その忌み子は最上級の鬼に溺愛される

ワイちゃん

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その忌み子は最上級の鬼に溺愛される

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花咲かざき、お前には鬼の嫁になってもらうよ」
子爵の称号を持つ息子を実子に据えるわたしの継母が冷徹に言い放った。わたしは継母に呼び出され、二人になっていた。
「お母さま、なにを……?」
 わたしは、何を言われているのか理解できず動揺した。
「神聖な山に、最上級の鬼が持つという笛を吹く鬼が住みついてもう一か月になるのは知っているだろう?」
 継母はどこか楽しそうに言う。
「ええ……」
 わたしは相槌を打つことしかできない。
「それから、天気が安定しなくなってねえ。飢饉が起きそうなんだよ。だから、子爵の聖なる血を継ぐお前にしかできないことなんだよ、天の怒りを治めることは」
(嘘だ)
 わたし、花咲は生まれついての忌み子なのだ。顔に大きな赤いあざがある。民からもそれなりの扱いを受けてきた。
(それを聖なる血だなんて……よく言えたものね。厄介払いをしながら飢饉の借金を肩代わりせずに一揆を回避したいだけに違いないわ)
「お前が鬼に嫁入りすれば、民たちもお前の尊い思いにいっそう仕事に励むはずよ」
(どうしてこの人はこんなに口が回るの)
「わたしが簡単に承諾するとでもお思いですか」
 もうこの世にいなくとも、わたしが死ねば悲しむ人がいる。
「お前は、昔から聞き分けが悪いものね、分かっているわ。だからね」
 継母の顔が邪悪になっていくのを感じる。
「だから……?」
 気づいた時にはもう遅かった。後頭部に衝撃を受け、少しずつ視界が狭まっていった。
「人間の笛をわざわざ吹く変わり者だもの。きっとお前のこともかわいがってくれるさ。どういうカタチでもね」
 絶対に生きてやる。継母の思い通りになんてさせない。

◇◇

 不思議な夢を見ていた。
(これは夢……?それとも現実?)
 小さな自分がいる。そして、両隣には男と女が手をつないで立っていた。
(お父様、お母様……)
「花咲はかわいいなあ。ずっとこのまま小さくいてくれていいのに」
「旦那様、わたくしは大きくなった花咲とお酒なんて飲めたらいいのになんておもっていますわ」
 お父様とお母様は楽しそうに笑いあっている。
「ええ~どうしよう、大きくなろうかな、小さいままでいようかな」
 そんな二人を見て小さなわたしも笑っている。
(本当にあの日のままでいられたらいいのに)
 わたしは、もう戻れない日々を見つめていた。
「花咲、お前のそのあざは花が咲いたみたいでとてもきれいだ。だから、花咲という名前を付けたんだ」
 お父様は、自分が世間でなんていわれているかには触れずにほめてくれている。
(そう、だから、忌み子なんて言われてもわたしには関係ない。お父様とお母様が愛してくれたのだもの)
 もやがかかったように場面が切り替わった。そこには病床に臥しているお母様がいた。
「お母様、もう遊んだりできないの?」
 わたしはお母様の手をとって大粒の涙をこぼしている。お母様は何とか口角をあげて笑顔に見えるようにしていた。そして、息を切れ切れと話した。
「あなたとお酒を飲んだり、あなたの嫁入りを見れないのは切ないわ。けれど、わたしがいなくなっても、あなたが笑ったりしてくれる。なんて素敵なことなのかしら……」
 お母様は、よく見なければ分からないくらいの涙を青白い肌にはわせた。また、もやがかかったように場面が切り替わる。
「まあ、なんて醜い」
 お父様も亡くなって、連れ子の兄が当主になった後、継母はわたしにそういった。お父様が生きている間は、継母はにこにこしていたが、本性を現したのだ。
「その容姿では、嫁にも出せそうにないわね。家に役立ってもらうには死ぬまで使用人にでもなってもらうしかないわね」
 そこからわたしは、令嬢とは言えない生活をおくることになった。つらいことがあれば、いつもお父様とお母様のことを思い出していた。
 そしてまたもや場面が切り替わる。長い夢だ。家の外を掃除しているわたしがいる。
「最上級の鬼が山に住んだらしい……!」
「町が壊滅させられてしまったらどうしよう」
「きっと領主さまが何とかしてくださる」
 わたしは、領民の話を聞きながら箒をはいている。すると、笛の音が風に乗って聞こえてきた。
「ひい、鬼が笛を吹いている……」
「なんておぞましいんだ」
 わたしは、不思議とそう思わなかった。
(忌み嫌われている者同士、ということかしら)
「おい、起きろ」
(いったいどこから聞こえているの?)
 どこか実体を伴った声がする。
「おい」

