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第5夜 鳳の羽
35-2、
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木の枝に引っかかったり、川に流されたり、岩場に落ちていたりする白や黒の鳳の羽を全て拾い上げる。
その季節になれば木々をかき分けて森にはいり、木の皮をはぎ、傷つけて漆を搔き、椿の実を何十キロも拾い、西向きでとか朝露が乾くまでにとか、さだめられたやり方に厳格に従い薬草を採集するのが子どもたちの日課であり仕事だった。
一族の土地は自然の起伏に富んだこの山一帯であったが、他の部族との境は常に深い霧で覆われている。
その霧が流れて村や山の頂まで覆うことがある。
岩場や森の奥で霧にまかれたときは命取りとなる。
神の祝福を受けない子どもたちや大人も毎年数人、行方不明になった。
雪が積もる頃、子どもたちは親の仕事を手伝った。
とはいっても、乾燥させた染料を砕いて、煮出す火を見守ったり、集めた羽の羽毛をばらして紡いだり。
母の手が魔法のようにするすると輝く黒糸を紡ぎ出すのと比べて、わたしの糸はぼこぼこと飛び出し不細工で、お遊びのようなものだったけれど。
そうして子供たちが集めた黒い羽は紡いで織って礼装用の、白の羽は、茜や藍、黄肌で染めて色鮮やかな晴れ着用の反物に加工され、大鳥一族の城内へと運ばれていく。
十三の春を迎える頃、機織りの最中にアヤハの背中が割れ、「生糸よりも白い」と賞賛される白い羽が生まれた。
背中の痛みに涙と汗でぐしょぐしょにになりながらも真っ白な羽を大きく羽ばたかせ、喜びと誇りに輝くアヤハの顔が自慢げにわたしを見たのが忘れられない。先を譲った敗北感を読み取られないように、作り笑顔でめいっぱい祝福したけれど。
十四の真夏の真夜中に悲鳴で飛び起きた。
熱い、助けて、死ぬ!と叫ぶヒロの手を握ってやる。その背中には黒い大きな羽が生まれていた。
いったい彼らの身体のどこに身長ほどもある巨大な羽がしまわれているのかわたしは不思議だった。自分の身体の内側に意識の目を向けても、背中の内側は肋骨や肩甲骨や肺ぐらいしかなさそうなのに。
そうして「成る」ものは十五までに「成る」。
期限を目前にして、毎朝こっそりと背中に羽よ生えろ生えろ、と祈願していたダイゴも、とうとう成った。
ダイゴは安堵する。
「まだ時間はあるよ。絶対にミイナも一人前の大鳥一族の一員になれるから心配しないで。なれなくても、僕が迎えにいくから」
ダイゴは、生まれ出でたばかりの黒羽をもてあまし、照れ笑いを必死で隠しながら、そして部族の領土での新たな生活の始まりに希望に目を輝かせ、迎えにきた族長の側近たちと共に、わたしを残して行ってしまった。
早いものは十にも成らないうちに「成る」
わたし以外の子供たちは次々と、一様に申し訳なさそうに、同時に哀れみの目で見ながらお別れを言う。
そしてこの辺境の小さな村から城内へと揚々に巣立っていく。
「お前の母のサラは部族のもんじゃないが、父親は部族長本人かその近しい者だと言い張っていた。大鳥一族の男が父親であることはたしかじゃろうが、お前の見た目も母の血が強くあらわれとるし、「成る」力は発現できないかもしれんな。しばらくは情けなくてつらいと思うだろうが、この村には両親が一族でありながらもそういうもんも大勢いる。お前だけじゃない。年々、増えてきているようじゃ。一族の力が薄れてきているのかもしれんな。城内では、兄妹、叔父姪の近親婚もなされておるという噂じゃし」
ばあばはため息をつく。
ばあばも「成る」ことがなかった女だった。
だが、薬草に詳しく産婆であるので、村人から重宝されている。
「悲観するでない。ただの人は大歓迎じゃ。黒布も色布も、戦が終わって他国からひっぱりだこなんじゃ。一族の懐を潤しておる。みんないってしまったら老人ばかりになり、収穫も加工も滞ってしまう。お前たちがいなくては一族はなりたないんじゃ。だからここで彼らがしないお前のできることをして、堂々と胸を張って生きたらいい。そのうちに、サラのようにそう苦しくなく生活できるようになるじゃろ」
