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第5夜 鳳の羽
35-3、
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腐葉土のようなと表現されるわたしの髪と違って、母の髪は金糸のようで美しい。その目は浅黄で、村の誰とも違うその目でみられると、魔物にみつめられたかのようにどきりとする。人と違う外見は、呪いのようだと思った。
まだ幼い頃、わたしは母から呪いを受け継いでいるのかと聞いたことがある。機を織る手を母は止めた。
「呪いですって?馬鹿なことはいわないの。この髪も目も肌も、この霧で覆われた大鳥の森では気持ち悪がられるけれど、海を越え、ところ変わればむしろ、黒髪黒目が珍しく卑しい者とされるのですよ」
「それって本当?」
「わたしの母がそういってましたから、そうなんです。美醜は容易に入れ替わる。だからミイナは穢れてはおりませんよ。卑屈になることはありません」
ばあばが予言したように、母の外見を強く受け継ぐわたしは「成る」ことができなかった。
十五を過ぎ、外れの村のさらに外れにある母の小屋で、母の仕事を手伝いながら住むことになった。
母は、小さな扉のついた食料庫を整理して居場所として与えてくれた。
夜毎、ばさりばさりと羽音がする。
家の玄関の扉が開かれるきしむ音。
母と話す男の声がぼそりと漏れ聞こえる。
扉を開けて確認しようとすると、母の鋭い叱責が飛び、開けるのをあきらめた。扉の隙間から黒い大きな翼が見えた。
深夜に空からの訪問者に、なにか城内で緊急事態がおこったのかと心配したのははじめだけ。
ただ人たちが住むこの外れの村の女を大鳥の男が愛人にすることは珍しいことではない。
夜が明ける前に、男は村では貴重な果物、肉、温かな毛織物の毛布、そして黒羽を残して帰っていく。
母がこの何もない村で、飢えもせず生活に苦労していないのにはわけがあった。知らないわけじゃないけれど、わたしはそれまで全くわかっていなかったのだった。
母の元に訪れる一族の男が誰なのか知りたいと思わなかったが、そうやって家の中や玄関先で拾い集めた羽は長さが30センチは超える立派な黒羽で、その大きさから大鳥の一族の中でも有力者かもしれなかった。
わたしが族長の娘だという母の言葉も嘘ではないかもしれなかった。
ある朝、囲炉裏の縁に大きな白羽がひっかかり、揺れていることに気が付いた。
羽を貯めていた籠をひっくりかえして比べてみて、そのどれもが微妙に色艶が異なり、母のところへ訪れる羽の主が複数人だということにはじめて気が付いた。
一人で家を持てるのも、その生活が他の村人と比べて豊かのなのも、母が一族の複数の男たちを相手にしているからなのか。
母がわたしに個室を与えたのは、男たちの目にわたしが止まらないようにしていたからなのか。
二年、三年とたつうちに、母の美貌も衰えはじめて男が訪れる回数も少なくなる。
じわりじわりと生活のさまざまな面が厳しくなっていく。
それでも、わたしは誰もが敬遠するような険しい岩場や高い枝にに絡まる羽を広い集め、羽を他の家に譲り、布を織り、食べ物や着るものに替えることができたのだけれど。
ある夜、わたしの部屋の扉が叩かれた。
狭い扉を男はくぐり入ってきた。
月はおぼろに男を照らす。
羽はない。人型である。
羽は必要に応じて身体にしまうことができた。
「……灯りはないのか?この薄明かりではお前の醜さがまったく気にならないな」
若い声にはなじみがある。
ヒロだった。
夜、わたしの部屋に訪れるのは、別の男だろうと思っていたのだけれど。その男の訪れは、三年たっても一度もなかった。
「いいか?」
ヒロはわたしの意思を確認する。
ここで生きていくには部族からの援助が必要だった。
外れの村の女は一族の男と愛人関係になれば生活はずっと楽になる。
母がそうだったように、わたしもおなじ運命なのだ。
他に選択肢などない。
受け入れる痛みとあきらめに知らず涙がとどめなくながれ、嗚咽がもれた。
男はそれでも力を緩めない。
「まさか、俺がはじめてだったのか?あいつは来ていないのか。次期族長の修行で館を抜けられないとはいえ、その場限りのいい顔ばかりするだけの薄情なヤツだな。あんなヤツ忘れてしまえ」
ヒロが羽を出すと小さな部屋は月光に輝く黒羽でいっぱいになる。
羽ばたかせると、はらはらと数枚がおちた。
「どうだ?見事だろ。これほど立派な羽は一族でもそういない。身体は良かったからまた来てやる。季節の変わり目はたくさん抜けるそうだからな。だから、待っていろ」
心が痛いのか。
体が痛いのか。