◇◇

 わたしは、山の中のひらけた場所で、目を覚ましたことに気づいた。頭にまだ痛みが残っていた。そして、声の主は……長い黒髪を持つ美しい青年、ではなく角の生えた人外の存在だった。
「この書状によると、お前は俺の”所有物”だそうだな」
(最上級の鬼……なの?本当に?)
 威圧感や恐怖といったものを感じさせないひょうひょうとした立ち振る舞いだった。わたしは手を縛られていて身動きが取れなかった。
 鬼は、まばたきするたびに美しいまつ毛をきらめかせていた。
(そのまえに……)
「”所有物”……」
(モノ扱いだなんて……望まない花嫁の方がずっといい!)
「俺は人間を飼う趣味はないから、今夜のごちそうにでもさせてもらう」
 鬼は書状をみながら、興味なさそうにわたしに言った。
(そんな……!こんな死に方、絶対にお母様とお父様にあの世で会っても悲しまれてしまう。なにか、なにかないのか)
 わたしは、意識を失う直前に継母に言われたことを思い出した。
(人間の笛をわざわざ吹く変わり者だもの。きっとお前のこともかわいがってくれるさ。どういうカタチでもね)
 その時私に天啓のような、土壇場のひらめきが舞い降りた。
「わたしと本物の夫婦になりませんか!?」
「はあ?」
 鬼はわたしの突然の発言に目を見開いた。
「わたしはあなたの嫁になるためにここに来たのです。そして、あなた様は人間の持ち物に興味があるご様子。わたしが人間のことをたくさん夫婦生活を通してお伝えできるかと」
 わたしは冷や汗をかきながら必死の提案をする。
「ふうん、なかなか面白いことを言うな。人間の味にも興味があったが、共同生活も面白そうだ」
 鬼は興味を宿した目でニヤリと笑う。
(人間を食べたことがないのかしら……じゃなくて……)
「でしたら……!」
 わたしはこの機会を逃せないとばかりに声を出す。
「しかし、一つ言っておく」
鬼はほほえみ、わたしの拘束を解きながら、抱擁をした。
「え」
 わたしは、両親意外に抱きしめられたことなどなく、甘い花の香に固まってしまった。
「つまらなかったら食う、逃げたら食う」
 甘い抱擁と裏腹に鬼はわたしにそういった。
「よろしく、花嫁様」
 鬼は少し力を入れて私を抱きしめた。

