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その4, ③北条和寿と北見
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女子と付き合ったのは、誰かと付き合うことがそんなに高いハードルではないような気がしたからだ。
性倫理が大きく外れている北条和寿のそばにいれば、自分の基準も狂うのはしょうがない。
和寿と学友兼目付となって、目立たぬように意識しても、和寿の存在自体が周囲をざわつかせるので、引きずられる形で人目を引くようになっていた。
だから、女子が顔を赤らめて告白してきたときに、そんなに時間はないけれど空いた時間に話しするぐらいならという条件でOKしてしまう。
彼女は、特別可愛くも、特別頭脳明晰でもない。
特に注意するべき家柄でもない。
平均年収にすっぽりと収まるような、サラリーマン家庭の娘さん。
笑顔になったときに頬にくっきりと刻まれるえくぼがとても可愛いと思うぐらいのものだ。
ふたつばかり年上だったのだけど。
手をつないだ。
頬をすりつけた。
胸を触った。
腰より下に手をまわした。
スポットライトを浴びる和寿のその陰の中にすっぽりと北見は埋もれていくだろう。
影は影に過ぎず、その光は自分に向けられることはきっとこれからもない。
ためらった北見に、それでもいいと彼女はいう。
世界はスターでできているのではないのよ。わたしたちのような99%の、平凡な人たちのささやかな日常で構成されているの。
あなたは埋もれているというけれど、わたしの目には影の中でもくっきりとあなたの姿は浮かび上がっているのよ。
それだけでわたしは十分なの。
もしかして、人は案外早い時期に、生涯並走する相手と出会っているのかもしれない。
それに気が付かないだけだ。
次はもっといい人に、次はもっといい条件に、次はもっと、もっと、もっと。
そう思っても最初の一人と比較して、なにか違うと思い、結局誰も選べなくなるか、より分けすぎて選ぶ選択肢もなくなって、昔なら歯牙にもかけなかった相手となし崩しに結婚してしまうのかもしれない。
だから、和寿ではなく自分に告白してくれた彼女が最初で最後の人だと、北見は思った。
深い関係になるのは想像通り、簡単だった。
するすると身体を重ねる。和寿が誰かと(女と)したことは、全てできたと思う。
だけど、ただひとつできないことがあった。
それが、口と口を重ねるキス。
キスは特別だった。
契約のキスであり所有のキスであり、儀式であった。
北見のキスは和寿に奪われた。
それなのに、彼女とあらたにキスすれば、和寿とのキスが上書きされてしまうではないか。
彼女と結婚するだろうとあれだけ確信をもっていたのに、なんとなく疎遠になっていく。
人と人との関係は磁石のようなものかもしれない。
近くにいれば引き合うし、遠くへ離していくと引き合う力も失っていく。
だから。
高等部に進んだ入学式の後。
学院の森の泉のほとりで、和寿がだれかとキスをしているのを見て衝撃を受ける。
自分以外にキスしているのを見たことがないわけではないのだが、和寿は進んでキスをしたように思えた。
あの時の、自分とのキスと同じ。
所有のキス、契約のキス、儀式のキスだと思った。
自分がいるので、これ以上学友も目付けも不要なのに、どうして和寿は新しい目付が送られたのかと勘違いをしたのか。
衝撃に打ちのめされそうになるところを、和寿のいつもの気まぐれに過ぎないと自分に言い聞かせる。
高等部に上がって北条和寿の視線の先を追えば、そこには藤日々希がいることにすぐに気が付いた。
あいつのことを調べろといわれても、資料を集めて持っていけば、既に興味が失せてしまっていることも多い和寿だったが、彼に関しては珍しく、長く興味が続いていた。
藤日々希の、襲ってきた野犬に対する冷静な態度と、それ以外の大ぜいを前にした時の極度の緊張症のギャップなど、見ていて飽きないようだった。
北見の目からしてみれば、人前で極度に緊張して震えるヤツなど、眼中に入れる価値もないと思っていたのだが。
その震える姿も、和寿にとっては面白い出し物的に思えるのかもしれなかった。
だからはじめての柔道の授業の後。
東郷秀樹が外部の新入生を『かわいがった』事件が起こった。
藤日々希が何事かと加わったときにその輪に和寿と北見も続く。輪の中で行われていた、延々とつづくしごきの現場。
和寿はちらりと視線を北見に寄越した。
視線の意味がわからない北見ではない。
藤日々希の背中を押せ。
