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その5,①北条和寿とお抹茶
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和寿は、くだらないことに真新しいスーツがしわだらけになるなと、どうでもいいことを思う。
忙しい北条久嗣の代わりに、某銀行の頭取主催のお茶事に招かれていた。
高校一年の和寿の参加は場違いだと思うが、父が代理で和寿を送り込んでも問題がないだろうとみなす程度の相手のようだった。
参加不参加に、和寿の決定権はどこにもない。
土曜日の朝、ヘリと飛行機を乗り継いで大阪へ行く。
下からのし上がった成金らしく、古い家を買取り改装した邸宅に真新しい離れ。
通好みの趣向にふさわしくない若輩者の同席に顔を見合わせる彼らを前にする。
丁寧に父、北条久嗣の欠席を詫びる。
「わたしが代理でくることになりました。なにぶんこのような正式な場に慣れておりません。いろいろ教えていただけるとありがたいのですが……」
途方にくれたように言うと、こんな子供を代わりに寄越して北条は何をふざけているの、と眉を寄せていた年配の女性は和寿の手をとり勇気づけるように笑顔を向ける。
「大丈夫ですよ。わたしと同じようにしていればいいのですから。さあ、今日のメンバーを紹介いたしましょう」
メンバーは今勢いのある企業の社長とその妻たちだ。伝統に即した着物姿の中に、和寿だけがスーツである。
あきらかに和寿だけが浮いている。
あくまでこのような格の高い茶事の作法も知らず当惑している。だけど父の顔を潰したくないから精一杯頑張るという健気な態度をとる。
世間で求められる高校一年生らしく、だが北条家の息子のイメージを崩さない程度に、失敗をしてみせる。
大人は子供が子供らしければ安心する。
彼らがどんな趣味で、どんなことに興味があって、大事にしていることはなんなのか、久嗣には決して見せない顔を子供の前では見せてくれる。
和寿は細かく記憶する。
誰と誰が仲がいいのか。
誰が誰に取り入ろうとしているのか。
そして、誰が自分に特別の興味を示すのか。
「北条のご長男の和寿くんは礼儀正しくてかわいいこと」
「かわいいなんてやめてください。恥ずかしいですから。わたしはもう一人前の大人です」
そういう背伸びした態度も、たいていの大人たちは好きである。
そして別れるとき、亭主役の頭取の奥様がお土産を用意してくれていた。
それも和寿にだけである。
「あなたが美味しいとおっしゃった本日のお茶ですよ。今度来るときまでに頂く練習をしておきなさい」
「ありがとうございます。今日のわたしがしでかした無礼は父には言わないでいてくれるとありがたいのですが」
「もちろんです。何かあったらご連絡なさい。わたしが手助けしますから」
亭主役だった頭取の40代の美人妻は和寿に顔をよせ、こそっと耳打ちをする。
次に続く約束と土産は気に入られた証拠だった。
多くの者に気に入られろ。
それが久嗣から指示だった。
貴重な休日がくだらないことで消費されていく。
寮のベッドに倒れ込んだ時には、門限ギリギリの時間であった。
カーテンを引くのを忘れて眠ってしまっていた。
朝日が顔に差しかかる。
日曜日なのになんの予定もない。
昨夜は引き止められそうなのを振り切って帰ってきたのだ。
帰ってこれないことも考えて日々希と約束をしていない。
コイビト関係に進んだつもりであるが、日々はどうも自覚が薄い。
土曜日は用事があるなら日曜日は僕との時間にしてほしい、なんていうぐらいの、コイビトぶりを発揮して欲しいと思うのだが。
ふと、コイビトに夢中なのは、自分だけなのではないかと思ってしまう。
その時、こんこんこんと軽い音がした。
