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第3夜、憑き物落とし
19、小箱(第3夜 憑き物落とし完)
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わたしは知らずため息をついていた。
早坂紫苑の腹からつかみ出した燃えるような白い焔がみせた幻影に、わたしは完全に飲み込まれてしまっていた。わたしは紫苑であり、同時にクロであった。紫苑が10年過ごした月日を一気に駆け抜け、追体験する。
10歳、年をとった気がする。
紫苑がたっていた足元に白い塊として残るものが、紫苑が愛したクロだった。形を失い、なんの生物なのかわからないそれは、子供だった紫苑が茨の茂みの中で見つけた得体のしれない動物の姿を思い出させた。
「……紫苑はどこにいったの?紫苑は死んで、その白い塊も、死んだの?」
男がつかんでいた渦を巻く焔は、白い塊に吸い込まれていく。
最後の一筋があるべきところに納まるべく吸い込まれていくところを見届けることもせず、男は首を傾け、視線を流してわたしを見た。
ぬらりと視線が絡み合う。
とたん、震えが走り全身のすべての毛穴が泡だった。
彼と視線を合わせることは、不用意にしてはならないことだった。
わたしの口は勝手に思考を言葉に変換してしまう。
神坂晴海が神がかりの状態だと説明する、神坂の身体を乗っ取っている人ならざる男の注意を引いてしまった。
神がかりというのならば、その男は神なのか?
自分を呪いたくなった。
「今回もまた、お前はわたしの作り出した結界世界に入り込み、白犬の記憶に巻き込まれたのだな。どうやらお前を、わたしは拒めないようだ。意識せずに、結界世界に取り込んでしまう。質問に答えるならば、紫苑は生きている。白犬に取り憑いていたのは生き霊なのだから。肉体は別のところにある」
ほっとしたのをみると男は唇の端を引き上げて笑う。
同じ顔なのに、神坂晴海はこんな表情を決してしない。
本当に、別人格なのだ。
「安心するのははやい。生き霊が満足したということは、本体の肉体も未練を昇華したということ。生命維持装置で命を維持していた早坂紫苑の死はそう遠いわけではない」
「肉体の死は時間差で訪れる……」
藤原優子にこの男はそういっていた。
「そのとおり」
男は完全にわたしに向かい、見下ろした。
男は手を伸ばす。
頬に触れようとしていた。
わたしは体をこわばらせ、握りしめた。
いつの間にか、左の手のひらの中に小さな箱のような何かを握っていた。
この前の精神世界で、ポケットの中にあったものとおなじものだと直感する。力を込めれば、手のひらから体の中に押し込まれることを期待して、強く握る。
冷たい銀の鎖が手のひらに食い込んだ。
あの後、目覚めてからポケットの中を探したけれど、出てくるのは埃だけだった。あれは、体の中に、わたしの精神世界の中に取り込まれ、再び体の外にいつのまにか出ている。
この男が体の中から大事なものを引き出すように、これはわたしの中に大事にしまわれているものなのだろう。
わたしは自分の中のこの箱の存在に気が付いてしまったけれど、そのことをどうかこの男に気が付かれませんように、と願っていた。
だから、この箱の存在を、
考えてはならない。
気にしてはならない。
一二度対峙しただけでわかる。
この男は心の奥底に大事に隠した秘密が大好物なのだから。
男の指先がわたしの頬に触れていた。
神坂晴海も、はじめてであったカフェで触れたところ。
かつて桜の花びらの形のあざがあったところ。
早坂紫苑の腹からつかみ出した燃えるような白い焔がみせた幻影に、わたしは完全に飲み込まれてしまっていた。わたしは紫苑であり、同時にクロであった。紫苑が10年過ごした月日を一気に駆け抜け、追体験する。
10歳、年をとった気がする。
紫苑がたっていた足元に白い塊として残るものが、紫苑が愛したクロだった。形を失い、なんの生物なのかわからないそれは、子供だった紫苑が茨の茂みの中で見つけた得体のしれない動物の姿を思い出させた。
「……紫苑はどこにいったの?紫苑は死んで、その白い塊も、死んだの?」
男がつかんでいた渦を巻く焔は、白い塊に吸い込まれていく。
最後の一筋があるべきところに納まるべく吸い込まれていくところを見届けることもせず、男は首を傾け、視線を流してわたしを見た。
ぬらりと視線が絡み合う。
とたん、震えが走り全身のすべての毛穴が泡だった。
彼と視線を合わせることは、不用意にしてはならないことだった。
わたしの口は勝手に思考を言葉に変換してしまう。
神坂晴海が神がかりの状態だと説明する、神坂の身体を乗っ取っている人ならざる男の注意を引いてしまった。
神がかりというのならば、その男は神なのか?
自分を呪いたくなった。
「今回もまた、お前はわたしの作り出した結界世界に入り込み、白犬の記憶に巻き込まれたのだな。どうやらお前を、わたしは拒めないようだ。意識せずに、結界世界に取り込んでしまう。質問に答えるならば、紫苑は生きている。白犬に取り憑いていたのは生き霊なのだから。肉体は別のところにある」
ほっとしたのをみると男は唇の端を引き上げて笑う。
同じ顔なのに、神坂晴海はこんな表情を決してしない。
本当に、別人格なのだ。
「安心するのははやい。生き霊が満足したということは、本体の肉体も未練を昇華したということ。生命維持装置で命を維持していた早坂紫苑の死はそう遠いわけではない」
「肉体の死は時間差で訪れる……」
藤原優子にこの男はそういっていた。
「そのとおり」
男は完全にわたしに向かい、見下ろした。
男は手を伸ばす。
頬に触れようとしていた。
わたしは体をこわばらせ、握りしめた。
いつの間にか、左の手のひらの中に小さな箱のような何かを握っていた。
この前の精神世界で、ポケットの中にあったものとおなじものだと直感する。力を込めれば、手のひらから体の中に押し込まれることを期待して、強く握る。
冷たい銀の鎖が手のひらに食い込んだ。
あの後、目覚めてからポケットの中を探したけれど、出てくるのは埃だけだった。あれは、体の中に、わたしの精神世界の中に取り込まれ、再び体の外にいつのまにか出ている。
この男が体の中から大事なものを引き出すように、これはわたしの中に大事にしまわれているものなのだろう。
わたしは自分の中のこの箱の存在に気が付いてしまったけれど、そのことをどうかこの男に気が付かれませんように、と願っていた。
だから、この箱の存在を、
考えてはならない。
気にしてはならない。
一二度対峙しただけでわかる。
この男は心の奥底に大事に隠した秘密が大好物なのだから。
男の指先がわたしの頬に触れていた。
神坂晴海も、はじめてであったカフェで触れたところ。
かつて桜の花びらの形のあざがあったところ。
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