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season1
初恋①
あたしには、もう一度会いたい人がいる。
十年前、イルカのキーホルダーをくれた同じ名前の素敵なお姉さん。
***
彼女に会ったのは、あたしが七歳の誕生日を迎えて間もない頃だった。
あたしの誕生日は七月十四日。夏生まれなので海に因んで『まりん』と名付けられた。
あたしが住んでいるマンションは十階建てで、最上階の我が家の窓からは海水浴場が見える。
小さい頃から海が大好きなあたしは、休日はよく家族や友達と海で泳いだり、綺麗な貝を拾ったり、砂でお城を作ったりして遊んでいた。
「誕生日プレゼントは新しい水着が欲しいな」
「じゃあ今度の土曜日に一緒に買いに行こうか」
あたしがおねだりすると、お母さんがお出かけの約束をしてくれた。
お母さんのお腹には赤ちゃんがいて、秋にあたしはお姉ちゃんになる。
とても楽しみだけど、お母さんを独り占めして一緒にお出かけする事はしばらく出来ないかもしれない。
土曜日になってやっとその日がきたので、あたしは朝からワクワクしていた。
最寄り駅の近くにデパートがなかったので、あたしとお母さんは電車に乗ってデパートに行った。
子供服の水着売り場には可愛い水着が沢山売っていて、その中からセパレートの水着をニ着選んで試着した。
一着目は上がオレンジのチェックのキャミソールで、下が無地のオレンジのスカパン、二着目は上下共にオレンジ系のストライプで、上がニ段フリルのキャミソール、下が巻きスカート風のキュロット。
あたしはオレンジ色が好きなので、このニ着で迷ったけど、一着目のチェックと無地の水着を買ってもらった。
買い物が終わるとデパートのレストランに入って、あたしはオムライス、お母さんはサンドイッチを注文した。
「デザートも好きなの頼みなさい。誕生日だからね」
「いいの?じゃあ苺のパフェにする」
いつもはレストランに行っても一番安いデザートしか頼めなかったから、ずっと食べたかったパフェを注文出来るなんて誕生日って最高だ。
あたしは苺とバニラアイスが乗っている、クリームたっぷりのパフェをじっくり味わった。
駅のホームで、帰りの電車を並んで待っている時の事だった。
横にいたお母さんが少し顔をしかめて、お腹をさすっている事に気づいた。
「お母さん、どうしたの?」
「うん、ちょっとお腹張っちゃってね。大した事ないんだけど」
そんな事ない。辛そうだった。
お母さん、妊娠して大変なのに、あたしのために無理して一緒に出かけてくれたんだ。
どうしようお母さんと赤ちゃんに何かあったら。
電車が駅に到着した。 まだお昼過ぎだし今の時間なら座れるかも。
「お母さん、あたしが席取るからもう少し我慢してね」
ドアが開いたので、あたしはすぐに電車に乗り込んだ。優先席が一つ空いている。
「お母さん、ここ空いてるよ」
あたしはミニバッグを置いてお母さんが来るのを待っていた。
「ありがとうまりん、助かった」
お母さんは無事に席についた。良かった、座れればお腹の張りも少しは楽になるかも。
あたしはホッとして、お母さんの前に立って手すりに捕まった。
「おいお前、若いくせに何で優先席に座ってんだ!」
突然罵声が聞こえて振り向くと、七十代くらいの白髪のおじいさんがあたしの左側に立ってお母さんを睨みつけていた。
「すみません、私妊娠していまして」
「妊娠?嘘言うな!腹出てねーじゃねーか」
確かにお母さんは今妊娠七ヶ月だけど、細身なせいかあまりお腹が目立っていない。
全体的にゆったりとしたワンピースを着ていたから、尚更お腹が強調されていないのかも知れない。
「でもこれ・・」
お母さんがカバンにつけているマタニティマークを見せようとしたけど、
「いいから早くどけっ!いつまで図々しく座ってるんだ」
と怒鳴られた。これ以上この老人に関わりたくないと思ったのか、お母さんは黙って席を立とうとした。
でも立ってたらまたお腹張っちゃうかも。それに赤ちゃんに何かあったら。もうすぐお姉ちゃんになるのに。
あたしが守らなきゃ、お母さんも赤ちゃんも。
「お願いします。お母さんを座らせてあげて下さい」
あたしはおじいさんに頭を下げながら大きな声でお願いした。
「お母さん、本当にお腹に赤ちゃんがいるんです。今日出かけたらお腹張っちゃって、辛そうだから座らせてあげたくて、それで」
怖かった。当時あたしはたった七歳で身長も百十八センチぐらいで、お年寄りと言ってもとても大きい人に見えたから。
