28 / 51
楊 飛龍
#3
しおりを挟む
──奴隷市。
ジャックの言葉に唸った俺は、今まで父や幹部達の口から何度か聞いた覚えのあるイベントを思い出しながら熱々のコーヒーに口を付けた。
一概に『マフィア』といえど、金と力を得る方法はマチマチで、賭博関係で幅を利かせている我々にはあまり馴染みのない範疇に自然と俺の眉根が寄る。
「……なるほどね。それならターゲットも主催者として顔を出す必要があるだろうし、客を装って接触するのも夢じゃない」
感心した様子のマークが目を輝かせてジャックを見ると、ジャックは自慢げに「だろう?」としたり顔を決めて親指を突き出す。啜るコーヒーの湯気越しにその光景を眺める俺は、揺らめく蒸気を遮るように軽く息を吹きかけてテーブルに両肘を突いた。
「日付は?」
「4月30日……みんな大好き『ヴァルプルギスの夜』に、とある会場で開かれる」
周りを見渡してから一段と声を弱めたジャックは、シィ……ッと人差し指を口元に当てる。
「一度しか言わないから、ちゃんと聞くんだぞ?」
彼は低く微かなその言葉を吐きながら俺とマークを確かめるように視線を送り、静かにカップを置いた俺は軽く顎を引く程度に頷く。ほぼ同時に同じく頷いたマークは唇を湿らせるようにコーヒーを傾け、「勿論」と品良く口の端を持ち上げてみせた。
「よろしい──このイベントは大規模だが、政府が公認している訳じゃない。だからこそ、その会場に行くには少し手間がかかる」
浅煎りのコーヒーを飲み干したジャックは小さく咳払いをすると、深く息を吸ってから静かに目を瞑る。
「君達も知っている通り、ヴァルプルギスの夜は首都の大通りに出店が山ほど並ぶ。その中の一店に『マジックガーデン』という花屋が必ず現れる……その何の変哲も無い花屋は一見普通に営業しているが、赤いアネモネの花を6本注文した時だけ、とあるカードを寄越すんだ」
「花、ねぇ……。そんな洒落た仕掛けなんて、俺には考え付かないな」
よく言えばロマンチストな発想を鼻で笑った俺は、椅子の背もたれに身体を委ねて踏ん反り返ると、ジャックは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「どこまでが本当かは知らないが、商品の花を育ててるのも奴隷の仕事だとかなんとか……なかなか残酷な話だ」
はぁ……と溜息交じりに声を零した彼が眼鏡を外して服の端でレンズを磨くと、3月にしては珍しい粉雪が窓の外にちらつく。まるで俺らを見張るような残酷な雪を睨みつけた俺を他所に、マークはテーブルに広がる書類を纏め出す。
「ちなみに、そのカードを受け取った後はどうするんだい?」
最後の書類を手にとってトントン……ッとテーブルに立てた状態で整えた彼は、笑顔ひとつ崩す事なくジャックに尋ねる。
「会場の入り口に篝火が置かれていて、火の番をしている野郎にカード渡す。偽装や不正が無いかを確認したら、カードを炎に焚べて案内を待つ──まぁ、ざっとこんな流れだな」
レンズを拭き終えたジャックは眼鏡を掛け直して、コーヒーカップをソーサーごとテーブルの端に寄せた。そしてそのまま隣の席に置いた鞄から徐に紙束を取り出すと、上下左右がバラバラな資料を静かに並べてゆく。
「会場への行き方は以上だ。他に質問は?」
「……無い」
「僕も特には」
テーブルいっぱいに広がる資料に釣られて体勢を戻した俺は、糸目のチャイニーズ野郎の写真に目を細め、今回はどう料理してやろうかなどと考えながら舌で唇をなぞった。
ジャックの言葉に唸った俺は、今まで父や幹部達の口から何度か聞いた覚えのあるイベントを思い出しながら熱々のコーヒーに口を付けた。
一概に『マフィア』といえど、金と力を得る方法はマチマチで、賭博関係で幅を利かせている我々にはあまり馴染みのない範疇に自然と俺の眉根が寄る。
「……なるほどね。それならターゲットも主催者として顔を出す必要があるだろうし、客を装って接触するのも夢じゃない」
感心した様子のマークが目を輝かせてジャックを見ると、ジャックは自慢げに「だろう?」としたり顔を決めて親指を突き出す。啜るコーヒーの湯気越しにその光景を眺める俺は、揺らめく蒸気を遮るように軽く息を吹きかけてテーブルに両肘を突いた。
「日付は?」
「4月30日……みんな大好き『ヴァルプルギスの夜』に、とある会場で開かれる」
周りを見渡してから一段と声を弱めたジャックは、シィ……ッと人差し指を口元に当てる。
「一度しか言わないから、ちゃんと聞くんだぞ?」
彼は低く微かなその言葉を吐きながら俺とマークを確かめるように視線を送り、静かにカップを置いた俺は軽く顎を引く程度に頷く。ほぼ同時に同じく頷いたマークは唇を湿らせるようにコーヒーを傾け、「勿論」と品良く口の端を持ち上げてみせた。
「よろしい──このイベントは大規模だが、政府が公認している訳じゃない。だからこそ、その会場に行くには少し手間がかかる」
浅煎りのコーヒーを飲み干したジャックは小さく咳払いをすると、深く息を吸ってから静かに目を瞑る。
「君達も知っている通り、ヴァルプルギスの夜は首都の大通りに出店が山ほど並ぶ。その中の一店に『マジックガーデン』という花屋が必ず現れる……その何の変哲も無い花屋は一見普通に営業しているが、赤いアネモネの花を6本注文した時だけ、とあるカードを寄越すんだ」
「花、ねぇ……。そんな洒落た仕掛けなんて、俺には考え付かないな」
よく言えばロマンチストな発想を鼻で笑った俺は、椅子の背もたれに身体を委ねて踏ん反り返ると、ジャックは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「どこまでが本当かは知らないが、商品の花を育ててるのも奴隷の仕事だとかなんとか……なかなか残酷な話だ」
はぁ……と溜息交じりに声を零した彼が眼鏡を外して服の端でレンズを磨くと、3月にしては珍しい粉雪が窓の外にちらつく。まるで俺らを見張るような残酷な雪を睨みつけた俺を他所に、マークはテーブルに広がる書類を纏め出す。
「ちなみに、そのカードを受け取った後はどうするんだい?」
最後の書類を手にとってトントン……ッとテーブルに立てた状態で整えた彼は、笑顔ひとつ崩す事なくジャックに尋ねる。
「会場の入り口に篝火が置かれていて、火の番をしている野郎にカード渡す。偽装や不正が無いかを確認したら、カードを炎に焚べて案内を待つ──まぁ、ざっとこんな流れだな」
レンズを拭き終えたジャックは眼鏡を掛け直して、コーヒーカップをソーサーごとテーブルの端に寄せた。そしてそのまま隣の席に置いた鞄から徐に紙束を取り出すと、上下左右がバラバラな資料を静かに並べてゆく。
「会場への行き方は以上だ。他に質問は?」
「……無い」
「僕も特には」
テーブルいっぱいに広がる資料に釣られて体勢を戻した俺は、糸目のチャイニーズ野郎の写真に目を細め、今回はどう料理してやろうかなどと考えながら舌で唇をなぞった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる