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第四章 帝国の皇子
第25話 未来
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グリーは傲慢に、ルシルス王子は忍耐強く互いに接していた。
ルシルス王子の視線は妹が眠る天蓋ベッドへと向かう。
苦悩とあきらめで、疲労感が一層濃くいつもは陽気な顔を陰らせる。
「もう、お会いになられましたか」
「まだに決まっているだろう。直接良いという許可を得られていないのだから」
「ジュリアの寝室にまで入りこんで本人の許可もなにもあるものじゃないと思いますが」
「そこは折目、筋目、なによりけじめをつける必要はあるだろう?」
グリーはわたしの言葉をさも当然のように真面目な顔でいう。
ルシルス王子は唇を引きむすんだ。
「アストリアに来られた時にわたしにおっしゃってくださいましたら、引き合わせをしましたのに」
「ふん。今まで何度打診して、ごまかされたと思う。真正面から向かっても取り合ってくれないのはわかっているからな」
「それで、騒ぎを起こしアストリア国を混乱に陥らせ、ジュリを味方につけて内側から扉を開けさせたのですか」
ルシルスの怒りのにじむ冷たい視線がわたしに向かう。
わたしが口を開くまえにグリーが遮った。
「彼女がいなければ俺の足はやけどしていた。もし俺が怪我でもするようなら、帝国とアストリアで亀裂が生じたであろう」
まがまがしいものを含む言い方である。
わたしは頼りなげで優し気な若者が、目の前で別のものに変貌していくさまを驚愕をもってみていた。
「その程度ですんでご自分の足で立つことができるので運がよかったのですよ。限られた者しか入ることができないようにしておりますので」
「それなのにどうして彼女は特別扱いなんだ?」
「彼女は妹の心を慰める存在なのです」
「常識に縛られない奔放なところがか?」
グリーの口元に笑みが浮かぶ。
遊女のことを思い出しているのかと思うと顔がほてりだした。
「そういうところです。わかりました。もうこれ以上、我が国を掻き回さないとお約束ください。妹の状態をその目で見て知っていただき、改めて、婚約の内示の件をご相談申し上げたいのですが」
ルシルスはグリーをジュリアの横たわるベッドに案内していく。
ルシルスの長身の背中はあきらめをにじませ、グリーは小さな暴君のような弾けるような覇気を感じさせた。
観葉植物の森の中にわたしとシャディーンは残された。
理解が染み入ってくると同時に、体が急速に冷えていく。
頼りなげで優し気な印象は自然だったので、巧妙に演出されたものだとは思わなかった。
ルシルスと対峙している今の傲岸不遜な態度が素だとすれば、別人と思えるような外面を身に着けなければならない事情があるのかもしれない。
わたしがグリーに油断をしてしまったように、これまで周囲に取り巻く者たちを油断させる必要あったのかもしれない。
だけど、嵐に便乗し、外部からの侵入者がジュリア姫のこの部屋に入るきっかけをわたしが与えてしまったことにはかわりはなく、アストリア王国の最奥の秘密部屋にどう転がるかわからない異分子を招いてしまったのはわたしの責任だった。
シャディーンは押し黙り、沈黙の重さに耐えられなくなったのはわたし。
「……本当にあのグリーが、ロスフェルス帝国の皇子なの?」
「ルシルスの態度からみて本当だろう」
「なら彼が、ジュリア姫の婚約者なの」
返事をするまでたっぷりとシャディーンは間を開ける。
「ロスフェルス帝国の第三皇子の、婚約者候補の一人に名前があがっただけだ。だがそのためにジュリア姫はあのようになった」
グリーのせいだと言わんばかりである。
胸のなかに反感の芽が開く。
「グリーが暴漢とは直接関係がないのでしょ?彼のせいにするには飛躍しているわ。ジュリアがロスフェルス帝国の皇子妃になることを望まなかった他の勢力が動き、それがどの勢力なのかつかみきれないのでしょ?」
さすがにアイリス王妃じゃないかと口にだすことははばかられた。
「いずれの勢力だとしても、ロスフェルス帝国に行けばわたしの姫は苦しみぬいて、幸せにはならなかっただろう。俺やルシルス王子のように、グリーリッシュ皇子が政略目的で迎えた姫を、心から愛し、いつくしみ、守り抜くことは期待できないのだから。そうして安穏の地から略奪されるようにしていった姫は、過酷な皇子妃候補の権力闘争に巻き込まれ、いびり抜かれ、頼りにする皇子の援助もえられることはなく、いびり殺されることになるのは避けたかった」
瞑目するシャディーンの言葉は、自分自身に言い聞かせるように聞こえた。
その言葉に違和感を感じる。
「まるで、見てきたように言うのね。魔術師は未来を見れたりするの?」
魔術師はゆっくりと首をめぐらしてわたしをみた。
初めて、わたしがここにいることに気が付いたかのように瞬いた。
「未来は不確定で、不安定なんだ。何気ない些細なことがきっかけで、結果は180度変わりうるんだよ。だから、未来を覗いても、それはただひとつの一番起こりうる可能性が高い、ひとつの形に過ぎない」
「わたしがここにいる未来も見たの?」
本当に聞きたいのは、わたしは生きて元の世界に戻れるかどうかだ。
「未来は常に変わりうると言っただろう。だから見てもそれが本当の未来ではない」
「帝国でいびり殺される未来が、ジュリアはこの霊廟のような部屋で眠り続ける未来に変わったように?」
