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第四章 帝国の皇子
第22話 侵入
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押されてよろけて歩み入った。
尚も、バランスを崩しかけたのを押した張本人が腕を伸ばして腰と腕をつかみ、強引に引き寄せた。
抗議の声を上げようとするが、私の声をかき消すように、悲鳴がかぶさった。
「一体何なのよ!驚いたのはわたしよ!」
「すみません、ジュリが扉に手をかけた時に、足に焼け付くような痛みが走ったので思わずしがみついてしまいました」
「焼け付くような痛みですって?わたしは何も感じなかったわ」
「結界だと思います。ジュリは許可されているけれど僕は許可されていませんから」
美少年はわたしの体に巻き付けた腕を緩め、バツの悪そうに周囲を見回した。
「無理やり部屋に入ろうとしてわたしごと押し入ったんじゃあなく?」
鍵を開けたとたんに背後から押し込まれる、そういう犯罪があった。
グリーはわたしにあらぬことを疑われていることに気づき、紳士らしく距離をとった。
「驚かせて申し訳ありません。本当に緊急だったので。防御レベルが高い結界が扉にありました。うわ、焦げているっ」
かかとにかかるズボンの裾は焼け焦げ、煙が上がっている。
慌てて掌で何度も叩き、火の粉を消し去った。
グリーは図書館の奥の部屋でも見せたように、時折同年代の若者らしさがのぞく。
「結界の、熱線を足に受けたってことなの?もう少し遅ければ」
「僕は焼き鳥になっていました。もしくは真っ二つに切断されていたか」
「そんな恐ろしいこと起こるはずないでしょ。ホラー映画でもあるまいし。もう、情けない声を出さないでよ。男でしょ」
「ホラー映画?男でも怖いものは怖いですから」
「防御レベルが高いっていったわよね。通常は違うものなの?」
「守るものによってその威力は異なります。部屋を守る程度でしたら、」
グリーは言いかけて、じっとわたしを見つめた。
「あなたは基本的な常識がないのでしたね」
「この世界のね」
グリーはいぶかし気に首をかしげるが、続けた。
「通常は、中に入る資格のないものが、扉を悪意なく、それも不用意に触れることもあるので、問答無用の殺人熱線を放って侵入者を撃退することはありません。けたたましく音が鳴り響くとか、びりびりと電流が走るとか、入りたくないような気分にさせるとか、はじき飛ばすとか、その程度です。そこに扉があっても見えなくする、という目くらましの結界もありますし」
「リーンという鈴の音のような音が聞こえる」
わたしは迷わず右手のクローゼットの横の箪笥の中からタオルを二つ取り出した。
ひとつはわたし用、もうひとつはグリー。
ハリーはこの部屋に入ったことはないが、アリサは結界を超えられる。
窓の外扉を締めれば中に入ってくるだろう。
「ここはそういう、防御レベルが高いところだから、せっかくどさくさに入ってきたのはいいけれど、すぐにこの部屋からでてもらえないかしら?」
差し出したタオルにグリーは手を伸ばさない。
結界の衝撃から落ち着くと、好奇心に目を光らせ興味深く天井から周囲にぐるりと視線をめぐらしている。
そして、部屋の中央の白い紗幕のテントに気が付いた。
「ここはジュリア姫の部屋なのですか?良い言い方をすれば、南国の楽園のような……。温室のような。彼女はもしかしてあの天蓋の中に?それにしては人の気配がありませんが。ここは、静かすぎる。悪い言い方をすれば、ここは霊廟のようだ。もしかして、姫はすでに死に、自国民だけでなく帝国をたばかっているのではないのですか?」
外の騒ぎは知らず、空調の音だけが静かに細長く続いていた。
その中に眠り続ける姫がいる。
わたしがこの世界に引き寄せられた理由。
シャジャーンが愛する射干玉の黒髪の、美しい姫。もし、彼女があえなく目覚めなければ、わたしは速やかに現実にもどれるのだろうか。先程よぎった妄想は、わたしの心の願望なのかもしれない。
