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24話:丹沢先生の博多医師会での講演と反応2

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 投資信託と同じ様にソーシャルレンディング利用している人が多いと聞きますと言うと、どよめきが起きた。すると、ソーシャルレンディングの会社の堂前社長が手を上げて、まさに彼が、言った通りです。ソーシャルレンディングはただ単に金儲けだけでなく、社会福祉という側面を持った年金代わりに配当をもらい、世のため人のためになると言う一挙両得の側面が一番の売りですと、大きな声で情熱的に訴えた。

 すると、へー、そうなんだとやっと理解できたという人まであらわれた。議長が時間も押してきたので、この後、質問ある人は、聞きたいことを聞きたい人の所で個別に聞いて下さいと言われた。この会議は、とりあえず終了とさせていただきますと宣言した。時は、既に22時半を過ぎていた。その後、一番、質問があったのが、意外にもソーシャルレンディングの会社の堂前社長の所だった。

 講演をしてくれた丹沢先生のところには、泉田鈴江さんのお父さんの田丸徳一さんと、博多医師会・会長の石動昇平先生が来て貴重か講演、本当にありがとうございましたと言った。これから、一席設けていますので是非、どうぞと連れて行かれた。泉田夫妻と佐藤さんた後片付けをして、資料を整理して、忘れ物がないか点検し使用した機材を元の場所に戻していた。

 翌日の朝6時過ぎの新幹線で博多駅から新横浜に昼頃、到着して、新横浜の高度臨床検査センターに泉田夫妻は帰り、午後からの仕事に入った。そして仕事を終えて家に帰ると午後20時頃に佐藤さんが会議を終えてから資料をもらえませんかとか言われたが、極秘事項だから渡せないと言い断ったと言った。

 その後、博多医師会の中堅のメンバーたちに居酒屋に連れて行かれて人口と高度臨床検査センターを作って採算が合うかどうかの試算はどうやったのかとか投資と福祉、医療従事者としての義務感など複雑に絡み合って、東京で日本で最初の高度臨床検査センター1995年からは始まった話などをさせられ大変だったと言ったが間違いなく福岡の地に高度臨床検査センターを作ろうという雰囲気はできた様に感じると言った。

 また質問したいときには電話しても良いですかと言われ、良いよと言い、多くの名刺を配ったと言った。最初は眠くて難しい質問ばかりだったが、そのうち可愛い看護婦さんと女医さんが隣来て、お酌をしてもらってから、元気を取り戻して、多くの質問に答えた。その度に、隣の美人さんたちが、格好いいとか素敵とか言うので気がついたら午前2時で飲み屋が看板となりホテルに帰った。

そして爆睡しフロントの9時のモーニングコールで目覚めて、10時発の新幹線に乗れたが二日酔いで参ったと笑いながら言った。その後21時頃、丹沢先生から電話が入り博多の医師会の発表後に博多美人が多い座敷に呼ばれて至福の時を過ごし自分の気に入ったグラマーな若めの女性を隣に置いて、おいしい博多の地酒を飲まされて、すっかりできあがったと語った。

 本当に泉田鈴江さんのお父さんの田丸徳一先生と博多医師会長の石動昇平先生には、お世話になったと言い、泉田が支払いはと聞くと、全部出してもらったとけろっと入った。もちろん講演料はもらってないよと言うと当たり前でしょと言った。お座敷の費用ってどの位なのと丹沢さんが聞くと1人最低10万円だから3人で30~50万円だろうと言うと嘘だろと驚いていた。

 そりゃ悪いことしたなと丹沢先生が言い鈴江さんからお父さんに、くれぐれも宜しくと言っておいて欲しいと言われた。さっき佐藤さんからの電話で博多医師会の中堅の先生方が人口と高度臨床検査センターの関係について興味を持っていて、多くの質問や忌憚ない意見を聞いたと話していた事。さらに若手がソーシャルレンディングで集めれば意外に資金は集まるかも知れないと言った。

 しかし、この事業は、投資だけでは、無理だと断言した話などもした。その後も連絡しますから宜しくお願いしますと言う人が多く中堅の連中に、かなりの佐藤信者を作ったようだと言うと、それは良いことだと丹沢先生が喜んだ。最後に、丹沢先生が、是非、博多に高度臨床検査センターを作ろうと力強く、宣言した。こうして2017年が終わり、2018年があけた。
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