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第五話 赤のショール
46、赤のショール ②
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「このショールは本当に良いシルクだから、うっすらと染みがあるだけで捨て置かれるのも蚕にも職人にも申し訳ない思わない?じゃあ、そこで見ていて」
ロゼリアは亭主に教えてもらった通り、型の上から色を塗り込んでいく。
ひとつ終わり、慎重に型を外す。
布の上には、大輪の見事な赤いバラが咲いていた。
もうどこにも染みの痕跡など見つけられなかった。
ふうっと安堵のため息をロゼリアはついた。
「これなら大丈夫そうだと思わない?そうなれば、次をやっつける」
ロゼリアは型をきれいにして、次の場所に移る。
ベラはロゼリアにつられて息を飲んで、その手元に注視する。
つぎつぎと位置を変えてバラの型が置かれては色が塗られ、軽やかな雪のような羽のようなショールに、艶やかで美しい真っ赤なバラの花を咲かせていく。
それはベラが握りしめて恥ずかしさと絶望に泣いた、無残によごされたジュリアのショールではなかった。
全く別物の作品だった。
小一時間ほどで、真白いシルクのショールは、見事な赤いバラの咲くショールに変身した。
染みがあったことなど微塵も感じさせない仕上がりだった。
「なんてこと、すごく美しいわ!」
ロゼリアはその美しさに腫れた瞼の奥で希望に目を輝かせたベラに、快心の笑みを向けた。
額から頬に汗の粒が流れた。
「このまま完全に乾燥させて出来上りだ。このバラのショールはあなたのショールだ!好きにするがいいよ」
ベラは感謝の気持ちが胸に大きく膨らんだ。
大きすぎて声にならなかった。
ロゼリアの背中に胸を押し付けるようにして抱きついたのであった。
完全に乾くのを待った二日後。
ベラは手にきれいに包んだショールを持つ。
左右に他国の姫を引きつれるジュリアを呼び掛けるのには、一生分の勇気を必要とした。
今までのベラなら、そんな脇の下も汗だくになるほど緊張することなど、仮病を使ってでも避けていたものである。
だが、今の自分は、自分だけのベラではないと思うのだ。
ベラの呼び掛けに、ジュリアは足を止める。
左右の娘たちは顔をしかめて胡散臭げにベラを見下ろした。
身体がひゅっと恐怖でちぢみあがるかと思えるような冷たい視線だった。
だが、用事があるのは彼女たちにではない。
ジュリアただ一人である。
ベラは真正面からジュリアに向き合った。
「先日は、本当に申し訳ございませんでした。不作法なことをしてしまい、ジュリアさまの大事なショールを汚してしまいました。
私のせいで捨てられるのが申し訳なくて、アンジュさまに手伝っていただき、汚れを目立たないように作り直しました。
これを見ていただけませんか!そして受け取ってもらえませんか!」
ベラが大事に抱えていた包を強引に押し付けられて、ベラの必死さに驚きながらもジュリアはたきちんと折り畳まれた赤色が散らばるショールを取り出し広げた。
娘たちもベラの渡したそれに何か難癖をつけようとして、ジュリアと共に眺めた。
そして、彼女たちの口から出たのは感嘆の溜息。
白いシルクのショールには幾輪もの真っ赤な大輪のバラが咲き誇っていたのだった。
そのバラはジュリアの強くて芯のある美しさに負けない、華やかさを持っていた。
「素晴らしいわ、、ジュリアさま。巻いてみてください」
ベラが作り直したことも忘れ、ひとりがいう。
ジュリアはふわっと巻く。
ジュリアは指先でショールの端をつまんで首から続くバラを眺めた。
「この美しい赤はアデールの赤でしか出し得ない色だわ。ベラ、素敵なものをありがとう。元のショールは一度は手放したもの。だから改めて、あなたからのプレゼントとして受けとらせていただくわ!」
ジュリアが笑顔でいう。
取り巻きたちがベラを見る顔つきが変わっている。
その好意的な視線は、ベラの姿勢を伸びさせて、胸に甘く新鮮な空気がすみずみまで入ってくるような気がした。
次の授業が始まる。
ジュリアもその友人の娘たちも席へ移動する。
そのまま、ベラを置いて行こうとしてふと立ち止まった。
「あなたも、わたしたちの席にいらっしゃいよ。その赤いバラのショールにどうやって作り変えたのか、その秘密が知りたいわ」
ジュリアの好意的な発言は絶対だった。
だが、その発言がなくても娘たちのベラを見る目が変わっている。
ベラはどうやったのか、汚したショールを見違えるほど素晴らしいものに作り直したのだ。
そんなことができるとは彼女たちは想像もしなかった分、衝撃も大きかったのである。
ベラの赤いショールの、女王さま及び取り巻きの姫たちを心底感嘆させた話は一気に伝わる。