がばっと飛び起きた。
この軽く控えめな音は日々希の音。
まだ6時台である。朝に訪問するには早すぎる時間だった。
「……おはよう。どうした」
和寿は日々希を迎え入れる。
日々希は上下鮮やかな水色のジョギングウエアを着ている。
休日の朝はジョギングをするのが日々希の習慣である。
「良かった。昨夜ヘリの音を聞いたからもしかして帰ってきてるんじゃないかと思ったんだ。走りに行く前にいつもコーヒーを沸かして飲んでいくことにしているんだけど」
「?」
日々希は言いにくそうに和寿の顔をうかがっている。
「コーヒーを切らしてしまって。だから、ご機嫌ブレンドが残っているようなら一つ欲しいなと思って」
「ご機嫌ブレンド?」
ご機嫌ブレンドが何を指すのかわからず反復すると日々希は眉を寄せて真っ赤になった。
「ご機嫌ブレンドっていうのは、この前僕が和寿にプレゼントしたオリジナルブレンドコーヒーになずけた銘なんだ」
「つまり、ひびきが俺にくれたご機嫌ブレンドを、飲ませてくれってことなの?」
「そう!」
もう耳まで真っ赤である。
和寿は一気に目覚めた。
朝からコーヒー一杯のために部屋に来てくれた日々希が可愛い。
この土日は会えないと思っていたのだ。
日々希から自分のところに来てくれた喜びと、目の前の彼のバツの悪い様子は、和寿に嗜虐心を引き起こす。
「ごめん。せっかく来てくれたんだけど、コーヒーは全部この前、西条たちと飲んでしまったんだ。あいつ、お前に負けずコーヒー好きだろ」
「え、そうだったんだ……」
申し訳なさそうにいうと、みるみる日々希の顔から赤みが消え、あきらめに支配されていく。
思っていることが手に取るようにわかる。
もっと困らせたい。
だけど同時に喜ばせたい。
相反する気持ちが胸に渦巻く。
こんな気持ちにさせられるのは、藤日々希だけ。
もっと真っ赤にして自分の名前を呼ばせ、しがみつかせ、上も下もぐちゃぐちゃにして泣かせたい。
「ひびきの特製ご機嫌ブレンドはないけど、別のものならあるよ」
和寿は昨夜、ソファに放り投げた紙袋をさも大事なものであるかのように手に取った。
中には茶事の土産が入っている。
京都の老舗のお茶屋の〇久小山園の、小さなお抹茶の缶を取り出した。
「コーヒーの代わりにお抹茶でも飲む?」
「朝からお抹茶を?でも道具がないといけないんじゃ」
道具ならあった。
北見が以前必要でしょうと実家から適当に見繕って持ってきたものだった。
抹茶椀や茶筅、茶杓だけでなく、箱点前ができる一式はある。
「お抹茶飲みたい」
すっかり顔が好奇心で輝いている。
「おおよその伝統文化に関しては習っているよ。茶に関しては、もっぱら飲む専門ではあるんだが、なんとかなると思う」
紙袋の中にはじょうよう饅頭も入っていて、ひとつ日々希に差し出した。
自分も朝食代わりにひとつ口にする。
器のしまう棚から、もこっとした志野茶碗と茶筅をだした。
湯を沸かし、志野茶碗を清め温める。
お抹茶の缶を開けて、茶杓ですくう。
湯を入れて、昨日の茶事ではどうしていたかな、と思い出しながら和寿はぐるぐると豪快に点てた。
目を丸くして見ていた日々希は、飛び散る泡に、点て終わるころには笑っている。
どんと、カウンター越しに日々希に差し出すと、日々希は笑顔で恭しく押し抱き、三口半で飲み切った。
最後にスンと音を立てて吸い切った。
和寿はそれをみて、あれと思う。
日々希はお抹茶を飲むのは初めてだと思いこんでいた。
「今度は和寿に点ててあげるよ。ソファにでも座って待ってて」
日々希と和寿は入れ替わる。
志野茶碗もいいけれど、と棚を何やら物色している。
日々希がひっぱりだしたのは藍と白と赤のラインが混ざるガラスの器。
「これがいいかな?そろそろ夏になるし、涼し気で良さげかも?」