◇◇

「ここが、俺の住処だ、花嫁様」
 鬼は家の中に招き入れるように、にこりとしてそういった。
「はい……」
 しばらく歩いたところにきれいと言ってもいい小屋があった。
「ここは……どうされたのですか?」
 わたしは、おずおずと質問した。
「廃墟になっていたところを俺がきれいにした」
 鬼は当たり前のように言った。
「そんなことができるのですか?」
 わたしは、鬼がそんなことができるなんて聞いたことがなかったのだ。
「ああ、俺には人間の行商人というのか?知識や食いものをやり取りする人間がいるからな」
 そう話す鬼はどこか楽しそうだった。
「そうなのですね……」
 この鬼はただ人間を襲うだけの低級の鬼と比べると筋金入りの変わり者のようだ。そんなことをわざわざして過ごす意味がないのだから。
(ひょうひょうとしているけれど、さっきまで私を今晩のおかずだと思っていたのだもの、いい加減なことはできないわ)
「花嫁様、飯を作ってもらえるか?行商人が来たばかりで材料もたくさんある」
 鬼はにこりとしているが、どこか冷たい感じのする声で言った。
「は、はい」
 料理は使用人として過ごしていたから、ある程度はできる。……台所でも邪魔者扱いされていたけれど。
「わあ……これを自由に使ってよいのですか?」
「ああ」
 失敗したらどうなるか、より、この色とりどりの野菜たちを自由にしていいことに心がおどっていることに気づいた。
「お待ちくださいね」
 わたしは思わず笑顔になっていた。
「あ、ああ」
 鬼は、すこし意外な顔をしていた。

◇◇

「できました、お召し上がりくださいませ」
 わたしは配膳が終わると食べるように促した。
「花嫁様を食べるよりも、うまそうだな」
(本気なのかどうなのか分からないけれど半分は本気ね……)
 鬼はひょうひょうとしていて冗談なのか分からないことを言う。わたしは、ひやひやしながら、鬼が料理に手を付けるのを見ていた。
「……うまい!」
 鬼は、とてもうれしそうな顔をした。
(面と向かっておいしいと言われたのは生まれて初めてかもしれない)
 料理を身につける前にお父様とお母様は亡くなってしまったから。
「花嫁様も……」
 鬼は一緒に食べることを促そうとする。
「カザキです」
 わたしは、自分がにんまりとしていることに気づきながら話した。
「ん?」
 鬼は食べる手をとめてわたしの言葉を聞いた。
「わたしは花が咲くと書いてカザキと呼ぶのです。どうぞ、そうお呼びくださいませ、旦那様」
 わたしは、にっこりとして答えた。
「そうか、これからは食事の時間が待ち遠しくなりそうだ。花咲」
 鬼の笑顔が見えた気がした。
「はいっ」
 やはり、笛の音が気味悪くなかったのは勘違いではなかったのだ。
「毒でも入っていたら、俺に毒は効かないから花咲も食おうと思っていたけどな」
 鬼はそう言って笑った。
(……気を抜き過ぎてはだめなのかもしれない)
 わたしは、鬼を……旦那様をどう思えばいいのか分からなかった。

◇◇

 日が沈み、夜が来た。わたしの知っている鬼はこれからが活動時間のはずだ。
「花咲、おいで」
 旦那様の笑みはどこか妖艶だった。
(なのに、どうして、旦那様はわたしをしとねに誘っているの!?)
「いっ、いえ……そんな、会ったばかりですし」
「夫婦になりたいといったのは花咲だろう」
 旦那様はそういって困った風な顔をしてみせた。
「そ、それは……そうですが……」
 わたしは、言い返す言葉がなく、うつむいた。
「じゃあ、おいで」
 旦那様の笑みは妖艶さを増していく。
「あっ」
 旦那様はわたしの手を引き胸元に抱き寄せ、ふすまを掛けた。
(そ、そんな……わたし、これからどうなってしまうの?)
「人間は、小さくあたたかいのだな」
 旦那様の声は穏やかだった。
「恐れ入ります……」
 わたしはなんていえばいいのか分からなかった。わたしはふと思い出した。
(その容姿では、嫁にも出せそうにないわね。家に役立ってもらうには死ぬまで使用人にでもなってもらうしかないわね)
 継母はわたしに確かにそういった。しかし、今のわたしは、使用人でもないし、お嫁になっている。お父様とお母様も喜んでくれているはずだ。
(拒否したら食べられてしまうわ)
 わたしは本能的に察していた。
(これから起こる一切を受け入れよう)
「じゃあ、花咲、おやすみ」
 旦那様の吐息が優しくかかる。
「え?」
 旦那様はそのまま寝息を立てて寝始めた。
(は……)
(恥ずかしい!)
 結局わたしは、旦那様の美しい寝顔を見ながら、寝付けたのは夜が明ける頃だった。