ひゃひゃひゃとばあばは笑った。
その季節になれば木々をかき分けて森にはいり、木の皮をはぎ、傷つけて漆を搔き、椿の実を何十キロも拾い、西向きでとか朝露が乾くまでにとか、さだめられたやり方に厳格に従い薬草を採集するのが子どもたちの日課であり仕事だった。
一族の土地は自然の起伏に富んだこの山一帯であったが、他の部族との境は常に深い霧で覆われている。
その霧が流れて村や山の頂まで覆うことがある。
岩場や森の奥で霧にまかれたときは命取りとなる。
神の祝福を受けない子どもたちや大人も毎年数人、行方不明になった。
雪が積もる頃、子どもたちは親の仕事を手伝った。
とはいっても、乾燥させた染料を砕いて、煮出す火を見守ったり、集めた羽の羽毛をばらして紡いだり。
母の手が魔法のようにするすると輝く黒糸を紡ぎ出すのと比べて、わたしの糸はぼこぼこと飛び出し不細工で、お遊びのようなものだったけれど。
そうして子供たちが集めた黒い羽は紡いで織って礼装用の、白の羽は、茜や藍、黄肌で染めて色鮮やかな晴れ着用の反物に加工され、大鳥一族の城内へと運ばれていく。
十三の春を迎える頃、機織りの最中にアヤハの背中が割れ、「生糸よりも白い」と賞賛される白い羽が生まれた。
背中の痛みに涙と汗でぐしょぐしょにになりながらも真っ白な羽を大きく羽ばたかせ、喜びと誇りに輝くアヤハの顔が自慢げにわたしを見たのが忘れられない。先を譲った敗北感を読み取られないように、作り笑顔でめいっぱい祝福したけれど。
十四の真夏の真夜中に悲鳴で飛び起きた。
熱い、助けて、死ぬ!と叫ぶヒロの手を握ってやる。その背中には黒い大きな羽が生まれていた。
いったい彼らの身体のどこに身長ほどもある巨大な羽がしまわれているのかわたしは不思議だった。自分の身体の内側に意識の目を向けても、背中の内側は肋骨や肩甲骨や肺ぐらいしかなさそうなのに。
そうして「成る」ものは十五までに「成る」。
期限を目前にして、毎朝こっそりと背中に羽よ生えろ生えろ、と祈願していたダイゴも、とうとう成った。
ダイゴは安堵する。
「まだ時間はあるよ。絶対にミイナも一人前の大鳥一族の一員になれるから心配しないで。なれなくても、僕が迎えにいくから」
ダイゴは、生まれ出でたばかりの黒羽をもてあまし、照れ笑いを必死で隠しながら、そして部族の領土での新たな生活の始まりに希望に目を輝かせ、迎えにきた族長の側近たちと共に、わたしを残して行ってしまった。
早いものは十にも成らないうちに「成る」
わたし以外の子供たちは次々と、一様に申し訳なさそうに、同時に哀れみの目で見ながらお別れを言う。
そしてこの辺境の小さな村から城内へと揚々に巣立っていく。
「お前の母のサラは部族のもんじゃないが、父親は部族長本人かその近しい者だと言い張っていた。大鳥一族の男が父親であることはたしかじゃろうが、お前の見た目も母の血が強くあらわれとるし、「成る」力は発現できないかもしれんな。しばらくは情けなくてつらいと思うだろうが、この村には両親が一族でありながらもそういうもんも大勢いる。お前だけじゃない。年々、増えてきているようじゃ。一族の力が薄れてきているのかもしれんな。城内では、兄妹、叔父姪の近親婚もなされておるという噂じゃし」
ばあばはため息をつく。
ばあばも「成る」ことがなかった女だった。
だが、薬草に詳しく産婆であるので、村人から重宝されている。
「悲観するでない。ただの人は大歓迎じゃ。黒布も色布も、戦が終わって他国からひっぱりだこなんじゃ。一族の懐を潤しておる。みんないってしまったら老人ばかりになり、収穫も加工も滞ってしまう。お前たちがいなくては一族はなりたないんじゃ。だからここで彼らがしないお前のできることをして、堂々と胸を張って生きたらいい。そのうちに、サラのようにそう苦しくなく生活できるようになるじゃろ」
ひゃひゃひゃとばあばは笑った。
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