無駄のない動きでやかんの湯を器に注ぎ、清め、抹茶の缶を、棗であるかのように茶碗に半掛かりにして蓋を開け、二回に分けて抹茶をすくう。
湯を注ぎ入れてからの茶筅で立てる動作も、和寿のよく言えば豪快、悪く言えば乱雑な動作と全く違う。
静かで優雅な動きで、シャカシャカと子気味良い軽快な音で抹茶を点てる。
和寿の前にだされたお抹茶は、こんもりと淡い苔色の泡で盛り上がったおいしそうなお抹茶である。
その味も、なめらかでクリーミー。
昨日の茶事で出された同じ抹茶なのに、まったく別もののようなおいしさだった。
日々希のギャップに何度驚かされるのだろう。
「子供の頃、父と母がお抹茶を取り寄せてはふたりだけで飲んでいていて、ふたりだけの時間でそれが子供の僕には本当に羨ましくて。僕も一緒に飲みたかったんだ。
中学になるまで子供にはきついからといって絶対に飲ませてもらえなかったから、中学になったときに飲ませてもらった時には本当にうれしくて、自分も点てたいっていって、二人から習ったんだ。父は適当でオッケーなんだけど、母が教えるとなったら、ほんと厳しくて。ピアノだって自分に対して教えるときは鬼のようだった。習いに来てた生徒には優しいのに。欲しいようならもう一服点てるよ」
日々希は和寿に手を伸ばす。
和寿は茶碗を渡す代わりに日々希の手を掴つかんだ。そして自分の方へ引く。
和寿は日々希に顔を寄せた。
日々希の口の上にお抹茶の緑の泡が残っている。
「なあ、お抹茶よりひびきの髭を食べたい」
「髭?」
「緑の髭」
和寿はなめとった。驚いた日々希が体を後ろに引こうとするが逃さない。
唇を重ねた。
「朝から会いに来てくれて嬉しい」
コーヒーが飲みたければ自販機だってある。
もうすぐしたら食堂も開く。
日々希がコーヒーが飲みたいというのは口実で言い訳なのだ。
本当は朝から和寿に会いたくて、会いに来たのだ。
抵抗する力が緩んだ。
抹茶の味が残る舌を、舌で絡めて味わう。
苦くて甘い、キスだった。
日々希の短く熱いため息を、和寿は食った。
忙しい北条久嗣の代わりに、某銀行の頭取主催のお茶事に招かれていた。
高校一年の和寿の参加は場違いだと思うが、父が代理で和寿を送り込んでも問題がないだろうとみなす程度の相手のようだった。
参加不参加に、和寿の決定権はどこにもない。
土曜日の朝、ヘリと飛行機を乗り継いで大阪へ行く。
下からのし上がった成金らしく、古い家を買取り改装した邸宅に真新しい離れ。
通好みの趣向にふさわしくない若輩者の同席に顔を見合わせる彼らを前にする。
丁寧に父、北条久嗣の欠席を詫びる。
「わたしが代理でくることになりました。なにぶんこのような正式な場に慣れておりません。いろいろ教えていただけるとありがたいのですが……」
途方にくれたように言うと、こんな子供を代わりに寄越して北条は何をふざけているの、と眉を寄せていた年配の女性は和寿の手をとり勇気づけるように笑顔を向ける。
「大丈夫ですよ。わたしと同じようにしていればいいのですから。さあ、今日のメンバーを紹介いたしましょう」
メンバーは今勢いのある企業の社長とその妻たちだ。伝統に即した着物姿の中に、和寿だけがスーツである。
あきらかに和寿だけが浮いている。
あくまでこのような格の高い茶事の作法も知らず当惑している。だけど父の顔を潰したくないから精一杯頑張るという健気な態度をとる。
世間で求められる高校一年生らしく、だが北条家の息子のイメージを崩さない程度に、失敗をしてみせる。
大人は子供が子供らしければ安心する。
彼らがどんな趣味で、どんなことに興味があって、大事にしていることはなんなのか、久嗣には決して見せない顔を子供の前では見せてくれる。
和寿は細かく記憶する。
誰と誰が仲がいいのか。
誰が誰に取り入ろうとしているのか。