「わたしのこともジュリア姫に近づくために近づいたのね」
「ジュリア姫は、絶世の美女と周辺諸国に名高いレソラです。この一年体調を崩したと聞いて、その身を案じないでいられるはずがないじゃないですか。ルシルス王子はジュリア姫に会いに帰国したというのに、ご一緒におられる姿も見ておりませんし、好奇心…、興味…、いえ、心配します。本当は一目見たくて、海を越えてやってきました。数々の求婚を退け、アルメリア王国の奥つ城に守られた麗しい姫の噂を聞かない日はございません。あなたが姫の遠方から来られたご友人だと聞き、あなたと知り合いになるチャンスを狙っていました」
グリーの足が真っ白の紗幕に向かう。
首筋に緊張を読み取れた。
彼のことを優しそうな若者と思っていたけれど、本当の彼は別の顔を持っているのかもしれない。
一人で、限られたものしか入れないはずの姫の寝室に、わたしと嵐を利用して侵入を成功させた。
その心を失い眠り続ける、人形のようなジュリア姫を知る、親近者と侍女とシャディーン、そしてわたし以外の初めての者になろうとしている。
「僕が来たことを知れば、驚くでしょうか」
その耳が上気している。
「勝手に見知らぬ男が寝室に入ってきて、無防備な寝顔を見ていたと知ったら驚かないはずはないでしょ。わたしなら、そんな男と仲良くなりたいとは思わないわよ。ちゃんと知り合いに、そしてそれ以上の関係になりたいのなら折り目と筋目をただすべきじゃないの?」
「折り目と筋目?」
紗幕に手をかけたまま、グリーは足を止めた。
稲妻がひかり、一瞬、ベッドに横たわる娘の影が紗幕に透けた。
「折り目、筋目、けじめよ。あなたがどういう人かしらないけれど、貴族なのでしょう?しかるべき筋を通して、申し込んで、会えるように努力すべきなのじゃないの?こんな、どさくさに紛れて顔をみようなんて見つかったら、ひどい罰を受けるのではないの?今なら不可抗力で避難したためと片付けられるかも。今すぐこのレディの部屋からでるのであれば」
尚も、バランスを崩しかけたのを押した張本人が腕を伸ばして腰と腕をつかみ、強引に引き寄せた。
抗議の声を上げようとするが、私の声をかき消すように、悲鳴がかぶさった。
「一体何なのよ!驚いたのはわたしよ!」
「すみません、ジュリが扉に手をかけた時に、足に焼け付くような痛みが走ったので思わずしがみついてしまいました」
「焼け付くような痛みですって?わたしは何も感じなかったわ」
「結界だと思います。ジュリは許可されているけれど僕は許可されていませんから」
美少年はわたしの体に巻き付けた腕を緩め、バツの悪そうに周囲を見回した。
「無理やり部屋に入ろうとしてわたしごと押し入ったんじゃあなく?」
鍵を開けたとたんに背後から押し込まれる、そういう犯罪があった。
グリーはわたしにあらぬことを疑われていることに気づき、紳士らしく距離をとった。
「驚かせて申し訳ありません。本当に緊急だったので。防御レベルが高い結界が扉にありました。うわ、焦げているっ」
かかとにかかるズボンの裾は焼け焦げ、煙が上がっている。
慌てて掌で何度も叩き、火の粉を消し去った。
グリーは図書館の奥の部屋でも見せたように、時折同年代の若者らしさがのぞく。
「結界の、熱線を足に受けたってことなの?もう少し遅ければ」
「僕は焼き鳥になっていました。もしくは真っ二つに切断されていたか」
「そんな恐ろしいこと起こるはずないでしょ。ホラー映画でもあるまいし。もう、情けない声を出さないでよ。男でしょ」
「ホラー映画?男でも怖いものは怖いですから」
「防御レベルが高いっていったわよね。通常は違うものなの?」
「守るものによってその威力は異なります。部屋を守る程度でしたら、」
グリーは言いかけて、じっとわたしを見つめた。
「あなたは基本的な常識がないのでしたね」
「この世界のね」
グリーはいぶかし気に首をかしげるが、続けた。
