神さまの寵愛も楽じゃない

藤雪花(ふじゆきはな)

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番外編2 一度死んだ男

2、

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 ゴミを集めても、砂利石の間に落ちている細かな枝まで拾ってきれいになっても、落ち着かない。
 重く雲が空を覆っているのに、月影が赤く透けて見えるのが不吉な予感を誘う。

 場が整いそうにない。
 神職の父が不在だからか。
 それとも、小さな本殿の、そのまた奥に安置されているというご神体への祈りが足りないのか……。

 うおおおおん。
 風が境内を通り抜ける音は犬の遠吠えのようだ。遠吠えに混ざるのは、大粒の雨が乱暴に地面をたたきはじめたかのような、砂利を踏み散らす音。
 誰かが境内を走り抜けていた。
 境内への入り口は三方ある。
 石を踏む乱雑さに、晴海は顔を上げた。
 若い男だ。男の背負う黒々とした闇に、晴海は息を呑んだ。
 驚いたのは、男も同じだった。突然、藪陰から人がたち現れたのだ。
 晴海がムクロジを拾い集めていたところは、ちょうど神社を抜ける門への動線上で、男の道をたちふさいだのだった。

「うわあっ」

 男は晴海に躓き、もんどりうって晴海の体を巻き込みながら砂利の上に横倒しになった。ぱらぱらと握りこんでいたムクロジの実が飛んで落ちた。
 男はうめきつつもすぐに体制を整えた。
 黒々とした闇だと思ったのは、男がかぶっているキャップまで全身黒づくめだったからか。男は周囲を手早く見まわして、晴海が踏みつけていたビニール袋に荒々しく腕を突き出し掴んだが、晴海の胴体が重しとなり引き出せない。

「どけっ、てめえ、俺の邪魔をするつもりかっ、俺の金」
「金?そういうつもりは……」

 晴海は身体をよじろうとしたが、男の血走った目ににらまれむきだしの凶暴さを直視してしまい、恐怖に身体が硬直する。

「おい、どけよ、早く、急いでるんだ」

 男が握りしめていたのはぎざぎざの刃のナイフ。
 その磨かれた切っ先が、いらいらと揺れながら晴海の腹に突き出された。腹にうけた衝撃に驚いたのは、晴海も男も同じ。

「うわあ、お前が邪魔をするから、これは、お前が悪いんだ」

 黄昏どきには魔が来るよ。
 だから、通り道をふさいではなりません……。
 
 それはいつ、誰の忠告だったか。
 腹に受けた痛みは一瞬だった。
 男は汗を吹き立たせた茫然とした顔で、反りあがったナイフの先が内臓を引きずりだすさまを見る。
 晴海の視界は真っ赤に塗り込められていく。


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