電子カルテの創成期

ハリマオ65

文字の大きさ
上 下
35 / 50

第35話:銀行の破綻と合併、地域振興券の功徳

しおりを挟む
 現在では、信じられないことが実際に、目の前で起きたのだった。10月23日、日本長期信用銀行が経営破綻。11月13日、前年に経営破綻した北海道拓殖銀行が営業終了。週明けの16日から道内店舗は北洋銀行、道外店舗は中央信託銀行「現:三井住友信託銀行」として営業開始。国際電信電話会社法が廃止。

 国際電信電話株式会社と日本高速通信株式会社「1984年設立」が合併し社名をケイディディ株式会社とする。そして1999年となった。今年は、常本家の長男、優一と次男の優也の大学受験の年、昨年12月の予備校の一斉テストの結果、優一と優也の橫浜国立大学理工学部の合格確率80%のやっと、合格圏内に入った。

 そこで、今年は、風邪を引かないように最新注意を当人も母のソフィアも心がけていた。やがて試験日となり、父と母のソフィアがついていった。新会場に入る前に、父が、簡単に深呼吸して、落ち着くようにして会場に入れと指示したとおり行動して、会場入りした。受験を終えて、試験会場から出て来て、見直しもできたし、悔いはないと2人とも笑顔だった。

 2人が父に、以前約束した様に合格したら合格祝いに、優一が、PC9800、優也が、マッキントッシュ・パソコンを買って欲しいと話していた。2週間後の合格発表に日、家族4人で行くと、父が、直ぐ、受験番号を見つけた。帰り、レストランで、ビーフステーキをご馳走した。今年も日本の不景気打開のため地域振興券が配られた。

 1999年4月1日から9月30日まで日本国内で流通した商品券の一種。財源を日本国政府が全額補助する事で、日本全国の市区町村が発行し、一定の条件を満たした国民に額面千円の地域振興券を1人20枚ずつの1人2万円分、総額6194億円を贈与という形で交付した。

 交付開始日から6月間有効で原則として、発行元の市区町村内のみで使用でき、釣り銭を出すことが禁止され、額面以上の買い物をすることを推奨した。当初は、全国民に1人3万円分、総額約4兆円の商品券を交付するという案だったが、財源の関係で縮小を余儀なくされた。バブル崩壊後、景気浮揚を目的として数回の減税は行われていた、

 しかし、負担軽減分は貯蓄に回ってしまい減税本来の目的である消費の拡大という目的を果たせなかった。そのため、直接には貯蓄に回せない形で消費を刺激しようとしたものである。ただし実際には、間接的に貯蓄に回ったため、必ずしも意図通りの結果とはならなかった。

 1999年、経済企画庁は振興券を受け取った約3107万人の中の9千世帯に対してアンケート調査を行い、振興券によって増えた消費は振興券使用額の32%だったとしている。つまり残りの68%が貯蓄に回されたり振興券がなくても行われた消費に使われたということである。経企庁の調査ではこの結果をベースに単純計算した。

 その結果、振興券は、名目GDPを約2千億円押し上げたと結論付けた。この額は、GDP全体の0.04%程度、内訳である個人消費の0.07%程度である。これは、あくまで振興券が交付された者についてのみの分析である。そして交付を受けなかった者も将来の増税時には負担を分担しなければならなくなる。

その増税を予想し、増税に備えるため交付を受けなかった者は、地域振興券政策を受けて、むしろ消費を減らした可能性もあり、社会全体での消費刺激効果はさらに小さかったと考えられる。5月4日、東邦生命保険が経営破綻。8月20日、第一勧業銀行と富士銀行、日本興業銀行の3行が持株会社を設立した。

「現在のみずほフィナンシャルグループ」10月14日、住友銀行とさくら銀行が合併することを発表。旧財閥の枠を超えた金融再編、これで巨大銀行が3つ誕生することになり、その他は、大銀行の合併は、もうないと考えられた。そして2000年へ。この時、コンピュータが故障して世界中が大混乱になると言うデマが、まことしやかに語られ始めていた。

 それを聞いて、常本肇は、そんな馬鹿な事は起きないと断言していた。2000年2月22日、早朝、木下先輩から電話で、ソニー株が33150円の気配値が出てるから、成行売りと指示され、証券会社に電話して全株、8千株を成行売りの指示を出した。昼休み、証券会社の担当者に聞くと全部売れたと言った。
しおりを挟む

処理中です...