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第五章 価値あるもの
第37話 酒造り ④ 2
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いたぶるだけの対象だったわたしは、怒りをぶつける対象になるのは避けられないのじゃないの?
ジュリアの母はアイリス王妃が子を産む直前に何者かに毒殺された。
見栄と嫉妬、愛憎渦巻く王城で、わたしも巻き込まれるかもしれない。
愛というよりも、顔を立てなかった怒りで殺されそうになるのかもしれない。
そこまで思って、こぶしを握り締めていることに気が付き、力を抜く。
麹の酒は、うまくいくかそもそもやってみなければわからない。
うまくいけば、さわやかな香の美味しい酒になるはずだけれど、うまくいかなくて献上の酒はアイリス王妃の酒が使われることのほうが、よりあり得る未来なんだろう。
アイリス王妃は鼻高々だろうし、その時はわたしは落ち込んで見せたら彼女は満足だろう。
ただ、わたしは麹の酒の香を嗅ぎたい、ほんの少しでも味わいたい。
ずいぶん長く、異世界にいる。
生まれ育った実家の匂いを嗅ぎたいだけ。
音楽が止んでいる。
少年楽団の何人かはわたしにちらちら視線を送ってきていた。
「……ジュリ、もう楽団に入らないのかよ」
振り返れば、少年楽団から離れ、年嵩のグループリーダーのマグナーがすぐ後ろにいる。
「混ざりたいとは思うんだけれど、女子は無理だと聞いたけれど」
「そんなルール、正直いって馬鹿げてるよな」
マグナーはわたしの髪を見る。
夏の嵐の時もマグナーたちは避難していた。
彼は貴族だったので、大広間に寝起きしていたわけではないけれど、あの時も日中は避難してきた楽団の子供たちと一緒に行動していて音楽で、子供たちを慰め、大人たちの気持ちを和らげていたのだった。
「これ、ジュリア姫と王妃が祭りの酒をかけて勝負をするんだってな。ジュリア姫は元気になってきているって聞いているけど、いっこうに姿をあらわさないところから、本当のところはそうでもないんだろうな」
この話題も曖昧にしか答えられないところである。
「そろそろ王族の稲畑の稲穂の頭が重く垂れているけど、ジュリア姫の友人も酒造りを手伝ったりするの?」
「もちろんよ。今回は新しいやり方で作るつもりなの。明日晴れなら稲刈りの予定よ。実のところ、稲刈りなんてしたことがないのよ、わたし。アリサも手伝ってくれるけど、人手が足りなくて。あとで厨房に顔をだして、フェルドも手伝ってくれるか聞こうと思って」
「明日は楽団は夕方からなんだ。稲刈りは朝からするのなら、俺も手伝ってやるよ」
マグナーはくるくるの髪をかきあげた。
どこか気取ったところがある。
「えっと、でもそんな悪いし」
「俺のところでは、収穫は村人総出でするって決まってる。貴族の俺だって駆り出されるんだぜ。それに俺は姫をお慕いしているんだ。彼女のためになることをしたい。だからありがたく、俺を手伝わせておけばいいだろ」
「ジュリア姫をお慕いしてるのなら、お願いしてもいいのかも?でも、ジュリア姫はご参加されないわよ。それでも手伝ってもらってもいいのかな」
「いいんだって!そんなささいなことは気にしてないから!稲刈りが早く終わるのは、あんたもジュリア姫にとっても悪いことじゃないだろ?」
「お慕いしているから手伝うのに、ジュリア姫に会えなくてもいいってこと?」
「お前も気にするな!じゃあ、明日な!」
それだけ言うと、マグナーは楽団員たちのところへ戻っていってしまった。
少年たちに肘で小突かれている。
その後、厨房によるとフェルドは稲刈りの協力を快く承諾してくれた。
翌日は澄み渡る秋空の下、マグナーは朝早くから楽団員の子供たちを大勢引き連れてきてくれていた。わたしは巨大なつばのある帽子をアリサにかぶらされ、厨房のフェルドは実家が農家らしく、ハリーとああだこうだ言いながら、段取りよく進め、あっという間に稲刈りが終わったのである。