◇◇
 
「花咲、おはよう」
 わたしが目を覚ますと、目の前には美しい旦那様の顔があった。
「おっ、おはようございます……」
 わたしは美しいのも心臓に悪いと思いながら、寝不足な目をこすった。
「うむ」
「あっ、いた……」
 わたしは頭を起こそうとすると、昨日殴られたところが腫れていることに気づいた。
「頭が痛そうだな。花咲、だれにやられたんだ。俺が始末してやろうか?」
 旦那様の目の奥には確かな殺気があった。わたしは、自分に向けられているものではないと分かっていたが、少しゾッとした。
「そ、そんな物騒なことしなくても大丈夫ですわ」
 旦那様に会ったばかりのわたしなら復讐をお願いしたかもしれない。でも、穏やかな夜を過ごした今、わたしが望むのは別のものだった。
「冷たい水に布を当てて冷やすことができれば十分です」
「そうか……そうだ、俺にいい案がある。おいで」
 そう言って旦那様は、布を何枚か持って、わたしを連れて山の奥に歩いていった。そこにあったのは、腰まで深さのある泉だった。
「さてと……」
 準備するような声を出して、旦那様はいきなり服を脱ぎだしたのだ。
「キャ……」
 わたしは見ないようにしたが、一瞬見えてしまった。体つきは人間の男性とほとんど一緒だ。逆に、鬼なのになぜ服を着ていたのか、と思っていたが、羞恥心が湧いてもしょうがないのかもしれない。
「花咲は水浴びしないのか?ちょうどいい冷たさだよ」
 旦那様の声はどこか無邪気だった。
「わたしは頭を冷やせればけっこうですから……!」
 旦那様はわたしがうろたえている理由が分からないらしい。やっぱり羞恥心といったものはないのだろうか?
「そういえば、あの書状には、巫女を差し出します。どうか天の怒りをお治めください、とあった」
 旦那様は泉の中心でわたしに淡々と語りかけてくる。
「巫女……」
 わたしは一体どの口がそんなことを言うのか、と黒いものが湧いてきた。
「俺には何もできないよ。俺はただ、笛が気持ちよくふける場所を探しているだけだ。この山はとても居心地がいい。ただそれだけだ」
 気持ちよさそうに水浴びをしながら旦那様は話し続ける。
「旦那様には、本当に天候を左右するような力はないのですか?」
 わたしは、思わず聞き返した。
「ないよ、人間と等しく天が作ったものだ」
 旦那様の言葉が本当だとするならば、生贄自体は意味のない行為だったんだろう。わたしはただ、厄介払いされたのだ。
(……鬼を信じていいのだろうか?)
「旦那様は……どうして、笛を吹くのですか?」
 ずっと気にかかっていたことだった。みなは気味が悪いという最上級の鬼の吹く笛の音。わたしはそうとは思えなかった。
(確信が欲しい)
 旦那様を……この鬼を信じる確信がわたしがほしかった。
「美しい音がするからだ」
「美しい音が……するから……」
 本当にそんなに純真無垢な理由で恐怖を振りまいているのか。
「人間はおもしろい。俺には恐怖しか示さないが、そうやって美しいものを生み出している。だから、花咲を花嫁に選んだ」
 わたしの命はまだ天秤に乗っているようだ。おもしろいか、おもしろくないか。頭に布を当てる手は怖くて震えていた。
(でも、殺されたりするわけにはいかない。お父様とお母様の喜ぶ生を全うしたい)
「これからも、お役に立てるようそばにいます」
 わたしは精一杯のつよがりを言ってみせた。
「うん、期待しているよ、花咲」
 旦那様は笑ってみせたが、わたしはまだ怖かった。
(でも、本当にわたしがつまらなかったら無慈悲に食べるようにも見えない)
 わたしは、旦那様をどう思えばいいのか分からなかった。

