神さまの寵愛も楽じゃない

藤雪花(ふじゆきはな)

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第6話 顔のない女

50、カレンの依頼

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 久々に、大学の神坂の事務所に向かった。
 夏期の長期休暇を利用して、映画の撮影があるそうでいくつかの部屋には映画スタッフや機材が持ち込まれ、中庭にもロケの黒々とした一群がある。華蓮は歯を食いしばり、顔を背けた。
 周囲の静寂が重い分だけ、彼らがいるところばかりが時間の流れが異なる別世界の様だった。
 
 神坂はサイラスを連れ涼しげな麻の着流しで現れると、無言で鍵を開けて待っていたわたしと華蓮を先に事務所に通してくれる。
 サイラスは平常のようにお茶を準備するわたしと視線を合わせ、顎先で華連を指し、やっぱりダね、といいたげに肩をすくめる。

「……なるほど、山吹くんは盗まれた、というんだね、その頬の、ハートのマークを……」
「最近は、カレンといえば頬のハート、っていわれるぐらい頑張っていたのに。それなのに、あの泥棒は、真似して奪ったのよ! SNSにもわたしのふわ髪をして、大学生をしている! 数枚自取写真をアップしただけで、ハートといえば倫子にすり替わったのよ! あの女はわたしの努力も奪ったのよ」

 花蓮は次第にヒートアップしていく。
 前向きで自信家で、わたしのくだらない悩み事を笑い飛ばし、そしていつも励ましてくれる花蓮が、深く傷ついていた。彼女がこんなに取り乱して誰かを激しく非難する姿を、わたしは一度も見たことがなかった。

「いや、大学生というのは無理があるのじゃないかい? 彼女は君たちよりも5つほど年上だったんじゃないかな……。盗難というよりだだの真似をしただけのような、意匠登録もしてないだろうし。ハートの形だけでは独創性があるともいえないような」

 神坂はその場で思考をまとめながら独り言のようにつぶやき、わたしはメモに書き付けた。
「でも、ようやくハートの花蓮で認知されてきたのよ。どこに撮影に行ってもすぐに覚えてもらえて、ブレイク寸前な、足元から盛りあがる、うねりのようなものを確かに感じたのよ。そんな予感、初めてだった。あんたのような誰かの背中に乗って楽していきているヤツにはわからないかもしれないけど」
「ちょっと花蓮、そんな言い方ないんじゃない?」

 つい口を挟んでしまった。
 華蓮は涙を堪え、唇を噛んだ。怒りと失望で、正常な判断ができていない。
 しかしながら神坂は、依頼人からの辛辣な皮肉を気にしたようもなく、ソファに背中を預け、無精ひげをさすっている。


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