ジュリアの母はアイリス王妃が子を産む直前に何者かに毒殺された。
見栄と嫉妬、愛憎渦巻く王城で、わたしも巻き込まれるかもしれない。
愛というよりも、顔を立てなかった怒りで殺されそうになるのかもしれない。
そこまで思って、こぶしを握り締めていることに気が付き、力を抜く。
麹の酒は、うまくいくかそもそもやってみなければわからない。
うまくいけば、さわやかな香の美味しい酒になるはずだけれど、うまくいかなくて献上の酒はアイリス王妃の酒が使われることのほうが、よりあり得る未来なんだろう。
アイリス王妃は鼻高々だろうし、その時はわたしは落ち込んで見せたら彼女は満足だろう。
ただ、わたしは麹の酒の香を嗅ぎたい、ほんの少しでも味わいたい。
ずいぶん長く、異世界にいる。
生まれ育った実家の匂いを嗅ぎたいだけ。
音楽が止んでいる。
少年楽団の何人かはわたしにちらちら視線を送ってきていた。
「……ジュリ、もう楽団に入らないのかよ」
振り返れば、少年楽団から離れ、年嵩のグループリーダーのマグナーがすぐ後ろにいる。
「混ざりたいとは思うんだけれど、女子は無理だと聞いたけれど」
「そんなルール、正直いって馬鹿げてるよな」
マグナーはわたしの髪を見る。
夏の嵐の時もマグナーたちは避難していた。
彼は貴族だったので、大広間に寝起きしていたわけではないけれど、あの時も日中は避難してきた楽団の子供たちと一緒に行動していて音楽で、子供たちを慰め、大人たちの気持ちを和らげていたのだった。
「これ、ジュリア姫と王妃が祭りの酒をかけて勝負をするんだってな。ジュリア姫は元気になってきているって聞いているけど、いっこうに姿をあらわさないところから、本当のところはそうでもないんだろうな」
この話題も曖昧にしか答えられないところである。
「そろそろ王族の稲畑の稲穂の頭が重く垂れているけど、ジュリア姫の友人も酒造りを手伝ったりするの?」
「もちろんよ。今回は新しいやり方で作るつもりなの。明日晴れなら稲刈りの予定よ。実のところ、稲刈りなんてしたことがないのよ、わたし。アリサも手伝ってくれるけど、人手が足りなくて。あとで厨房に顔をだして、フェルドも手伝ってくれるか聞こうと思って」
「明日は楽団は夕方からなんだ。稲刈りは朝からするのなら、俺も手伝ってやるよ」
マグナーはくるくるの髪をかきあげた。
どこか気取ったところがある。
「えっと、でもそんな悪いし」
「俺のところでは、収穫は村人総出でするって決まってる。貴族の俺だって駆り出されるんだぜ。それに俺は姫をお慕いしているんだ。彼女のためになることをしたい。だからありがたく、俺を手伝わせておけばいいだろ」
「ジュリア姫をお慕いしてるのなら、お願いしてもいいのかも?でも、ジュリア姫はご参加されないわよ。それでも手伝ってもらってもいいのかな」
「いいんだって!そんなささいなことは気にしてないから!稲刈りが早く終わるのは、あんたもジュリア姫にとっても悪いことじゃないだろ?」
「お慕いしているから手伝うのに、ジュリア姫に会えなくてもいいってこと?」
「お前も気にするな!じゃあ、明日な!」
それだけ言うと、マグナーは楽団員たちのところへ戻っていってしまった。
少年たちに肘で小突かれている。
その後、厨房によるとフェルドは稲刈りの協力を快く承諾してくれた。
翌日は澄み渡る秋空の下、マグナーは朝早くから楽団員の子供たちを大勢引き連れてきてくれていた。わたしは巨大なつばのある帽子をアリサにかぶらされ、厨房のフェルドは実家が農家らしく、ハリーとああだこうだ言いながら、段取りよく進め、あっという間に稲刈りが終わったのである。
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