◇◇

「花咲、頭の痛みはどう?」
 旦那様は水浴びを終え、上裸で話しかけてくる。
「おっおかげさまで、痛みはだいぶおちつきましたわ……」
 わたしは直視しないように答える。
「そういえば、花咲、人間はみんな花咲のように顔にあざがあるものなのかい?」
 旦那様はわたしに問いかける。お父様とお母様が愛してくれたおかげで委縮しないでいられるが、ほかの人にどう思われるかまったく気にしていないわけではない。
「いいえ……そのようなことはないかと……」
 わたしは、うつむきがちにこたえた。
「花咲、まだ、元気はある?」
 伺うように旦那様はわたしに問いかける。
「え、ええ……」
 旦那様はわたしの体力に気を遣ってくれている。
「俺のお気に入りのところに連れてってあげるよ」
 旦那様は上着を着ながらそう言った。
「お気に入りのところ……ですか?」
「うん、失礼」
 ささやくようにそう言って旦那様はわたしの膝うらと腰を手で支えて持ち上げた。わたしの目の前には旦那様のきれいな顔がある。
「旦那様!?わたし、歩けます……!」
 この移動方法は重かったらどうしようとか、そういう考えることがありすぎた。
「そんなこと言ってると、落ちてしまうよ。ちゃんと俺に手を回すように」
 そう言うのでわたしはおずおずと旦那様の体に手を回した。そして、旦那様は、軽快に山を飛び回って移動した。
「はい、着いた!」
 若干目が回っているわたしの足元に広がっているのは、花畑だった。
「わあ……きれいです。旦那様。キラキバナの群生地なのですね」
「よく知ってるね」
「はい。花は好きですから……」
(お父様とお母様が忌み子であるわたしの象徴の痣を例えてくれたものだもの……)
「花咲の顔はキラキバナが咲いているみたいだなって思ったから、見せたかった」
「え……」
(聞き間違え……?)
「だから、さっき、痣のこと気にしているようだったから……」
 旦那様はもじもじとしている。
「きれいだと思うよって言いたかったんだ」
「う……あ……ありがとう……ございます……」
 わたしはうつむきがちに感謝を伝えた。
「別に。俺が言いたかっただけだから怒られたってなんだっていいよ」
 旦那様はそっけなくそういった。
(わたし……このおにになら)
 わたしは旦那様に向き直る。
「怒ったりなんてしません。この痣は大事な人が愛してくれた大事なものです。嬉しいですわ」
(裏切られてもいい。信じたい)
 わたしはそう思った。
「旦那様はお名前はないのですか?」
 わたしは自分が泣きそうになっているのに気付きながら声を出した。
「名前か。……鬼の間では深紫こきむらさきと呼ばれている。髪の色のままだな。女の名前みたいで俺は恥ずかしいんだ」
 旦那様は、照れくさそうに言った。
「時々、そう呼ばせてください」
 わたしは、照れている旦那様がかわいくて笑顔になっていた。
「ああ、花咲だけには許可しよう」
 そういうと、深紫はわたしの手をとり、わたしたちは歩いて帰った。

◇◇

 旦那様と住んで数日たった日のことだった。
「花咲、家裁はできるか?」
 旦那様がわたしになにげなくそう聞いた。
「ええ、一通りは出来ますが……」
 わたしは、突然の問いに若干とまどいながら答えた。子爵令嬢とはいえ、使用人扱いされていたのだ。一通りのことはできる。
「良い布が入った、花咲の服に使うと良い」
 旦那様が、優しく笑った。
「え、そんな……本当にいい布ですわ」
 本当に上等な布で、わたしは、使用人心がくすぐられた。わたしの来ているボロボロの着物を見るに見かねてくれたのだろうか。
「俺とわざわざ取引するような変わり者の行商人がくれたんだ」
 旦那様は、得意げにそういった。
(あなたの方が変わり者だなんて口が裂けても言えないわね)
「ありがとうございます。さっそく作ってみます」
 表情のゆるみで心がおどっていることに気づいた。

