神さまの寵愛も楽じゃない

藤雪花(ふじゆきはな)

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第6話 顔のない女

46-2、

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 ジャージのわたしに対して全く遠慮がない。
 格好悪いと思われたくなかったら、だったらそれなりの格好をすればいいでしょ、というのが花蓮の言い分であり、別にどんな風に思われて気にしないわたしには腹も立たない。華連とは長いつきあいである。

「やあ、美奈ちゃん、それから山吹君、良く来てくれたね」

 顎を掻きながらのそりと現れたのは神坂晴海。
 藍色のかすれた浴衣の袖をたくし上げてたすき掛けにしている。
 そんなところも決まっている。神坂の、浴衣で掃除をするなどと思いもよらないところをさらりとしてしまえるところが浮世離れをしていて面白い。

「つい先ほど藤原理事長が所蔵品のファイルをみつけてね、さっそくだけどチーム分けして、エリアを決めてやっていこうと思うんだ。僕と美奈ちゃんは同じチームで……」
 にまりと笑える。
「僕も一緒にしてくだサイ!」と神坂の後から顔をだしたのは金髪碧眼のサイラス。
「わたしももちろんミーナと一緒……」
 と言いかけて、華連は一瞬言葉を失った。
「きゃあ、まさか倫子よ! 倫子さま! まさか、こんなところで倫子さまにに会えるとは思わなかった!」

 不意にジャージの背中をつかまれ、首を締めつけられたわたしはぐえと乙女らしからぬうめき声であえいだ。
「美奈ちゃんっ」
 わたしの悲劇に焦る神坂。
 涙がにじむ視界に、神坂の側にそっと寄り添う女をみた。
 背は高くもなく、とはいえ低くもない。
 すっきりとした顔立ちに化粧をしていないかと思われる薄化粧。印象に残らないそっけなさ。

「あなたの七変化の演技、わたしカレンです。モデルとかしてます。倫子さんのこと尊敬してるんです! こんなところに手伝いに来ているなんて思ってもみませんでした。感激ですっ」

 華連が掴んでいた背中をいきなり離して倫子に向かったので、わたしは突き飛ばされ前につんのめる。すかさず、神坂の腕が伸びてわたしを胸に抱き留めた。

「美奈ちゃん、大丈夫?君の友人は本当に乱暴だね」
 額に頬がざらりとあたる。
 しばらくみないうちに無精ひげが生えたのだ。あわてて両腕を突っ張り距離をとった。晴海の胸の深さと男の体臭と着物の匂いに、心臓が激しく打ちはじめる。
 
「あはっ。ありがとう。かわいい頬のハートだわ。はじめまして、ですよね。わたしは生前恵子さんに親しくしてもらっていたから、優子社長に声を掛けていただいたので、こうして恵子さんのゆかりの品々を間近に見られるのが本当にうれしいの」
 
 わたしは芸能界に興味はないが、自分を裏切った夫をナイフで刺し殺し、それを不倫相手の仕業に仕組む完璧犯罪の犯人役で数年前にブレイクし、わたしでも倫子のことを知っていたが、演技をしていない倫子はしっとりと落ち着いた声をしている。平凡すぎて、印象に残らないような声だ。
 倫子はちらりとわたしと神坂をみた。
 薄化粧のためなのか、のっぺりと薄い顔。 
 女優としての倫子と普段の倫子のギャップが大きく、違和感をぬぐい切れない。

 ふたりきりになったときに倫子の印象を華連に言えば、「女優は元は存在感が薄い方が演技がものすごく映えるのよ。メイクもそうよ。元がシンプルだと完璧に役柄に合わせた顔を作りこめるの。うらやましいぐらい。たった5歳しか違わないのに過ごすぎる。演技をしたことがないミーナにはわからないでしょうけど……」と、花蓮はため息をついた。

 もともと美人なわたしは残念ながら女優向きじゃないのよね、とは言葉にしなかったけれど、華連の複雑な気持ちは十分伝わってきたのである。


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