それでも涙目になりながら必死でお願いしたけど。
「何だこのガキは。親が常識ないから、ろくに躾も出来ないのか。親子揃って大嘘つきだ!」
おじいさんに睨みつけられてガタガタと震えてしまい、あたしはそれ以上喋れなくなってうつむいた。
「まりん、もういいからあっち行きましょう」
お母さんが立ってあたしの手を引いて行こうとした時だった。
「嘘なんかついてないですよ」
女の人の声がして顔を上げると、そこにいたのはセーラー襟の白いブラウスに黄色いリボン、チェックのプリーツスカートの学生服を着た、シャンプーのCMに出てくる女優さんのようなサラサラのストレートのロングヘアが印象的な美少女だった。
「その人カバンにマタニティマークつけてますよ。よく見て下さいね、おじいちゃん」
そのお姉さんは、おじいさんのそばに近づいて、冷ややかに睨みつけた。
お姉さんはスラリとしていておじいさんより少し背が高かったので、少し上から見下ろす感じになった。美人の目力は迫力がある。
おじいさんは顔を真っ赤にして
「いや、だったら最初からそう言えばいいじゃないか、俺はただ・・」
と明らかに動揺しているおじいさんの横を通り過ぎて、お姉さんは座っているお母さんに目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
お姉さんとあたしの距離も近くなり、お姉さんからはシトラスのような爽やかな香りがした。
「今何ヶ月目ですか?」
「あ、七ヶ月なんです」
「わー楽しみですね」
そしてあたしの方を見て微笑んだ。柔らかく優しい笑顔で目を細めて。
「まだ小さいのにお母さんと赤ちゃんを守ろうとして偉かったね。怖かったでしょ?」
と言った後、おじいさんの方をチラッと冷ややかに見ると、周りの人達が
「そーだよね」「可哀想に」
と言い始めたので、おじいさんはすっかり居心地悪くなってしまった様子で落ち着きが無くなり、
「何なんだお前、人馬鹿にしやがって。全く最近の若いもんは年寄りを敬おうという気持ちもないのか」
とブツブツ言いながら、おじいさんは別の車両の方へ行ってしまった。
「あの、ありがとうございました。助かりました」
お母さんがお姉さんに頭を下げた。
「いえいえ、なんか見てられなくてつい出しゃばっちゃって」
照れ臭そうにお姉さんが、頭に手を当ててクシャッと笑った。
するとお母さんが、何故かお姉さんのスクールバックをじっと見つめて言った。
「あの、もしかしてあなたの名前って『まりん』ですか? バッグについてるイルカのキーホルダーに名前が」
えっまりん?
「ああ、これですか?はい、まりんです」
お姉さんはスクールバッグについているイルカのキーホルダーをお母さんに見せた。
貝殻の形のレジンと小型の水色のイルカのぬいぐるみがチェーンでひとまとめになっている可愛いキーホルダーだった。
レジンには小さく英語で『Marin』の文字が彫ってあった。
あたしは当時英語は大文字しか分からなかったから、小文字は読めなかったけど。
「わぁ奇遇ですね。実はうちの子もまりんって言うんです」
「えっそうなんですか?」
何だか妙に照れ臭くて嬉しかった。あたしも自分の名前気に入ってるし、こんな素敵なお姉さんと同じ名前だなんて。
するとまりんお姉さんは、スクールバッグからイルカのキーホルダーを外して「はい」とそれをあたしの手に渡して軽く握らせてくれた。
あたしはポカーンとお姉さんを見つめた。
「これあげる」
「いいの?」
「うん、勇敢なまりんちゃんにまりんお姉さんからプレゼント」
「ありがとう!まりんお姉さん」
あたしは超嬉しくてイルカのキーホルダーをギュッと抱きしめた。
心臓の音がドキドキと高鳴っているのを感じる。何だろう、少し息苦しくて胸がザワザワとした。
それからあたしとお母さんは、まりんお姉さんと沢山話をした。
まりんお姉さんは白浜女学院のニ年生で、今は十七歳。あたしより十歳歳上だという事。
あたしと同じ夏生まれで『まりん』と名付けられたけど、六月の梅雨生まれだという事。
楽しくて楽しくて最寄り駅まであっという間だった。
「じゃあ私達はここで降りますので、本当にありがとうございました」
お母さんが頭を下げた。
「いえ、元気な赤ちゃん産んで下さい」
そして中腰になってあたしに微笑んで言った。
「バイバイまりんちゃん」
「まりんお姉さんバイバイ」
あたしは電車を降りてからも、まりんお姉さんが見えなくなるまで手を振り続けた。
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