この何重にも取り巻く視線の中に突き落とせ。
今野修司の代わりに可愛がられれば、さらによいな。
そう指示する視線だった。
だから背中を押した。
友人を救いたくても救えず、人の視線にさらされて、震える哀れな姿をさらして、恥辱と屈辱を味わったらいいと。
そんな藤日々希をみて、主人の嗜虐心は満足するだろう。
満足すれば、そのうち彼に対する興味は薄れていくはずだった。
その後の北条和寿の行動に、北見は驚きを禁じ得ない。
誰かのために汗だくになり体をはる和寿の姿を見たことがなかった。
背中を押させたのは、情けない姿を見たいからではなくて、藤日々希に恩を売りたいためだとようやく理解した。
ヒロインに危機をつくり、それを助けるヒーローとなれば、ヒロインの心をわしづかみできるのではないか。
和寿は藤日々希の弱点を知った上で、彼のヒーローになりたいのだ。
案外、北条和寿は年相応の少年であった。
成長期をむかえた少年は、北見の予想範囲を超えて成長する。
空気と思われるほどそばにいても、和寿について知らないことが増えていく。
そんな、新たな面を引き出す藤日々希に、今まで感じたことのない、どす黒い嫉妬心が沸き起こる。
北見はピラニアの中に餌を投げこんだような行為を、後悔していない。
今後の人生、和寿が望めば、自分はどこまでやれてしまうのだろう。
人を殺すことだってするかもしれなかった。
自分の人生は北条和寿を中心に回っている。
情報室でパソコンを開いた時、自分宛にメールが届いていることに気が付いた。
何度もパソコンを使っていたのに全く目にとまらなかったのだ。
それは、何週間も前に送られてきていた。
懐かしい名前にクリックする。
「浩二さん、最近どうしていますか……」
キスができなくて疎遠になった、あの彼女。
北見の初めての相手。
自分を北見、ではなく浩二さんと呼ぶ唯一の人。
一度は結婚して彼女と穏やかな家庭を築くかもしれないと運命を感じた相手。
疎遠になって磁力が薄れて、正直、メールを開くまで思い出しもしなくなっていた。
胸の中に制御不能に渦巻いていた嫉妬心が、彼女のメールを読むにつれて鎮まっていく。
特段美人でも利発でも野心的でもない彼女の、くっきりとしたえくぼを思い出した。
はじめて、誰かにキスしたい衝動が北見に起こる。
次に会った時、彼女は頬へのキスで許してくれるといいな、と願ったのだった。
その4,北条和寿と北見 完
性倫理が大きく外れている北条和寿のそばにいれば、自分の基準も狂うのはしょうがない。
和寿と学友兼目付となって、目立たぬように意識しても、和寿の存在自体が周囲をざわつかせるので、引きずられる形で人目を引くようになっていた。
だから、女子が顔を赤らめて告白してきたときに、そんなに時間はないけれど空いた時間に話しするぐらいならという条件でOKしてしまう。
彼女は、特別可愛くも、特別頭脳明晰でもない。
特に注意するべき家柄でもない。
平均年収にすっぽりと収まるような、サラリーマン家庭の娘さん。
笑顔になったときに頬にくっきりと刻まれるえくぼがとても可愛いと思うぐらいのものだ。
ふたつばかり年上だったのだけど。
手をつないだ。
頬をすりつけた。
胸を触った。
腰より下に手をまわした。
スポットライトを浴びる和寿のその陰の中にすっぽりと北見は埋もれていくだろう。
影は影に過ぎず、その光は自分に向けられることはきっとこれからもない。
ためらった北見に、それでもいいと彼女はいう。
世界はスターでできているのではないのよ。わたしたちのような99%の、平凡な人たちのささやかな日常で構成されているの。
あなたは埋もれているというけれど、わたしの目には影の中でもくっきりとあなたの姿は浮かび上がっているのよ。
それだけでわたしは十分なの。
もしかして、人は案外早い時期に、生涯並走する相手と出会っているのかもしれない。
それに気が付かないだけだ。
次はもっといい人に、次はもっといい条件に、次はもっと、もっと、もっと。
そう思っても最初の一人と比較して、なにか違うと思い、結局誰も選べなくなるか、より分けすぎて選ぶ選択肢もなくなって、昔なら歯牙にもかけなかった相手となし崩しに結婚してしまうのかもしれない。
だから、和寿ではなく自分に告白してくれた彼女が最初で最後の人だと、北見は思った。
深い関係になるのは想像通り、簡単だった。
するすると身体を重ねる。和寿が誰かと(女と)したことは、全てできたと思う。
だけど、ただひとつできないことがあった。
それが、口と口を重ねるキス。
キスは特別だった。
