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第五章 欲望渦巻くレユアン島

82話 引き返せない覚悟

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⸺⸺レーヴェ号⸺⸺

 ミオがカジノを出る少し前、とっくに酔も覚めていたエルヴィスは食堂のソファに深く腰掛け、マールージュ島で“幻想”の卯月うづきと接触した時のことを思い出していた。※41話参照

⸺⸺

 “隠れ家”とは、一見静かなバーを装った情報屋で、栄えている島のあちこちに拠点を置き、ふくろう木菟みみずく等、それぞれの拠点で独自に隠れ家の前に鳥の名前をつけていた。

 そのため利用者や関係者には鳥の名前を言えばどこの島の隠れ家なのか瞬時に伝えることができ、エルヴィスも卯月から“からす”のワードを聞いたことで、ジョズ島の隠れ家だと判断することができた。

⸺⸺マールージュ島での回想⸺⸺

「お前、イリス島の出身だな?」
 と、卯月。

「……そうだよ」
 エルヴィスは正確に相手の狙いを聞き出すため、正直に答えた。

「あの島では今、黒い気の環境実験と称して島民の死体を利用した人体実験が行われている」
「そうね」

「お前の目的はあの研究所の機能停止か?」
「そんなのはどうでもいいよ。そんなことしたって、家族や島のみんなが帰ってくる訳じゃないでしょ?」

「それなら良かった。あの研究所は大事な取引先、それが目的なのであればこの話はここで終わっていた」
「ふぅん」

「島民の死体を解放するよう研究所に掛け合ってやる」

 卯月がそう言った瞬間、エルヴィスの目が一瞬開く。卯月はそれを見逃さなかった。

「これだな、お前の目的は」
「……そんなことできんの? 大事な取引先なんでしょ?」

「あの死体はもうすでに5年が経っている。魔導の技術で綺麗に安置されているそうだが、殺したての死体、これらと引き換えなら彼らも手放すことを考えてくれるだろう」

「より新鮮だからって? まさか、俺にその新鮮な遺体になれって言うんじゃないでしょうね」
 エルヴィスはそう言いながら顔を引きつらせる。

「それじゃぁ取引にならんだろう。死体はいくらでもこちらで用意できる」
「いくらでもって……そんな何人も犠牲にしてまで俺に求めることって何?」

「あの、マキナの女だ」
「……っ!」
 やはりそう来たか、とエルヴィスは顔を歪めた。

「あの子、ちょっと魔力が変なだけで普通の子だよ。そんなにマキナが欲しいなら他を当たって……」
「その女がどういう奴かは俺には関係ない。取引先からの依頼はあの女だ」

「取引先って誰よ」
「それは流石に言えない」
「だよね」

「あの女と引き換えに、新しい死体を研究所へ提供する。これが、取引の条件だ」

 卯月の持ちかける取引の内容に、エルヴィスはじっと考え込む。
 そして、少し考えて彼は口を開いた。

「遺体が解放されたかどうか、俺はどうやって確認するの?」

「お前もその女と誘拐されたことにして、我々の拠点に来ればいい。そうすれば研究所との取引現場に同行させてやる。我々と同じ格好をしていれば研究所の人間にはまず怪しまれない」

「なるほどね……ちなみに拠点って?」
「レユアン島だ」

「へぇ……あの娯楽の島にそんなものが……じゃぁさ、俺がこの取引に乗らなかったら?」

「ジョズ島の時のような強行手段に出るまでだ。ちなみに、お前が今ここで俺を殺しても、俺が拠点に帰らなかった時点で仲間が強行手段に出る」


「それ、もう取引じゃなくて脅迫だけど……。それにそんな真似……いよいよ裏切れってことじゃないの」

⸺⸺

 その後エルヴィスは行く島の先々で“幻想”に会えたときのみ取引検討中の意を伝えて、引き伸ばす代わりに彼らへ自分らの行き先を告げていた。

 そしてレユアン島の近くを通ることが分かり、覚悟を決めて取引に応じる意を伝え、レーヴェ号をレユアン島へと導いたのであった。


「散々ここまで引き伸ばしてきたけど……ここに連れてきた時点で俺の裏切りは確定。もう、引き返せない、か……」

 独りそうポツンと呟くと、目当ての人物をなんとか連れ出すため、重い腰を上げて船から降りていった。


「ミオっち……」
 エルヴィスが船から降りると、港の入り口からミオが走ってこちらへ向かってくるのを発見する。
 彼女は今一人である。こんなチャンス逃す訳にはいかない。

「あっ、エルヴィス~!」

 何も知らないミオはエルヴィスを見るなり駆け寄ってきて、はぁはぁと息を切らしながら何故か嬉しそうにしていた。

「良かった、エルヴィス体調戻ったんだ?」
「……うん、まぁね。ミオっちはどうしたの?」

「エルヴィスが心配で様子を見に来たんだよ。もし気持ち悪くて動けないとかだと誰かが手を貸してあげたほうがいいと思うし……。レユアン島着いてから何か食べた? お腹空いてない?」

「そっか、ありがとね。うん、大丈夫、食べた食べた」

 エルヴィスはズキンと胸が痛んだ。

 自分は今からこの子を“幻想”に引き渡す。
 せめてミオが憎たらしい子であれば、こんなに胸は痛まなかったのに。
 どうしてこんな憎たらしいとは無縁の、むしろ心優しく愛されるべき子を引き渡さなくてはならないのか。

 そんなことを考えていると、ミオが心配そうに覗き込んでくる。
「大丈夫? やっぱまだ気持ち悪い?」

「あ、ううん。それはもう大丈夫。でもなんかむしゃくしゃしちゃってさ、ミオっち、良かったらおじさんの散歩に付き合ってよ」

「! うん、もちろん! 行こう行こう!」
 ミオは一生懸命にうなずいて、何の疑いもなくエルヴィスについていった。


 遂に行動に出てしまった。もう、ここまで来たら本当に引き返せない。
 エルヴィスはそう思いながら痛む心を押し込めて、ミオと一緒に港を抜けて、約束の森へと歩いていった。

⸺⸺

 彼らが港を抜けて暫く経って、クライヴがレーヴェ号へとやってくる。

「やべぇ、居ねぇ……!」

 彼は、この島に“幻想”のアジトがあることを知っている。
 そんな中エルヴィスのあの思い詰めた動向、彼の中で最悪のシナリオが描かれていく。

「大丈夫だよなぁ? あのおじさん、まさかそんな早まった真似はしないよなぁ?」

 クライヴはあれこれ考えた結果、カジノに戻って皆へ報告することにした。

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