「通常は、中に入る資格のないものが、扉を悪意なく、それも不用意に触れることもあるので、問答無用の殺人熱線を放って侵入者を撃退することはありません。けたたましく音が鳴り響くとか、びりびりと電流が走るとか、入りたくないような気分にさせるとか、はじき飛ばすとか、その程度です。そこに扉があっても見えなくする、という目くらましの結界もありますし」
「リーンという鈴の音のような音が聞こえる」
わたしは迷わず右手のクローゼットの横の箪笥の中からタオルを二つ取り出した。
ひとつはわたし用、もうひとつはグリー。
ハリーはこの部屋に入ったことはないが、アリサは結界を超えられる。
窓の外扉を締めれば中に入ってくるだろう。
「ここはそういう、防御レベルが高いところだから、せっかくどさくさに入ってきたのはいいけれど、すぐにこの部屋からでてもらえないかしら?」
差し出したタオルにグリーは手を伸ばさない。
結界の衝撃から落ち着くと、好奇心に目を光らせ興味深く天井から周囲にぐるりと視線をめぐらしている。
そして、部屋の中央の白い紗幕のテントに気が付いた。
「ここはジュリア姫の部屋なのですか?良い言い方をすれば、南国の楽園のような……。温室のような。彼女はもしかしてあの天蓋の中に?それにしては人の気配がありませんが。ここは、静かすぎる。悪い言い方をすれば、ここは霊廟のようだ。もしかして、姫はすでに死に、自国民だけでなく帝国をたばかっているのではないのですか?」
外の騒ぎは知らず、空調の音だけが静かに細長く続いていた。
その中に眠り続ける姫がいる。
わたしがこの世界に引き寄せられた理由。
シャジャーンが愛する射干玉の黒髪の、美しい姫。もし、彼女があえなく目覚めなければ、わたしは速やかに現実にもどれるのだろうか。先程よぎった妄想は、わたしの心の願望なのかもしれない。
「わたしのこともジュリア姫に近づくために近づいたのね」
「ジュリア姫は、絶世の美女と周辺諸国に名高いレソラです。この一年体調を崩したと聞いて、その身を案じないでいられるはずがないじゃないですか。ルシルス王子はジュリア姫に会いに帰国したというのに、ご一緒におられる姿も見ておりませんし、好奇心…、興味…、いえ、心配します。本当は一目見たくて、海を越えてやってきました。数々の求婚を退け、アルメリア王国の奥つ城に守られた麗しい姫の噂を聞かない日はございません。あなたが姫の遠方から来られたご友人だと聞き、あなたと知り合いになるチャンスを狙っていました」
グリーの足が真っ白の紗幕に向かう。
首筋に緊張を読み取れた。
彼のことを優しそうな若者と思っていたけれど、本当の彼は別の顔を持っているのかもしれない。
一人で、限られたものしか入れないはずの姫の寝室に、わたしと嵐を利用して侵入を成功させた。
その心を失い眠り続ける、人形のようなジュリア姫を知る、親近者と侍女とシャディーン、そしてわたし以外の初めての者になろうとしている。
「僕が来たことを知れば、驚くでしょうか」
その耳が上気している。
「勝手に見知らぬ男が寝室に入ってきて、無防備な寝顔を見ていたと知ったら驚かないはずはないでしょ。わたしなら、そんな男と仲良くなりたいとは思わないわよ。ちゃんと知り合いに、そしてそれ以上の関係になりたいのなら折り目と筋目をただすべきじゃないの?」
「折り目と筋目?」
紗幕に手をかけたまま、グリーは足を止めた。
稲妻がひかり、一瞬、ベッドに横たわる娘の影が紗幕に透けた。
「折り目、筋目、けじめよ。あなたがどういう人かしらないけれど、貴族なのでしょう?しかるべき筋を通して、申し込んで、会えるように努力すべきなのじゃないの?こんな、どさくさに紛れて顔をみようなんて見つかったら、ひどい罰を受けるのではないの?今なら不可抗力で避難したためと片付けられるかも。今すぐこのレディの部屋からでるのであれば」
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