6話 顔のない女

47、寄木細工の小箱

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 世界の南野武といわれた映画監督は、世界各地の古いものに対する憧憬が深い。殷の時代の青銅器の器から、古代エジプトの猫のミイラのようなものまでイギリスアンティークのショーケースの中に飾られたものから、箱の中の箱に収められたものまであった。真贋は後日必要があるのならば古美術の専門家にまかせることにして、まずはファイリングされている写真とその説明と、実物の照らし合わせと目立たぬところにIDナンバーを振り、軽く埃を払い、仕舞う場所を決めることにする。
 映画に関する雑誌や写真集、パンフレットの紙の類いも膨大で、こちらは藤原理事長が芸教のメンバーを中心に別室で差配することになった。

「美奈ちゃん、これ何か入っていそうなんだけど開かないんだなあ」
 神坂が手のひらに収まるほどの平たい木箱を手の中で転がしている。
「すごく細かな寄木細工ですね。ばらして遊ぶ玩具か、小箱じゃないですか? 田舎の道の駅で見たことがありますよ」

 神坂の右隣で作業する大鳥君である。左はわたしだ。神坂は注意深く菱形や三角を組み合わせたものを眺め、ひっくり返してはあちらこちらを押しはじめている。

「神坂さん、むやみに触らない方がいいんじゃないですか。何が飛び出してくるかわからないですし。毒薬仕掛けの暗殺道具かもしれないじゃないですか。いじるのはそれからです。寄木細工の箱、近現代、……ッと」
「毒針で暗殺……!美奈ちゃん怖いこというね」

 神坂の手のひらで小箱が踊った。
 めくってみてもきちんとファイルされたものの中には小箱はなさそうで、未整理の売買契約書が日本と外国、古代、中世、近現代とざっくりと分けられた中から、神坂に中世の箱を押しつけた。

「神坂さんは中世をお願いできませんか? わたしは近現代のほうをします。手分けした方がはやいですよ」
「いや、一緒にひとつひとつ確認しよう」
「なら中世からいきましょうか?」
「古びているとはいえ、中世はさかのぼりすぎじゃないかな? 昭和初期頃にありそうだと僕は目星をつけたいな。で、これは美奈ちゃんに」

 神坂の手がわたしの手を力強く握り込んだ。予期せぬふれ合いに驚いて顔を上げると真剣なまなざしがわたしの視線とぶつかった。心臓が跳ね上がる。だが、この雑多なものが溢れた応接室は二人きりの空間ではなく、大鳥君も、サイラスもいるので、何も起こりようがないのは残念である。
 神坂は、寄木細工の薄箱をわたしの手のひらの中に押し付けただけだった。

「まるでプレゼントのように、渡さないでください!」

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