悪女がお姫さまになるとき

藤雪花(ふじゆきはな)

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第四章 帝国の皇子

第26話 代替

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 シャディーンの苦しみに飲まれそうになる。
 彼は、苦悩を頭を振り振り払った。
 その代りに無意識なのかわたしの髪に手を伸ばし、指先を濡らす。
 重々しく指を飾っていた輝石が薬指のダイヤひとつしか残っていなかった。

「濡れているじゃないか。早く着替えないと風邪をひく」

 シャディーンはぬくもりの籠るマントをわたしの肩にかけた。
 首に巻いていたタオルを手に取り、毛先から滴り落ちる髪を乱暴に拭く。
 慣れていない手つきでも、それでもしてあげたいと彼が思うのは、少しはわたしのことも気にしてくれているから?

 つい先ほどまで、彼はわたしを抱いていた。
 その目に欲望が陰るのを見てわたしはおぼれたのだ。
 彼の手の感触を肩に頬にまざまざと思い出すことさえできる。
 キスだって、何度もした。
 
「今夜は帝国の皇子に押し入られたせいで、まだ姫との時間をすごせていないのだろう?」
「まだよ。そんな時間なかったわ」

 シャディーンの熱がこもる目がわたしを刺し貫く。
 眼差しは抑えきれず官能を呼び覚ます。

「彼らが出て行ったら義務は果たすわ」
「君の輝きが、ジュリア姫を目覚めさせうるのだと、俺は信じている」
 頷けば、シャディーンの肩の力がわずかに抜ける。
 彼はわたしの命綱。

 
 天幕を開くルシルス王子の横からでてきた帝国の皇子は、まっすぐわたしの方へ足を向ける。
 その迷いのない冷たい背中をルシルス王子が追う。 


「……今の妹の状況をご理解いただいたと思いますので、婚約話はなかったことでよろしいですね」
「周囲で騒いでも目覚めることがなく、生気も薄い。あの状態で生きていると言えるのか?」
「もちろん生きております!心臓も動き呼吸もしております!我々はほうぼう力を尽くしているのです」
「婚約をなかったことにしたいようだが、これは帝国と辺境の国の友好関係を維持する取引だ。はいそうですかと引き下がることはできない。最悪、あの状態でということになるか?」
「どうしてもというのなら、二の姫を」

 怒りを抑えて顔を真っ赤にし、ルシルスは食いしばった歯の間から絞り出すように言う。 
 二の姫とは7つのセシリア姫である。

「はは。餓鬼すぎてこちらから願い下げだよ。美しく誉れ高いジュリア姫をロスフェルスに来させることができないのなら、それに代わる価値のあるものを差し出さねばならないだろう、ルシルス?」
「例えば、どういうものですか」
「俺に考えろというのか?そんな態度なら、帝国官僚にいいように言い含められるぞ?俺は後見の一人であるお前に期待している。だから、油断できない後妻の系列をロスフェルスの内部に取り込まないようにしようというのに」
「それはそうですが……」
 
 グリーは鼻を鳴らした。
 柔らかで優しいものをまとっていた同年代の少年はここにはいない。
 赤くなったり青くなったりするルシルスを、10も年下の美少年があざ笑う。
 こんなに人は印象を自在に変えられるものなのかと唖然としてしまう。
 そのくせ、目をそらせられない凄絶な美しさがそこにはあった。


「そうむつかしく考えるな。そうだな、アストリアの港は海洋交易の中継地として毎日100以上の船が寄港しているようだな。その船から寄港税の何割かを差し出すか、荷を下ろし税やアストリア国で成立した交易の、その何割か、もしくはすべてを俺に差し出すか」
「交易税を差し出せというのですか!」

 ルシルス王子は声を荒げた。
 足を止めたグリーはルシルス王子を振り返る。

「俺の二人の兄ではなくお前が俺に忠実であるという証拠を差し出せと言っている。アストリア次期国王になるというのなら、支援してやる。だがその前に、俺は確証が欲しい。寄港税、交易税が無理だというのなら、その他の永続的に収められる特産物でもなんでもいい」
「それは、我が国には帝国の市場経済で高価な値がつく工芸品などございませんし、水産加工品は、我が国の漁民の生計の糧であり……」
「アストリアの懐事情を聞いているのではない。お前の忠誠を示せと言っているだけだ。血を分けた妹を差し出さない、寄港税、交易税は無理、永続的に収益が上がる特産品がないというのなら」

 グリーはシャディーンが頭を下げ退いた間に立った。

「なら、別の女を差し出すか?」
「彼女は身分も後ろ盾もないただの娘でございます」
「ただの娘が厳重に結界が張られた内側に無傷で入れるはずはないだろう?」
「へ、わたし!?」

 素っ頓狂な声を上げてしまった。
「どこをどう間違ったらジュリア姫の代りが、交易税や特産品で、その代りがわたしになるのよ」
「それもそうですが」

 くすりと笑うグリーは、傲慢で傍若無人な皇子からわたしの知るグリーへと戻ってくる。
 ゆっくりと毒々しい色味をもった毒蛇がその皮を脱いで、金と銀の美しい子蛇が生まれていく様子を目のまえで見た。表情だけでなく、声も姿勢も、緩やかに変化していく。

「グリーリッシュ皇子、彼女は我が国の貴賓でありますが、彼女を差し出すことがわたしの忠誠を示すこととつながらないように思うのですが」
 ルシルス王子は面食らいながら、わたしとグリーを交互に見比べ、その提案の是非を計算している。

「樹里はなりません」

 押さえた声ですかさずたしなめたのはシャディーン。
 ジュリア姫のためにわたしがこの世界に呼ばれたのに、ジュリアを目覚めさせる前にわたしがいなくなったら、いつまでたってもジュリアを目覚めさせることはできない。
 ルシルス王子もそのことに気が付いた。

 その時、扉を叩く音が響く。
「ルシルスさま、こちらに息子が中にいると騒ぐものたちが押し掛けております。どうしたものかと思いまして」
 それを聞き、ルシルス王子は言う。
 ほっとした色が見える。

「皇子の部下たちですね。これ以上ここにいると騎士団と皇子の騎士で切り合うことになるかもしれません。皇子もひとまず妹の状況を理解していただけたと思うので、いったん別室へご案内いたします。代替のことは改めて検討させてください」
「広間でいい」
「はい?広間は避難民が押し寄せて大変な状態ですが」
「それでいい。わたしはただの商人の息子のグリーですから。ジュリ、またお会いいたしましょう」

 帝国の第三皇子グリーリッシュは再び、優し気な雰囲気を醸し出す美少年に戻っていた。
 そのギャップにめまいを感じる。
 わたしはひとり残された。
 大粒の雨音が聞こえくる。
 ずっとしていたのかもしれない。
 シャディーンのマントを脱ぎ、ローブを脱ぎ、濡れた下着まですべて脱いだ。
 どんな日でもわたしは日課をこなさねばならない。
 だから、この世界でしなければならないことをする。

 ジュリアは静かに寝息を立てている。
 完璧な孤を描くまつ毛はしっかりと閉じ合わされている。
 わたしはジュリアのシーツにもぐりこんだ。
 ジュリアのしっとりとしたなめらな体から放射される熱が心地良い。
 シャディーンは肌を合わせながら、わたしの体を治癒したのか、嵐が通り過ぎた翌朝、同じベッドで目覚めるまで、咳一つでなかったのである。



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