◇◇

(よし……)
 一人で淡々と何かをするのは得意だし大好きなのであっという間に着物は完成した。
「でも、このぼさぼさの髪と青白い肌では着物に会わないわね……」
(そしてこの痣だも……)
 思考がよどんでしまいそうになる中で、旦那様が言ってくれたことを思い出した。
(きれいだと思うよって言いたかったんだ)
「おしゃれ、してみたいわ」
 自然と声に出ていた。
「花咲、早いな」
「わ!」
 後ろに完成を驚いている旦那様がいた。
「あとは俺に任せてみて」
 そういって、旦那様はわたしのくちびるに紅をさし、髪をとかしてくれた。
「最後にこれ」
 キラキバナをかたどった美しい髪飾りをつけてくれた。
「わあ……」
 鏡を見ているわたしの目はとても輝いている。
「もっときれいになった」
 旦那様は、満足げにそして慈愛に満ちた表情でそう言ってくれた。
「ありがとうございますっ。大事にします」
 わたしはできるだけ感謝を伝えたくて笑顔を整えた。
「それは良かった。花咲は美人だからね」
 旦那様はにこにことして答えてくれた。わたしは、生まれてから言われたこともない賛辞に恥ずかしかったが信じることにした。

◇◇

 それからは、拍子抜けしたように穏やかに日々が過ぎた。旦那様に、人間の学問を教わったり、あやかしならではの知識を教えてもらったり。旦那様は変わらずわたしの料理をおいしいとほめてくれた。
 今日は旦那様が笛を吹いているのを隣で聞いていた。
(やっぱり、きれいな音色だわ)
「今日も笛を吹くのは楽し……」
 そう言って言葉を途中でとめ、旦那様は後ろを振り返った。どこか表情は険しい。
「旦那様……どうかされましたか?」
 わたしは、疑問に思ってたずねてみる。
「いーや?なんでもないよ」
 笑顔だけはいつもの旦那様だった。
「そうですか……」
 わたしはぬぐえない違和感があったが、何か考えがあってのことなのかと思い、それ以上問い詰めるのはやめた。
 わたしたちは平穏に暮らしているが、領地の方はおそらく悲惨なことになっているはずだ。
(天候の不順がちっともなおらない……でも、わたしはもう捨てられた身だもの。わたしにできることはないわ)
 そんなわたしの考え事を他所に旦那様は真剣な顔をして私を見つめてきた。
「花咲、俺たちは夫婦としてうまくやって行けてると思うが、最近俺は足りない気がするんだ」
 旦那様の真剣さは色を強めていく。
「足りない……ですか?」
 わたしは、核心をつかれないように目を泳がせた。
「夫婦が|閨(ねや)を共にするというのは毎日のアレであっているのか?」
 旦那様はためらいながらもはっきりとした口調で言った。
「え……!」
(核心をつかれてしまった!)
 わたしは、心臓が止まりそうになった。
 今まで散々”そちら”の方に気がいかないように、添い寝を維持してきたがついに限界が来てしまったようだ。
「そ、それであっていると思いますわ」
 わたしは、むちゃくちゃな答えをすることしかできなかった。
「俺は花咲の子が欲しい。絶対にしあわせにする。今のままで子供は出来るのか?」
 旦那様はそう言って私の手をとった。
「こども……わ、私にも分かりませんわっ!」
 わたしは混乱のままに旦那様から離れてしまった。
「花咲!今俺から離れると……!」
 わたしは旦那様の呼び声にも応えず逃げてしまった。