契約のキスであり所有のキスであり、儀式であった。
北見のキスは和寿に奪われた。
それなのに、彼女とあらたにキスすれば、和寿とのキスが上書きされてしまうではないか。
彼女と結婚するだろうとあれだけ確信をもっていたのに、なんとなく疎遠になっていく。
人と人との関係は磁石のようなものかもしれない。
近くにいれば引き合うし、遠くへ離していくと引き合う力も失っていく。
だから。
高等部に進んだ入学式の後。
学院の森の泉のほとりで、和寿がだれかとキスをしているのを見て衝撃を受ける。
自分以外にキスしているのを見たことがないわけではないのだが、和寿は進んでキスをしたように思えた。
あの時の、自分とのキスと同じ。
所有のキス、契約のキス、儀式のキスだと思った。
自分がいるので、これ以上学友も目付けも不要なのに、どうして和寿は新しい目付が送られたのかと勘違いをしたのか。
衝撃に打ちのめされそうになるところを、和寿のいつもの気まぐれに過ぎないと自分に言い聞かせる。
高等部に上がって北条和寿の視線の先を追えば、そこには藤日々希がいることにすぐに気が付いた。
あいつのことを調べろといわれても、資料を集めて持っていけば、既に興味が失せてしまっていることも多い和寿だったが、彼に関しては珍しく、長く興味が続いていた。
藤日々希の、襲ってきた野犬に対する冷静な態度と、それ以外の大ぜいを前にした時の極度の緊張症のギャップなど、見ていて飽きないようだった。
北見の目からしてみれば、人前で極度に緊張して震えるヤツなど、眼中に入れる価値もないと思っていたのだが。
その震える姿も、和寿にとっては面白い出し物的に思えるのかもしれなかった。
だからはじめての柔道の授業の後。
東郷秀樹が外部の新入生を『かわいがった』事件が起こった。
藤日々希が何事かと加わったときにその輪に和寿と北見も続く。輪の中で行われていた、延々とつづくしごきの現場。
和寿はちらりと視線を北見に寄越した。
視線の意味がわからない北見ではない。
藤日々希の背中を押せ。
この何重にも取り巻く視線の中に突き落とせ。
今野修司の代わりに可愛がられれば、さらによいな。
そう指示する視線だった。
だから背中を押した。
友人を救いたくても救えず、人の視線にさらされて、震える哀れな姿をさらして、恥辱と屈辱を味わったらいいと。
そんな藤日々希をみて、主人の嗜虐心は満足するだろう。
満足すれば、そのうち彼に対する興味は薄れていくはずだった。
その後の北条和寿の行動に、北見は驚きを禁じ得ない。
誰かのために汗だくになり体をはる和寿の姿を見たことがなかった。
背中を押させたのは、情けない姿を見たいからではなくて、藤日々希に恩を売りたいためだとようやく理解した。
ヒロインに危機をつくり、それを助けるヒーローとなれば、ヒロインの心をわしづかみできるのではないか。
和寿は藤日々希の弱点を知った上で、彼のヒーローになりたいのだ。
案外、北条和寿は年相応の少年であった。
成長期をむかえた少年は、北見の予想範囲を超えて成長する。
空気と思われるほどそばにいても、和寿について知らないことが増えていく。
そんな、新たな面を引き出す藤日々希に、今まで感じたことのない、どす黒い嫉妬心が沸き起こる。
北見はピラニアの中に餌を投げこんだような行為を、後悔していない。
今後の人生、和寿が望めば、自分はどこまでやれてしまうのだろう。
人を殺すことだってするかもしれなかった。
自分の人生は北条和寿を中心に回っている。
情報室でパソコンを開いた時、自分宛にメールが届いていることに気が付いた。
何度もパソコンを使っていたのに全く目にとまらなかったのだ。
それは、何週間も前に送られてきていた。
懐かしい名前にクリックする。
「浩二さん、最近どうしていますか……」
キスができなくて疎遠になった、あの彼女。
北見の初めての相手。
自分を北見、ではなく浩二さんと呼ぶ唯一の人。
一度は結婚して彼女と穏やかな家庭を築くかもしれないと運命を感じた相手。
疎遠になって磁力が薄れて、正直、メールを開くまで思い出しもしなくなっていた。
胸の中に制御不能に渦巻いていた嫉妬心が、彼女のメールを読むにつれて鎮まっていく。
特段美人でも利発でも野心的でもない彼女の、くっきりとしたえくぼを思い出した。
はじめて、誰かにキスしたい衝動が北見に起こる。
次に会った時、彼女は頬へのキスで許してくれるといいな、と願ったのだった。
その4,北条和寿と北見 完
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