薔薇紳士の興じ事

君にとって遠い過去の話は

 カランカラン

 「いらっしゃいませ。」

「いらっしゃいませ～。」

 ここは悩めるお客様が来店される喫茶店。本日のお客様はご高齢の女性と若い男性。親子でしょうか、若い男性の方はスーツを着て女性に付き添っています。

「こんにちは～。こちらのお席へどうぞ。」

「あら、可愛らしい店員さん。お名前はなんて言うのかしら？」

「自分はいちごって言います！おば様のお名前は？」

「あら～、いちごさん。私は安本苗子と言います。こっちのイケメンは安本郁人よ。」

「母さん、可愛い女の子ナンパする上に息子をイケメンって紹介するのやめて恥ずかしいから。」

いちごはにこやかに笑いながら安本親子をカウンター席に案内します。親子は口では何とか言いながらも仲はいいのでしょう、終始笑顔です。

「仲がよろしいようで、とても微笑ましいです。ご注文はどうされますか？」

「あら店主さん、格好いいですね。」

「母さん店主さんまでナンパしないで。」

「うふふ、ごめんなさい。えっと注文は…。」

「苗子さん、このお店紅茶がとっても美味しいんです。いかがですか？」

「あら～！いちごさんがそう言うなら紅茶にしましょうか。ねぇ、郁人？」

「じゃあ紅茶を2つお願いします。」

「かしこまりました。」

薔薇紳士は2人のやり取りにふっと笑顔になると紅茶を淹れ始めました。

「それで郁人さんはスーツですけど…今日は何かあったんですか？」

「ふふ、今日はね、郁人の20歳の誕生日なの。だから神社に行った帰りなのだけど…。はぁ～、あーんなに小さかった息子がもう成人だなんて、嬉しいような寂しいような…。」

「母さん、ここで感慨に浸らないでよ。店員さんも反応に困っちゃうから。」

「いえいえ！全然！郁人さんご成人おめでとうございます！」

「あ、ありがとう…。」

いちごの天然の言葉に郁人はシンプルに顔を赤くして照れます。そんな顔を見て苗子はふふふと笑いました。

「でもねぇ、本当にあっという間だなって思うの。私にとってつい最近のように感じる記憶でも、郁人にとって遠い過去の話なのよね。寂しいわ～。」

「いやいや、成長ってそういうものだから。子離れしてよ母さん。」

「分かってるわよぉ～。」

2人が少し寂しそうに、でも誰にも必ずやってくる成長の話をしている時、コトリと薔薇紳士が2人の前に紅茶を起きました。

「どうぞ、淹れたてです。郁人様、私からもご成人のお祝いです。おめでとうございます。」

「あら～、ありがとうございます。」

「なんかすみません。ありがとうございます。」

「いいえ、それから苗子様。私には息子がおりませんから苗子様のお気持ちはお察しすることしか出来ません。郁人様にとって過去の話など、とうの昔の話でしょう。でもそれは郁人様の言う通り、成長の証です。そしてそれを寂しいと思うのも当然のこと。存分に寂しがって宜しいかと思いますよ、受け止めてくれる優しい息子さんに育っているでしょうから。」

薔薇紳士はそう言うと、チラッと郁人の方を見ました。郁人は少し驚きながらも優しい笑顔で苗子の方を向いて、コクっと頷きました。

「あ、あらあらあら～！うふふ、私の育て方が良かったのね。いい子に育ったわ～！」

「自画自賛なの！？」

「良いお母さんだから、良い息子さんに育ったんですね～。微笑ましいです。」

「あら、いちごさん嬉しいわ。私の子どもになる？」

「母さん！」

 
 この日来店したお客様は終始笑顔で、仲睦まじい様子でした。羨ましいほどに。
 昔のことが、遠い過去になってしまうのは仕方の無いこと。それを寂しいと感じるのも当然のことです。しかしその当たり前の感情を受け止めてくれる人が近くにいることは決して当たり前ではなく、それだけで幸せなのです。