◇◇

 わたしは切れていた息が整い、思考も整ってきたことを感じていた。
「子供が欲しいだなんて……旦那様はそこまでわたしのことを……」
 そう思うと、胸の奥があたたかい感じがした。子供がいる未来だなんて、領地を追い出される前までは考えようもなかった。
「旦那様と……」
 そう口にしようとした瞬間だった。
「きゃ!」
 わたしはのど元に刃物を突き付けられていることに気づいた。
「鬼のところに案内しな」
 しゃがれた男の低い声がする。そこには確かな憎悪があった。
「どうして……」
 なんとか顔を見てみると、険しい目つきの顔に傷のある男だった。
「俺は、鬼にちょっと因縁のある鬼狩りさ。依頼人はあんたの継母だよ。冥土の土産に教えるように言われている」
 鬼狩りはあざ笑うように話す。
「なんでそんな……旦那様を討伐したら私を嫁にした意味が……」
 わたしは違和感のあるところをなんとか声に出した。
「ないと思うだろ?お前たちはもう用済みなんだよ。今、最上級の鬼と忌み子が愛し合っている。供物にした時、誰がそんなこと想像した?気味が悪いだけだ。飢饉はしばらく終わらない。子爵は税金の肩代わりなんてする気はない。なら、次の悪役を用意すればいい。それがお前たちだよ」
 まくしたてるように冷酷すぎる事実を鬼狩りは言う。
「そんな……」
(お父様とお母様の領地をそんな風に統治するなんて……ひどい)
 わたしはあまりの酷い現実を受け止めきれなかった。
「それに様子を見りゃあ、あの鬼はもう腑抜けだ。昔の殺気がない」
 鬼狩りはニヤニヤと次の計画を実行に移そうとしているようだった。
 その時、どこかで風を切る音がした。ガキン、という音がして鬼狩りはわたしごと、身を翻して”なにか”をかわした。
「旦那様……!」
 あでやかな髪をなびかせて、旦那様が現れた。
「チッ……人間のくせに勘がいいな、その汚い手で妻に触れないでいただけるか」
 見たことがない位旦那様は殺気を出している。
(これが、最上級の鬼ということ……?)
「お前にこの傷をつけられてからおまえを討伐する日を夢見てきたんだ。これくらいお茶の子さいさいさ」
 鬼狩りの声音にはひょうひょうとしたところがありながら、確かな悪意があった。
「俺はそんなこと知らないな。……何が望みだ」
 旦那様は聞いたことのない声音で鬼狩りに問いかける。
「もちろん、鬼の首さ」
(旦那様の首を……!?)
 鬼狩りの要求はどこまでも冷酷だった。
「……それで妻が助かるのか」
 旦那様は聞く耳を持ってしまっているようだった。
「もちろん」
(嘘だ。この男は絶対に嘘をついている。わたしのせいで旦那様がいなくなるなんて絶対にイヤ……)
「なら、おれはお前にこうべをたれてやろう」
 旦那様は無表情で言った。
「話が分かるのが早いじゃねえか」
 旦那様が、片膝をつくと鬼狩りはわたしを突き放した。
「きゃ……」
 そして、しりもちをついた私は旦那様と目が合った。
「俺は、どうして人間に興味があるのか分かったよ。愛を知りたかった。教えてくれてありがとう」
 これまでにないくらい穏やかな顔の、そして、人生で初めて他者から受けた告白はとてもやさしかった。
「旦那様……」
 こんなにも危機的な状況であるのにわたしは体が軽くなるのを感じた。
(これで終わらせるなんてだめよ)
 わたしはあるものが手に届く範囲にあったのを見逃さなかった。そして、鬼狩りが刀を振りかざした瞬間。
「ふん!」
 鬼狩りにとって無力化したものだと思っていたわたしは、意表をついて大きい石で頭を殴った。
「がっ」
 そして、男はそのまま白目をむいて倒れた。ぴくぴくとしているので意識を失っているだけのようだった。
「花咲!」
 旦那様はいたく取り乱した顔だった。
「旦那様あ!」
 旦那様はわたしを抱きしめる。
「なんで、あんな無理をしたんだ。俺の首は人間の作るような刀では切れない!」
 叱るようにでも慈しむように旦那様は言う。
「だって、だって、旦那様ともうなにもできなくなるのがいやだったんですっ!」
 わたしは泣きながら旦那様に必死にいった。そうすると、旦那様はほほえみながらわたしに言葉をかけてくれた。
「花咲……、ありがとう。愛してる」
(なんて素敵な方なんだろう)
「旦那様……いえ、深紫さま、わたしも……愛しております」
 わたしもほほえみ返しながら思いを伝えた。
 わたしと旦那様は見つめあった。
「こういう時にすることを……してもいいか?」
 旦那様は少し照れくさそうにした。
「わたしは深紫さまの花咲ですから。聞かずとも」
 旦那様のくちびるはわたしに優しくくちづけした。