「その通りだ」
苦悩が言葉となってこぼれ出た。
ルシルス王子の視線は妹が眠る天蓋ベッドへと向かう。
苦悩とあきらめで、疲労感が一層濃くいつもは陽気な顔を陰らせる。
「もう、お会いになられましたか」
「まだに決まっているだろう。直接良いという許可を得られていないのだから」
「ジュリアの寝室にまで入りこんで本人の許可もなにもあるものじゃないと思いますが」
「そこは折目、筋目、なによりけじめをつける必要はあるだろう?」
グリーはわたしの言葉をさも当然のように真面目な顔でいう。
ルシルス王子は唇を引きむすんだ。
「アストリアに来られた時にわたしにおっしゃってくださいましたら、引き合わせをしましたのに」
「ふん。今まで何度打診して、ごまかされたと思う。真正面から向かっても取り合ってくれないのはわかっているからな」
「それで、騒ぎを起こしアストリア国を混乱に陥らせ、ジュリを味方につけて内側から扉を開けさせたのですか」
ルシルスの怒りのにじむ冷たい視線がわたしに向かう。
わたしが口を開くまえにグリーが遮った。
「彼女がいなければ俺の足はやけどしていた。もし俺が怪我でもするようなら、帝国とアストリアで亀裂が生じたであろう」
まがまがしいものを含む言い方である。
わたしは頼りなげで優し気な若者が、目の前で別のものに変貌していくさまを驚愕をもってみていた。
「その程度ですんでご自分の足で立つことができるので運がよかったのですよ。限られた者しか入ることができないようにしておりますので」
「それなのにどうして彼女は特別扱いなんだ?」
「彼女は妹の心を慰める存在なのです」
「常識に縛られない奔放なところがか?」
グリーの口元に笑みが浮かぶ。
遊女のことを思い出しているのかと思うと顔がほてりだした。
「そういうところです。わかりました。もうこれ以上、我が国を掻き回さないとお約束ください。妹の状態をその目で見て知っていただき、改めて、婚約の内示の件をご相談申し上げたいのですが」
ルシルスはグリーをジュリアの横たわるベッドに案内していく。
ルシルスの長身の背中はあきらめをにじませ、グリーは小さな暴君のような弾けるような覇気を感じさせた。
観葉植物の森の中にわたしとシャディーンは残された。
理解が染み入ってくると同時に、体が急速に冷えていく。
頼りなげで優し気な印象は自然だったので、巧妙に演出されたものだとは思わなかった。
ルシルスと対峙している今の傲岸不遜な態度が素だとすれば、別人と思えるような外面を身に着けなければならない事情があるのかもしれない。
わたしがグリーに油断をしてしまったように、これまで周囲に取り巻く者たちを油断させる必要あったのかもしれない。
だけど、嵐に便乗し、外部からの侵入者がジュリア姫のこの部屋に入るきっかけをわたしが与えてしまったことにはかわりはなく、アストリア王国の最奥の秘密部屋にどう転がるかわからない異分子を招いてしまったのはわたしの責任だった。
シャディーンは押し黙り、沈黙の重さに耐えられなくなったのはわたし。
「……本当にあのグリーが、ロスフェルス帝国の皇子なの?」
「ルシルスの態度からみて本当だろう」
「なら彼が、ジュリア姫の婚約者なの」
返事をするまでたっぷりとシャディーンは間を開ける。
「ロスフェルス帝国の第三皇子の、婚約者候補の一人に名前があがっただけだ。だがそのためにジュリア姫はあのようになった」
グリーのせいだと言わんばかりである。
胸のなかに反感の芽が開く。
「グリーが暴漢とは直接関係がないのでしょ?彼のせいにするには飛躍しているわ。ジュリアがロスフェルス帝国の皇子妃になることを望まなかった他の勢力が動き、それがどの勢力なのかつかみきれないのでしょ?」
さすがにアイリス王妃じゃないかと口にだすことははばかられた。
「いずれの勢力だとしても、ロスフェルス帝国に行けばわたしの姫は苦しみぬいて、幸せにはならなかっただろう。俺やルシルス王子のように、グリーリッシュ皇子が政略目的で迎えた姫を、心から愛し、いつくしみ、守り抜くことは期待できないのだから。そうして安穏の地から略奪されるようにしていった姫は、過酷な皇子妃候補の権力闘争に巻き込まれ、いびり抜かれ、頼りにする皇子の援助もえられることはなく、いびり殺されることになるのは避けたかった」
瞑目するシャディーンの言葉は、自分自身に言い聞かせるように聞こえた。
その言葉に違和感を感じる。
「まるで、見てきたように言うのね。魔術師は未来を見れたりするの?」
魔術師はゆっくりと首をめぐらしてわたしをみた。
初めて、わたしがここにいることに気が付いたかのように瞬いた。
「未来は不確定で、不安定なんだ。何気ない些細なことがきっかけで、結果は180度変わりうるんだよ。だから、未来を覗いても、それはただひとつの一番起こりうる可能性が高い、ひとつの形に過ぎない」
「わたしがここにいる未来も見たの?」
本当に聞きたいのは、わたしは生きて元の世界に戻れるかどうかだ。
「未来は常に変わりうると言っただろう。だから見てもそれが本当の未来ではない」
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「その通りだ」
苦悩が言葉となってこぼれ出た。
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