半分ほど人間を辞めて、空飛ぶ舟でだらだら旅をする、渡り鳥と呼ばれる少女のお話

ツクヨミアイ

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第7話 星空を分けあう夜③

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 甲板にリアンを招いたぼくは、船室から折りたたみ式の椅子を二つ取り出した。ひとつがただ座るだけのもの。もうひとつは背もたれ付きの、いつもぼくが使っているもの。勿論後者はリアンに譲る。誰かを招くには、少しばかりちゃちな作りではあるが、せっかく出会った同僚に対する、ぼくなりの気遣いである。

 簡易テーブルを組み立て、先程汲んだばかりの水を使った冷茶入りグラスをふたつ置けば、アウトドアでのティーパーティーの始まりだ。つまめるものはないが、そこは勘弁していただきたい。



 リアンに座るよう促し、ぼくも椅子に腰掛ける。

 ──うーむ、やはり座り心地がイマイチ。

 横着せずに、同じものをふたつ用意するべきだったか。どうせあまり使わないと思って、適当なものを買ってしまったのは失敗だ。来客なんて今まではアシャだけだったし、大抵室内で過ごすから問題なかったんだけども。

 そんな感じで自業自得なことを考えてしまうが、それはそれ。後で考えよう。


 目の前の冷えたグラスを持ち上げると、リアンもそれに続く。

「ぼくらの出会いに」

「ええ、私たちの出会いに」

 ──この良き出会いに感謝を。

 



 ぼくはルア。風読みのルア。

 仕事はさておき、今はただ、同僚と語り合おうじゃあないか。



※※※



 リアンとの話は盛り上がった。高いところにいたお日様が、いつの間にか傾き、空が橙色に変わるくらいには。

 ぼくはあまり同僚と出会うことはない、と言ったが、配達人同士の邂逅は珍しいことではない。たまたま同じ夢片の気配を追っている時や、滞在していた村や町で遭遇することもある......らしい。

 あくまでもぼくの場合なのだが、これにはぼくの夢舟であるエアリアル号の特性にも関係する。

 エアリアル号は航行に一切のリソースを消費しない為、ぼくは一度乗り込んだら、しばらくはシルフィによる自動操縦で移動する。余程の乱気流などに遭遇しない限り、ぼくが操縦することはないと言っていいだろう。

 それに対して一般の夢舟は、その顕現の維持や航行にリソースを消費する為、長時間の使用が出来ない......みたい。



 要するに、だ。



 船室で横になっているだけでスイスイと空を行くぼくに対し、他の配達人は夢舟と徒歩を切り替えながら地道に進むのである。一日あたりの航行距離が、まるで違うのがわかるだろう。付近でぼくの目撃情報があっても、そこに着く頃にはぼくはもう空の彼方。これでは誰にも会わないわけだよなあと思う。

 だからこそ、こうして誰かと会った時には、溜まりに溜まった会話欲求とでも呼べるものが湧き上がり、時を忘れてしまうのであった。



「しかし、これが、常在顕現する唯一の夢舟......噂は本当だったんですね」

 彼女の声は驚きと尊敬が入り混じっている。ぼくは肩をすくめて答えた。

「うん、ぼくにとってはあまり実感がないけど、特別なものみたい。師匠や周りの人は凄く驚いてたね」

 特に師匠の顔は未だに忘れられない。顎が外れるくらい大口開けていたっけ。草生える。



 話してみると、リアンも中々溜め込むタイプであった。同僚と遭遇したのは、おおよそ一年ぶりらしく、実に様々なことを話してくれた。

 曰く、この付近の村や町を定期的に巡回していること。

 曰く、もともとこの辺りの出身だということ。

 曰く、半年ぶりに回収した夢片を“還す”ことが出来ず、ギルドに送り届けたこと。

 曰く、“導きのルルティア”に憧れていること。



 ......うん、様々だ。

 ちなみにぼくのことは、ひとりで活動するようになって数年後、たまたまギルドに立ち寄った際に知ったらしい。その時は噂の後輩の姿を見かけることは叶わなかったが、“とても目立つ夢舟”を見掛けたのでもしやと思い追いかけたら、無事今、こうして出会い、言葉を交わしているのだから、やはりこれは巡り合わせというものなのだろう。

「そういえば、この間初めて訪れた町で──」

「以前知り合いの配達人が──」


 ぼくとリアンの話は尽きない。

 お互いに今まで溜め込んだエピソードの量がそのまま会話量に直結する為、初めて出会った配達人同士の会話は長くなる。でも、それがぼくたちのコミュニケーションだ。

 自分の訪れたことのない町や村の話を聞いた。

 彼女が知らない地域の風習について話した。

 ぼくらの会話はまだまだ続く。

 夕暮れが暗闇となり、やがて星空へと変わっても、それはまだ続いたのだった。





*****

とある配達人の女性



 ──風読みのルアさん、ですか? ええ、とても気さくな方でしたよ。それに何より、とても綺麗な瞳をしていました。まるでこちらを見透かすような、それでいてすべてを肯定するような、不思議な瞳を。

 ──ええ、彼女の夢舟も見せていただきました。実に、ええ、実に興味深いかと。何せ空の色が変わるまで話し込んでも、彼女には一切の疲労が見られませんでしたから。唯一の常在顕現型という肩書に、嘘偽りはないみたいですね。

 叶うのならば、また心ゆくまで語り合いたいものです。



 







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