◇◇

 騒動があってからしばらく、わたしたちは旅の準備をしていた。
「花咲、もう準備はできたか?」
 旦那様はどこかうきうきとした様子で、小屋から出てきたわたしに問いかける。
「ええ、もちろんですわ」
 わたしもついつられて声がわくわくした調子になる。
「居心地の良いところだったが、人間がうるさくてたまらんな」
(最上級の鬼を放っておくことはないでしょうね)
「ふふ」
 それがわかっていたがわたしはすっかり騒動を乗り越えた旦那様に笑顔になった。
「でも、花咲に会えた」
 そういって、旦那様はほほえんでわたしの額にくちづけした。わたしたちは、笛を吹いて平穏に過ごせる場所を探して、引越しすることになったのだ。
「長く住んだ土地を離れるのは寂しくないのか?」
 旦那様は伏し目がちに、少し気にした様子で聞いてきた。
 わたしは、もじもじとしたが、言うことにした。
「わたしの居場所は旦那様のいる場所ですもの」
 もう、心の中のお父様とお母様を指針にしていたわたしではない。
「そうか……ありがとう、花咲」
 そう言って旦那様はわたしの頭を優しくなでた。
「じゃあ、いこうか」
「はい、行きましょう」
 わたしたちは手をつないで山を後にした。わたしは後ろを振り向いて、一礼した後、また歩き出した。

◇◇

 二人が去った後の領地では、大きな問題が発生していた。
 継母があせったように声をあげる。
「どういうことだい、なんで一揆が起こるんだい」
「あなたが、かわるがわる一貫性もなく人を悪役に仕立てる上に、なんの施策もしないからでしょう!」
 領主である継母の息子が責任を押し付けようとする。
「そんなことどうでもいいだろう!どうしてタチの悪い鬼が増えるんだい!鬼狩りはどうした!」
「……最上級の鬼がどこかに行ってしまったかわりに、上級鬼が増えてしまったようです。この規模で増えるとはだれも想像が……」
「どうするんだい!こんなことで……!」
「ちくしょう……」
 継母は、悔しがる鬼狩りを横目に、次の怒りのぶつけ先を考えていた。

◇◇

「くしゅっ」
「花咲、どうした、風邪か?」
 旦那様は少し心配そうな顔でわたしに問いかける。
「いえ……どうしたのでしょう。噂でもされていたのでしょうか」
 わたしはとぼけたように言ってみせた。
 わたしたちは、山の中で少し休憩していた。
「これから、不安じゃないか?大丈夫か?」
 旦那様は少し心配そうに私に問いかける。
「不安じゃないかと言えばうそになりますが……胸が躍ってもいますわ」
 わたしは旦那様にやわらかくほほえんで見せた。
「そうか」
 旦那様はそういうとほほえんでわたしを抱き寄せた。
(きっと、これから先、なにがあってもその先には花の咲くような笑顔が待ってる。このひととなら、きっと)
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