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パリスの王女

37、王女の忠告

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ジュリアはぐいっと迫った。
二人が座る小さなカフェテーブルから身を乗り出す。

「 三年前に僕は彼に、ルージュに助けられたんだ。
僕はそこから逃げ出したくて、彼が抜け出すのを手助けしてくれたんだ」

「でも、それだけではないでしょう?
三年も前に別れた友人に対して以上の、ルージュお兄さまの執着を感じるわ!それに、、」

ジュリアは視線を外した。
「丁度三年前ぐらいからお兄さまはお人が変わられたのよ、、」

今度はリリアスが弾かれたように、ルージュによく似た美貌の金茶の娘を見た。
リリアスの心拍数が上がっていく。
自分が、あの時ルージュの元に戻らなかった。
それが何かを引き起こしてしまったのか?

「どんな風に、、」

「まず、王位を意識し始めたわ!それまでは興味がないといっていたのに!それで、カルサイトお兄さまとギクシャクしている」

「王位は兄に譲るといっていたのに、なんで、、」

もうひとつ知っておきたいことがあった。
忘れた頃に現れる夢のこと。
我知らず、リリアスの顔は苦痛に歪む。

「ルージュは幸せではないの?彼は結婚はしたの?もう23ぐらいでは、、」

王族は通常結婚がはやい。
「婚約者とはまだ結婚していないわ。でももう結婚するでしょうね。気になる?」

ジュリアは立ちあがり、リリアスの手をとって立たせた。

「光に透かしてみて。本当によく似ているでしょう?」

(ああ、確かに。金茶の髪、星の散らばる濃紺の瞳、僕の運命と思った人、、)

「あ、あのときは、僕は、ごめん。
閉じた世界に生きていたから、自由に世界を見たかったんだ。
王子というものを知らなくて、戻っても、あなたとこれからどうしたらよいかわからなかったんだ。もしそれが、あなたを苦しめてしまっていたのなら、、、僕は愛についてなにも分かっていない子供だったんだ、だから、、」

「だから、、、?」
怪しくジュリアを通してルージュの瞳が揺らめく。

「だから、もう夢に現れないでほしい。あなたに幸せになってほしい。僕を解放してほしい、、」

「解放ってどういうこと?もうあなたは自由でしょう、、?」

「パリスと樹海の約定は、僕からの一方的な無効の主張では駄目みたい。現に夢に現われ僕を、、」

(凌辱する)

ジュリアの頭は目まぐるしく回っていた。
樹海のキーワードはパリスの神話としきたりと、一部の王族や神官しか知らないパリスの繁栄の暗黒面に繋がっている。
ルージュは全く興味のない分野だったはずだ。

「約定って、樹海の古き民と、代替わりの次期王が交わすっていうあれ?」

リリアスは目を閉じた。
まぶたにあの時の光景が浮かぶ。

「あのときルージュが現れた。
僕と輝石を得た。輝石だけで約定は釣り合っている。僕は自由になるはずだった、、」

そこまで聞き出して、ジュリアは何もかものピースがはまった感じがした。
王位に興味がなかったルージュが変わったのは、時期王としての約定の権利を確かなものにするためだ。
輝石とこの、なんと樹海出身とはじめて知った若者の所有権を主張するために!

(そんなことってあるのかしら)

バラモンのムハンマド王弟のこの黒髪の若者に対する偏愛振りや、その前には現王が保護者であり愛人であったという噂や、先日少し知り合っただけのカルサイト兄まで気に掛けるところを見ると、なにか王族を引き付ける強力なものをリリアスは持っているのかもしれないと、ジュリアは思うのである。


それにリリアスは公にはしていないが、精霊の加護を持っている。
ずぶ濡れの二人の服を乾かした、風と火の加護。
パリスの暗黒面は、精霊の加護の力と結び付いている。
ジュリアは詳細は知らないが、知りたいとも思わない政治と歴史の裏側である。
ようやく、ジュリアは言った。

「本当に自由になるには、パリスの次期王と話し合わなければならないでしょう」

リリアスはうなずく。
それは幾度となく考えてきたことだ。

「でも、私はおすすめできないわ!パリスは見かけ通りの華やかな水の国ではないわ!
精霊の加護を持つものは利用されるわ!」

(実の兄の暗殺に使われたバードのように?)


「だからパリスに近寄らないことね!これがパリスを知る、わたしに言える精一杯の忠告よ。
このまま一生逃げ切るのがいいわ、、」

残酷にルージュと同じ顔をして、パリスの王女はいい放った。




パリスの王女(完)

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