同時に、アデールの赤の艶やかな美しさも。
その赤いバラのショールはジュリアのお気にいりで、頻繁に身に付けたからだ。
そして大変似合っていたのである。
ロゼリアは亭主に教えてもらった通り、型の上から色を塗り込んでいく。
ひとつ終わり、慎重に型を外す。
布の上には、大輪の見事な赤いバラが咲いていた。
もうどこにも染みの痕跡など見つけられなかった。
ふうっと安堵のため息をロゼリアはついた。
「これなら大丈夫そうだと思わない?そうなれば、次をやっつける」
ロゼリアは型をきれいにして、次の場所に移る。
ベラはロゼリアにつられて息を飲んで、その手元に注視する。
つぎつぎと位置を変えてバラの型が置かれては色が塗られ、軽やかな雪のような羽のようなショールに、艶やかで美しい真っ赤なバラの花を咲かせていく。
それはベラが握りしめて恥ずかしさと絶望に泣いた、無残によごされたジュリアのショールではなかった。
全く別物の作品だった。
小一時間ほどで、真白いシルクのショールは、見事な赤いバラの咲くショールに変身した。
染みがあったことなど微塵も感じさせない仕上がりだった。
「なんてこと、すごく美しいわ!」
ロゼリアはその美しさに腫れた瞼の奥で希望に目を輝かせたベラに、快心の笑みを向けた。
額から頬に汗の粒が流れた。
「このまま完全に乾燥させて出来上りだ。このバラのショールはあなたのショールだ!好きにするがいいよ」
ベラは感謝の気持ちが胸に大きく膨らんだ。
大きすぎて声にならなかった。
ロゼリアの背中に胸を押し付けるようにして抱きついたのであった。
完全に乾くのを待った二日後。
ベラは手にきれいに包んだショールを持つ。
左右に他国の姫を引きつれるジュリアを呼び掛けるのには、一生分の勇気を必要とした。
今までのベラなら、そんな脇の下も汗だくになるほど緊張することなど、仮病を使ってでも避けていたものである。
だが、今の自分は、自分だけのベラではないと思うのだ。
ベラの呼び掛けに、ジュリアは足を止める。
左右の娘たちは顔をしかめて胡散臭げにベラを見下ろした。
身体がひゅっと恐怖でちぢみあがるかと思えるような冷たい視線だった。
だが、用事があるのは彼女たちにではない。
ジュリアただ一人である。
ベラは真正面からジュリアに向き合った。
「先日は、本当に申し訳ございませんでした。不作法なことをしてしまい、ジュリアさまの大事なショールを汚してしまいました。
私のせいで捨てられるのが申し訳なくて、アンジュさまに手伝っていただき、汚れを目立たないように作り直しました。
これを見ていただけませんか!そして受け取ってもらえませんか!」
ベラが大事に抱えていた包を強引に押し付けられて、ベラの必死さに驚きながらもジュリアはたきちんと折り畳まれた赤色が散らばるショールを取り出し広げた。
娘たちもベラの渡したそれに何か難癖をつけようとして、ジュリアと共に眺めた。
そして、彼女たちの口から出たのは感嘆の溜息。
白いシルクのショールには幾輪もの真っ赤な大輪のバラが咲き誇っていたのだった。
そのバラはジュリアの強くて芯のある美しさに負けない、華やかさを持っていた。
「素晴らしいわ、、ジュリアさま。巻いてみてください」
ベラが作り直したことも忘れ、ひとりがいう。
ジュリアはふわっと巻く。
ジュリアは指先でショールの端をつまんで首から続くバラを眺めた。
「この美しい赤はアデールの赤でしか出し得ない色だわ。ベラ、素敵なものをありがとう。元のショールは一度は手放したもの。だから改めて、あなたからのプレゼントとして受けとらせていただくわ!」
ジュリアが笑顔でいう。
取り巻きたちがベラを見る顔つきが変わっている。
その好意的な視線は、ベラの姿勢を伸びさせて、胸に甘く新鮮な空気がすみずみまで入ってくるような気がした。
次の授業が始まる。
ジュリアもその友人の娘たちも席へ移動する。
そのまま、ベラを置いて行こうとしてふと立ち止まった。
「あなたも、わたしたちの席にいらっしゃいよ。その赤いバラのショールにどうやって作り変えたのか、その秘密が知りたいわ」
ジュリアの好意的な発言は絶対だった。
だが、その発言がなくても娘たちのベラを見る目が変わっている。
ベラはどうやったのか、汚したショールを見違えるほど素晴らしいものに作り直したのだ。
そんなことができるとは彼女たちは想像もしなかった分、衝撃も大きかったのである。
ベラの赤いショールの、女王さま及び取り巻きの姫たちを心底感嘆させた話は一気に伝わる。
同時に、アデールの赤の艶やかな美しさも。
その赤いバラのショールはジュリアのお気にいりで、頻繁に身に付けたからだ。
そして大変似合っていたのである。
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