112 / 134
第6話 顔のない女
50、カレンの依頼
しおりを挟む
久々に、大学の神坂の事務所に向かった。
夏期の長期休暇を利用して、映画の撮影があるそうでいくつかの部屋には映画スタッフや機材が持ち込まれ、中庭にもロケの黒々とした一群がある。華蓮は歯を食いしばり、顔を背けた。
周囲の静寂が重い分だけ、彼らがいるところばかりが時間の流れが異なる別世界の様だった。
神坂はサイラスを連れ涼しげな麻の着流しで現れると、無言で鍵を開けて待っていたわたしと華蓮を先に事務所に通してくれる。
サイラスは平常のようにお茶を準備するわたしと視線を合わせ、顎先で華連を指し、やっぱりダね、といいたげに肩をすくめる。
「……なるほど、山吹くんは盗まれた、というんだね、その頬の、ハートのマークを……」
「最近は、カレンといえば頬のハート、っていわれるぐらい頑張っていたのに。それなのに、あの泥棒は、真似して奪ったのよ! SNSにもわたしのふわ髪をして、大学生をしている! 数枚自取写真をアップしただけで、ハートといえば倫子にすり替わったのよ! あの女はわたしの努力も奪ったのよ」
花蓮は次第にヒートアップしていく。
前向きで自信家で、わたしのくだらない悩み事を笑い飛ばし、そしていつも励ましてくれる花蓮が、深く傷ついていた。彼女がこんなに取り乱して誰かを激しく非難する姿を、わたしは一度も見たことがなかった。
「いや、大学生というのは無理があるのじゃないかい? 彼女は君たちよりも5つほど年上だったんじゃないかな……。盗難というよりだだの真似をしただけのような、意匠登録もしてないだろうし。ハートの形だけでは独創性があるともいえないような」
神坂はその場で思考をまとめながら独り言のようにつぶやき、わたしはメモに書き付けた。
「でも、ようやくハートの花蓮で認知されてきたのよ。どこに撮影に行ってもすぐに覚えてもらえて、ブレイク寸前な、足元から盛りあがる、うねりのようなものを確かに感じたのよ。そんな予感、初めてだった。あんたのような誰かの背中に乗って楽していきているヤツにはわからないかもしれないけど」
「ちょっと花蓮、そんな言い方ないんじゃない?」
つい口を挟んでしまった。
華蓮は涙を堪え、唇を噛んだ。怒りと失望で、正常な判断ができていない。
しかしながら神坂は、依頼人からの辛辣な皮肉を気にしたようもなく、ソファに背中を預け、無精ひげをさすっている。
夏期の長期休暇を利用して、映画の撮影があるそうでいくつかの部屋には映画スタッフや機材が持ち込まれ、中庭にもロケの黒々とした一群がある。華蓮は歯を食いしばり、顔を背けた。
周囲の静寂が重い分だけ、彼らがいるところばかりが時間の流れが異なる別世界の様だった。
神坂はサイラスを連れ涼しげな麻の着流しで現れると、無言で鍵を開けて待っていたわたしと華蓮を先に事務所に通してくれる。
サイラスは平常のようにお茶を準備するわたしと視線を合わせ、顎先で華連を指し、やっぱりダね、といいたげに肩をすくめる。
「……なるほど、山吹くんは盗まれた、というんだね、その頬の、ハートのマークを……」
「最近は、カレンといえば頬のハート、っていわれるぐらい頑張っていたのに。それなのに、あの泥棒は、真似して奪ったのよ! SNSにもわたしのふわ髪をして、大学生をしている! 数枚自取写真をアップしただけで、ハートといえば倫子にすり替わったのよ! あの女はわたしの努力も奪ったのよ」
花蓮は次第にヒートアップしていく。
前向きで自信家で、わたしのくだらない悩み事を笑い飛ばし、そしていつも励ましてくれる花蓮が、深く傷ついていた。彼女がこんなに取り乱して誰かを激しく非難する姿を、わたしは一度も見たことがなかった。
「いや、大学生というのは無理があるのじゃないかい? 彼女は君たちよりも5つほど年上だったんじゃないかな……。盗難というよりだだの真似をしただけのような、意匠登録もしてないだろうし。ハートの形だけでは独創性があるともいえないような」
神坂はその場で思考をまとめながら独り言のようにつぶやき、わたしはメモに書き付けた。
「でも、ようやくハートの花蓮で認知されてきたのよ。どこに撮影に行ってもすぐに覚えてもらえて、ブレイク寸前な、足元から盛りあがる、うねりのようなものを確かに感じたのよ。そんな予感、初めてだった。あんたのような誰かの背中に乗って楽していきているヤツにはわからないかもしれないけど」
「ちょっと花蓮、そんな言い方ないんじゃない?」
つい口を挟んでしまった。
華蓮は涙を堪え、唇を噛んだ。怒りと失望で、正常な判断ができていない。
しかしながら神坂は、依頼人からの辛辣な皮肉を気にしたようもなく、ソファに背中を預け、無精ひげをさすっている。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
華都のローズマリー
みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。
新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる