悪女がお姫さまになるとき

藤雪花(ふじゆきはな)

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第五章 価値あるもの

第37話 酒造り ④

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 しばらく静かであった王城に再び音楽が戻ってきていた。

 王城の広間は少年楽団たちの練習の場となる。
 王城のおかかえ楽団の定期練習に、貴族たちのダンスレッスンなどに加え、各地からジュリアの部屋に運び込まれていた工芸品や特産品が今度は王の間の広間の壁際にずらりと並べ置かれることになり、避難所の時とはまた異なる優雅さと野暮ったさが混ざり合う、雑然とした賑やかさが広間に満ちていた。

 わたしは彼らの邪魔をしないように、ジュリアの部屋から運んできた荷物を置いた。
 黒い漆に卵の殻の白さを活かし螺鈿細工をほどこしたお椀や箸の一式である。
 
 実用目的で作られたものは、丈夫で長持ちという用の美がある。
 ルシルス王子が欲しいのは、他国から取り寄せてまで欲しくなるような美術的鑑賞に堪えうる品。
 卵の殻の螺鈿もいいが、手に入りやすいものよりも、白蝶貝の虹色の輝きを螺鈿にした方が高価で海に囲まれたアストリアらしさが際立つ。
 食べ物なら、アストリアの国では栽培や採集でき、美食の品なり健康増進に役立つ収穫物がいい。
 だけど、どれもいまひとつ、ルシルス王子の心を捉えていない。

 ルシルス王子が500を超える品をアストリア全土から取り寄せているのは、これらの中からジュリア姫の代りにグリーリッシュ皇子を納得させるためのものを選び出すためなのだが、一向に定まらないのだ。

 ジュリアの部屋が足の踏み場もないようになって、ジュリアの世話に支障をきたしはじめた。
 それで、いったん倉庫にでも仮置にという流れになりかけたのだった。
 そこでふたたびわたしは発言してしまった。

 倉庫にしまえば、酒倉庫の酒のように埃をかぶるだけ。
 王の間の広間に置き、人々の目に留まるようにして、ほしい人に購入してもらうのはどうでしょう、とわたしは提案する。
 
「食材なら王城の厨房で使うことも可能だけど、棚やら陶器類はたしかに今差し迫って必要なものじゃない。一度、ジュリのいうように、一定期間展示して反応をみましょうか。そうですね、王城が解放され人々の出入りがある祭りの後ぐらいまでがいいかもしれませんね。そして気に入ったものをオークション方式で値段を記入してもらいましょう。不人気だったものは、祭りの後にでも、まとめて安く払い下げることにして、王城に不要な在庫を抱えない方向で。そしてその結果は当事者にフィードバックする。そして、民には、今後、生産するときに実用としてのものなのか、ひと手間加えた技術や稀少価値を加えた特産品としてのものなのか、意識して製造してもらうのもいいな」

 長老や官僚たちと違って、若き次期王、ルシルス王子の反応は素早い。
 10か国以上の国々を統べるロスフェルス帝国に長年留学し官僚として政治産業を知るルシルス王子は、わたしの思いつきに、自分の考えを加えて発展させる。
 ルシルス王子が言うと、それもいいかもしれないと思わせる明るさがあり、それが彼のカリスマなのだ。

 ジュリアの部屋に運び込まれていたもののなかに酒類があった。
 わたしは、一番端のテーブルに置かれた酒瓶や小ぶりな樽をじっとりと見た。
 テーブルには何も置かれていないスペースが確保されている。
 ご丁寧に、間違っておかれないように、テーブルに張り紙が貼られている。
 
 ここは、アイリス王妃とジュリア姫の新酒置き場である。
 出来上がり次第、この場で試飲が可能とする。
 試飲したものは、王妃と一の姫の酒のどちらが美味しかったか、判断しなければならない。
 美味しいと思う箱の中に、試飲時に渡す花を入れよ。
 祭りの開催の儀式の直前に箱の中をあらため、花が多い方を今秋の祭りの献上酒とすることとする。
 
 張り紙には、アストリア王の署名までご丁寧に添えられている。

 知らずため息が漏れる。
 酒造りがこんなにたいそうなことになるとは思わなかった。
 署名はアストリア王ではあるが、献上の酒をかけた勝負をいいだしたのはルシルス王子である。

 祭りの酒は自分が作ったものが使われることを疑わなかったアイリス王妃の愕然とした顔が思い浮かぶ。
 その顔から血の気がうせ唇が震える。
 抗議の言葉を発することもできないぐらい、王妃は激怒していた。

 温厚な王は、息子の思いつきをアイリス王妃の形相に恐れをなして止めようとする。酒を造ったらいいといったのはこの王だったのだけれど。

 朗らかな笑顔でルシルス王子は押し切ってしまったのだった。
 わたしへのウインクを添えて。
 アイリス王妃の怒りの矛先がわたしに向かうじゃないの。
 ルシルス王子を止められず、王妃の怒りを鎮められなかったアストリア王は軟弱者だと確信する。
 もしわたしの作った麹の酒が、王妃の花よりもたくさんの花を集めてしまったならば。


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