どちらがより痛いのかわたしにはわからない。
ヒロが思い出したかのように夜に訪れるようになって、わたしと母の生活は楽になったが、その年の冬から母は咳き込みはじめた。
まだ幼い頃、わたしは母から呪いを受け継いでいるのかと聞いたことがある。機を織る手を母は止めた。
「呪いですって?馬鹿なことはいわないの。この髪も目も肌も、この霧で覆われた大鳥の森では気持ち悪がられるけれど、海を越え、ところ変わればむしろ、黒髪黒目が珍しく卑しい者とされるのですよ」
「それって本当?」
「わたしの母がそういってましたから、そうなんです。美醜は容易に入れ替わる。だからミイナは穢れてはおりませんよ。卑屈になることはありません」
ばあばが予言したように、母の外見を強く受け継ぐわたしは「成る」ことができなかった。
十五を過ぎ、外れの村のさらに外れにある母の小屋で、母の仕事を手伝いながら住むことになった。
母は、小さな扉のついた食料庫を整理して居場所として与えてくれた。
夜毎、ばさりばさりと羽音がする。
家の玄関の扉が開かれるきしむ音。
母と話す男の声がぼそりと漏れ聞こえる。
扉を開けて確認しようとすると、母の鋭い叱責が飛び、開けるのをあきらめた。扉の隙間から黒い大きな翼が見えた。
深夜に空からの訪問者に、なにか城内で緊急事態がおこったのかと心配したのははじめだけ。
ただ人たちが住むこの外れの村の女を大鳥の男が愛人にすることは珍しいことではない。
夜が明ける前に、男は村では貴重な果物、肉、温かな毛織物の毛布、そして黒羽を残して帰っていく。
母がこの何もない村で、飢えもせず生活に苦労していないのにはわけがあった。知らないわけじゃないけれど、わたしはそれまで全くわかっていなかったのだった。
母の元に訪れる一族の男が誰なのか知りたいと思わなかったが、そうやって家の中や玄関先で拾い集めた羽は長さが30センチは超える立派な黒羽で、その大きさから大鳥の一族の中でも有力者かもしれなかった。
わたしが族長の娘だという母の言葉も嘘ではないかもしれなかった。
ある朝、囲炉裏の縁に大きな白羽がひっかかり、揺れていることに気が付いた。
羽を貯めていた籠をひっくりかえして比べてみて、そのどれもが微妙に色艶が異なり、母のところへ訪れる羽の主が複数人だということにはじめて気が付いた。
一人で家を持てるのも、その生活が他の村人と比べて豊かのなのも、母が一族の複数の男たちを相手にしているからなのか。
母がわたしに個室を与えたのは、男たちの目にわたしが止まらないようにしていたからなのか。
二年、三年とたつうちに、母の美貌も衰えはじめて男が訪れる回数も少なくなる。
じわりじわりと生活のさまざまな面が厳しくなっていく。
それでも、わたしは誰もが敬遠するような険しい岩場や高い枝にに絡まる羽を広い集め、羽を他の家に譲り、布を織り、食べ物や着るものに替えることができたのだけれど。
ある夜、わたしの部屋の扉が叩かれた。
狭い扉を男はくぐり入ってきた。
月はおぼろに男を照らす。
羽はない。人型である。
羽は必要に応じて身体にしまうことができた。
「……灯りはないのか?この薄明かりではお前の醜さがまったく気にならないな」
若い声にはなじみがある。
ヒロだった。
夜、わたしの部屋に訪れるのは、別の男だろうと思っていたのだけれど。その男の訪れは、三年たっても一度もなかった。
「いいか?」
ヒロはわたしの意思を確認する。
ここで生きていくには部族からの援助が必要だった。
外れの村の女は一族の男と愛人関係になれば生活はずっと楽になる。
母がそうだったように、わたしもおなじ運命なのだ。
他に選択肢などない。
受け入れる痛みとあきらめに知らず涙がとどめなくながれ、嗚咽がもれた。
男はそれでも力を緩めない。
「まさか、俺がはじめてだったのか?あいつは来ていないのか。次期族長の修行で館を抜けられないとはいえ、その場限りのいい顔ばかりするだけの薄情なヤツだな。あんなヤツ忘れてしまえ」
ヒロが羽を出すと小さな部屋は月光に輝く黒羽でいっぱいになる。
羽ばたかせると、はらはらと数枚がおちた。
「どうだ?見事だろ。これほど立派な羽は一族でもそういない。身体は良かったからまた来てやる。季節の変わり目はたくさん抜けるそうだからな。だから、待っていろ」
心が痛いのか。
体が痛いのか。
どちらがより痛いのかわたしにはわからない。
ヒロが思い出したかのように夜に訪れるようになって、わたしと母の生活は楽になったが、その年の冬から母は咳き込みはじめた。
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