そして、誰が自分に特別の興味を示すのか。
「北条のご長男の和寿くんは礼儀正しくてかわいいこと」
「かわいいなんてやめてください。恥ずかしいですから。わたしはもう一人前の大人です」
そういう背伸びした態度も、たいていの大人たちは好きである。
そして別れるとき、亭主役の頭取の奥様がお土産を用意してくれていた。
それも和寿にだけである。
「あなたが美味しいとおっしゃった本日のお茶ですよ。今度来るときまでに頂く練習をしておきなさい」
「ありがとうございます。今日のわたしがしでかした無礼は父には言わないでいてくれるとありがたいのですが」
「もちろんです。何かあったらご連絡なさい。わたしが手助けしますから」
亭主役だった頭取の40代の美人妻は和寿に顔をよせ、こそっと耳打ちをする。
次に続く約束と土産は気に入られた証拠だった。
多くの者に気に入られろ。
それが久嗣から指示だった。
貴重な休日がくだらないことで消費されていく。
寮のベッドに倒れ込んだ時には、門限ギリギリの時間であった。
カーテンを引くのを忘れて眠ってしまっていた。
朝日が顔に差しかかる。
日曜日なのになんの予定もない。
昨夜は引き止められそうなのを振り切って帰ってきたのだ。
帰ってこれないことも考えて日々希と約束をしていない。
コイビト関係に進んだつもりであるが、日々はどうも自覚が薄い。
土曜日は用事があるなら日曜日は僕との時間にしてほしい、なんていうぐらいの、コイビトぶりを発揮して欲しいと思うのだが。
ふと、コイビトに夢中なのは、自分だけなのではないかと思ってしまう。
その時、こんこんこんと軽い音がした。
がばっと飛び起きた。
この軽く控えめな音は日々希の音。
まだ6時台である。朝に訪問するには早すぎる時間だった。
「……おはよう。どうした」
和寿は日々希を迎え入れる。
日々希は上下鮮やかな水色のジョギングウエアを着ている。
休日の朝はジョギングをするのが日々希の習慣である。
「良かった。昨夜ヘリの音を聞いたからもしかして帰ってきてるんじゃないかと思ったんだ。走りに行く前にいつもコーヒーを沸かして飲んでいくことにしているんだけど」
「?」
日々希は言いにくそうに和寿の顔をうかがっている。
「コーヒーを切らしてしまって。だから、ご機嫌ブレンドが残っているようなら一つ欲しいなと思って」
「ご機嫌ブレンド?」
ご機嫌ブレンドが何を指すのかわからず反復すると日々希は眉を寄せて真っ赤になった。
「ご機嫌ブレンドっていうのは、この前僕が和寿にプレゼントしたオリジナルブレンドコーヒーになずけた銘なんだ」
「つまり、ひびきが俺にくれたご機嫌ブレンドを、飲ませてくれってことなの?」
「そう!」
もう耳まで真っ赤である。
和寿は一気に目覚めた。
朝からコーヒー一杯のために部屋に来てくれた日々希が可愛い。
この土日は会えないと思っていたのだ。
日々希から自分のところに来てくれた喜びと、目の前の彼のバツの悪い様子は、和寿に嗜虐心を引き起こす。
「ごめん。せっかく来てくれたんだけど、コーヒーは全部この前、西条たちと飲んでしまったんだ。あいつ、お前に負けずコーヒー好きだろ」
「え、そうだったんだ……」
申し訳なさそうにいうと、みるみる日々希の顔から赤みが消え、あきらめに支配されていく。
思っていることが手に取るようにわかる。
もっと困らせたい。
だけど同時に喜ばせたい。
相反する気持ちが胸に渦巻く。
こんな気持ちにさせられるのは、藤日々希だけ。
もっと真っ赤にして自分の名前を呼ばせ、しがみつかせ、上も下もぐちゃぐちゃにして泣かせたい。
「ひびきの特製ご機嫌ブレンドはないけど、別のものならあるよ」
和寿は昨夜、ソファに放り投げた紙袋をさも大事なものであるかのように手に取った。
中には茶事の土産が入っている。
