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第4夜 夢魔
28、キス
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神坂のケータイが震えた。
「藤原さん?」との第一声から理事長からの電話だとわかる。
さっとサイラスを見て、失礼と言って玄関のほうへ行く。
後姿を見送っていたわたしにサイラスが声をかけた。
「ミナさんちょっと、部屋に戻ってきてもらってもいいですか?窓の外の窓が閉まらなくてしまったのデス」
「えっと、雨戸のこと?」
「がたがたとこう、動かなくなってしまって」
サイラスは長い手足を動かした。
パントマイムのようでその大げさな身振りに笑えてしまう。
戻ってみるとサイラスの部屋はすっかりベッドが整えられ、巨大なスーツケースが開いてもおけられる空間が確保され、一人部屋にしては大きな部屋が整えられていた。
問題の雨戸は庭に降りれる縁側にあり、斜めで止まっていたのを、わたしはがたがたと揺らしてみせてから、蜘蛛があわててぴょんと飛んで逃げた袋戸の中に、改めてしまいこんだ。
「すごいです!びくともしなかったのに!見かけに寄らずミナさんは力があるのデスね!」
「力任せではかえって駄目なのよ。こういう古い建物は建て付けが悪くなっているから、揺らして上下左右を整えてから一気にいくとたいていはうまく行くのよ」
振り返ると、サイラスの目がきらきらと輝いている。
「ミナはさしずめ古民家のプロってところデスか。日本人の住むところはとっても狭いと聞いていたけど、実際にきてみるとずいぶんと違いマスね」
部屋の中や雑草が生い茂り、木々が生い茂る広々とした庭を首を大きく動かして眺め回している。
「都会でこの規模はなかなかないと思うわよ?ここが特別なのよ。世界の南野の邸宅だから。専攻は俳優コースだっけ?映画関係の資料もたくさんあるからサイラスは運がいいのかもね。あ、それからこの雨戸はずっと使っていない部屋だったから閉め切っていたけれど、暴風の日以外はこのまま戸袋にずっとしまっていてもいいんじゃない?」
縁側に腰を下ろして足を投げ出した。
先ほどぞうきんで何度か拭いたので、木の床がひんやりとして気持ちがいい。蔦を方々へ伸ばした藤棚が日陰をつくる。足元は様々な雑草で埋まっている。雑草とひとくくりにしてしまったが、実家のおばあちゃんに言えば、あれは蛍袋、矢筈ススキ、ホトトギス、虎の尾で、雑草とひとくくりにしてしまうのは馬鹿丸出しですよ、と小言を言われるところで、思い出してくすりと笑ってしまった。
「なるほど、ここはただの廊下じゃなくて、こうやって座って庭を眺めるものなのですか。いろいろ教えてください」
わたしの隣にサイラスは座った。
肩が触れそうになったので、尻をずらして距離をとる。
サイラスは意外そうに眼をほそめ、わたしの顔を覗き込む。
「ボクのこと警戒してマスか?」
「そりゃあ、はじめにあんなものをみせられたら」
「だから、あれはお礼のキスで……」
距離がふたたび詰められていた。
気が付くとわたしの眼鏡はサイラスの手の中にあった。
青い目の光彩に、馬鹿みたいに口を開き驚愕したわたしの顔が写っている。
サイラスは快活な笑顔になり、自分の外見がもたらす効果をよく知っている者らしく、いたずら気に困ったような顔を作った。
その豊かな表情の変化に見入ってしまう。馴れ馴れしすぎるといわなければならないのに言葉を見失ってしまった。
「あれは、お礼のキスとそれ以外の意味もあるのデス。あの娘のハリウッドでアクションもこなせる女優になりたいという夢をキスと一緒にいただいたのですよ。キャンディーのような甘ったるい夢でした」
思い出してよだれが沸いたのかゴクリとのどを鳴らし、舌先で唇の端をなめた。
「藤原さん?」との第一声から理事長からの電話だとわかる。
さっとサイラスを見て、失礼と言って玄関のほうへ行く。
後姿を見送っていたわたしにサイラスが声をかけた。
「ミナさんちょっと、部屋に戻ってきてもらってもいいですか?窓の外の窓が閉まらなくてしまったのデス」
「えっと、雨戸のこと?」
「がたがたとこう、動かなくなってしまって」
サイラスは長い手足を動かした。
パントマイムのようでその大げさな身振りに笑えてしまう。
戻ってみるとサイラスの部屋はすっかりベッドが整えられ、巨大なスーツケースが開いてもおけられる空間が確保され、一人部屋にしては大きな部屋が整えられていた。
問題の雨戸は庭に降りれる縁側にあり、斜めで止まっていたのを、わたしはがたがたと揺らしてみせてから、蜘蛛があわててぴょんと飛んで逃げた袋戸の中に、改めてしまいこんだ。
「すごいです!びくともしなかったのに!見かけに寄らずミナさんは力があるのデスね!」
「力任せではかえって駄目なのよ。こういう古い建物は建て付けが悪くなっているから、揺らして上下左右を整えてから一気にいくとたいていはうまく行くのよ」
振り返ると、サイラスの目がきらきらと輝いている。
「ミナはさしずめ古民家のプロってところデスか。日本人の住むところはとっても狭いと聞いていたけど、実際にきてみるとずいぶんと違いマスね」
部屋の中や雑草が生い茂り、木々が生い茂る広々とした庭を首を大きく動かして眺め回している。
「都会でこの規模はなかなかないと思うわよ?ここが特別なのよ。世界の南野の邸宅だから。専攻は俳優コースだっけ?映画関係の資料もたくさんあるからサイラスは運がいいのかもね。あ、それからこの雨戸はずっと使っていない部屋だったから閉め切っていたけれど、暴風の日以外はこのまま戸袋にずっとしまっていてもいいんじゃない?」
縁側に腰を下ろして足を投げ出した。
先ほどぞうきんで何度か拭いたので、木の床がひんやりとして気持ちがいい。蔦を方々へ伸ばした藤棚が日陰をつくる。足元は様々な雑草で埋まっている。雑草とひとくくりにしてしまったが、実家のおばあちゃんに言えば、あれは蛍袋、矢筈ススキ、ホトトギス、虎の尾で、雑草とひとくくりにしてしまうのは馬鹿丸出しですよ、と小言を言われるところで、思い出してくすりと笑ってしまった。
「なるほど、ここはただの廊下じゃなくて、こうやって座って庭を眺めるものなのですか。いろいろ教えてください」
わたしの隣にサイラスは座った。
肩が触れそうになったので、尻をずらして距離をとる。
サイラスは意外そうに眼をほそめ、わたしの顔を覗き込む。
「ボクのこと警戒してマスか?」
「そりゃあ、はじめにあんなものをみせられたら」
「だから、あれはお礼のキスで……」
距離がふたたび詰められていた。
気が付くとわたしの眼鏡はサイラスの手の中にあった。
青い目の光彩に、馬鹿みたいに口を開き驚愕したわたしの顔が写っている。
サイラスは快活な笑顔になり、自分の外見がもたらす効果をよく知っている者らしく、いたずら気に困ったような顔を作った。
その豊かな表情の変化に見入ってしまう。馴れ馴れしすぎるといわなければならないのに言葉を見失ってしまった。
「あれは、お礼のキスとそれ以外の意味もあるのデス。あの娘のハリウッドでアクションもこなせる女優になりたいという夢をキスと一緒にいただいたのですよ。キャンディーのような甘ったるい夢でした」
思い出してよだれが沸いたのかゴクリとのどを鳴らし、舌先で唇の端をなめた。
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