京都の老舗のお茶屋の〇久小山園の、小さなお抹茶の缶を取り出した。
「コーヒーの代わりにお抹茶でも飲む?」
「朝からお抹茶を?でも道具がないといけないんじゃ」
道具ならあった。
北見が以前必要でしょうと実家から適当に見繕って持ってきたものだった。
抹茶椀や茶筅、茶杓だけでなく、箱点前ができる一式はある。
「お抹茶飲みたい」
すっかり顔が好奇心で輝いている。
「おおよその伝統文化に関しては習っているよ。茶に関しては、もっぱら飲む専門ではあるんだが、なんとかなると思う」
紙袋の中にはじょうよう饅頭も入っていて、ひとつ日々希に差し出した。
自分も朝食代わりにひとつ口にする。
器のしまう棚から、もこっとした志野茶碗と茶筅をだした。
湯を沸かし、志野茶碗を清め温める。
お抹茶の缶を開けて、茶杓ですくう。
湯を入れて、昨日の茶事ではどうしていたかな、と思い出しながら和寿はぐるぐると豪快に点てた。
目を丸くして見ていた日々希は、飛び散る泡に、点て終わるころには笑っている。
どんと、カウンター越しに日々希に差し出すと、日々希は笑顔で恭しく押し抱き、三口半で飲み切った。
最後にスンと音を立てて吸い切った。
和寿はそれをみて、あれと思う。
日々希はお抹茶を飲むのは初めてだと思いこんでいた。
「今度は和寿に点ててあげるよ。ソファにでも座って待ってて」
日々希と和寿は入れ替わる。
志野茶碗もいいけれど、と棚を何やら物色している。
日々希がひっぱりだしたのは藍と白と赤のラインが混ざるガラスの器。
「これがいいかな?そろそろ夏になるし、涼し気で良さげかも?」
無駄のない動きでやかんの湯を器に注ぎ、清め、抹茶の缶を、棗であるかのように茶碗に半掛かりにして蓋を開け、二回に分けて抹茶をすくう。
湯を注ぎ入れてからの茶筅で立てる動作も、和寿のよく言えば豪快、悪く言えば乱雑な動作と全く違う。
静かで優雅な動きで、シャカシャカと子気味良い軽快な音で抹茶を点てる。
和寿の前にだされたお抹茶は、こんもりと淡い苔色の泡で盛り上がったおいしそうなお抹茶である。
その味も、なめらかでクリーミー。
昨日の茶事で出された同じ抹茶なのに、まったく別もののようなおいしさだった。
日々希のギャップに何度驚かされるのだろう。
「子供の頃、父と母がお抹茶を取り寄せてはふたりだけで飲んでいていて、ふたりだけの時間でそれが子供の僕には本当に羨ましくて。僕も一緒に飲みたかったんだ。
中学になるまで子供にはきついからといって絶対に飲ませてもらえなかったから、中学になったときに飲ませてもらった時には本当にうれしくて、自分も点てたいっていって、二人から習ったんだ。父は適当でオッケーなんだけど、母が教えるとなったら、ほんと厳しくて。ピアノだって自分に対して教えるときは鬼のようだった。習いに来てた生徒には優しいのに。欲しいようならもう一服点てるよ」
日々希は和寿に手を伸ばす。
和寿は茶碗を渡す代わりに日々希の手を掴つかんだ。そして自分の方へ引く。
和寿は日々希に顔を寄せた。
日々希の口の上にお抹茶の緑の泡が残っている。
「なあ、お抹茶よりひびきの髭を食べたい」
「髭?」
「緑の髭」
和寿はなめとった。驚いた日々希が体を後ろに引こうとするが逃さない。
唇を重ねた。
「朝から会いに来てくれて嬉しい」
コーヒーが飲みたければ自販機だってある。
もうすぐしたら食堂も開く。
日々希がコーヒーが飲みたいというのは口実で言い訳なのだ。
本当は朝から和寿に会いたくて、会いに来たのだ。
抵抗する力が緩んだ。
抹茶の味が残る舌を、舌で絡めて味わう。
苦くて甘い、キスだった。
日々希の短く熱いため息を、和寿は食った。
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