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2巻番外編「彼等の縁の糸」
第四話番外編 キツネの初恋(2)
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「…………へ?」
それは思いがけない申し出だった。
「先ほどの会合のなかで、類さんはご自身のあやかしの姿を一部の方に見せていたんですよね? 私は残念ながら視認できませんでしたが、孝太朗さんや日鞠さんは見ることができていた様子でした」
その事実を知ってからというもの、有栖はその姿形が気になって仕方がなかったらしい。
「不躾でなければ、是非教えていただきたくて。類さんのあやかしの姿にも、狐の尻尾が生えているんでしょうか? もしかして三角耳も? それは私にも触ることはできますか?」
「えーっと……さ、触りたいの?」
「可能であれば、是非」
あれ。なんだろう。
今まで見たなかで、一番いきいきした表情を向けられている気がする。
想像の斜め上をいくお願いを受け、思わず呆気にとられる。しかしそんな彼女らしさが徐々に胸にしみこみ、気づけば類は自然と笑みを零していた。
「ははっ、本当、君って人は」
「類さん?」
「有栖ちゃんは念のため、そこに座っていてね」
言い残した類は立ち上がり、今いた二人用の席から数歩奥の四人席の前まで移動した。
「万が一気分が悪くなったりしたらすぐに言って。人によっては、妖気に当てられてしまうこともあるから」
「はい。わかりました」
「あと、できればもうひとつ、俺からもお願い」
俺のあやかしの姿が少しでも怖いと感じたら、隠さずにそう言ってね。
そう告げた類の声色は、すでに不思議な反響をまとっていた。
周囲から小さな光の粒子が集まりだし、次第に類の身体を取り囲んでいく。
元々色素の薄い茶髪が黄金色に瞬き、波打つたびにその長さを変えた。
腰元までゆるりと伸ばされた長髪が、背中あたりで赤色の紐に結われていく。
今までまとっていた私服の代わりに現れたのは、細部まで美しい刺繍が施された黄金色と白の着物だ。
二つの三角耳と優雅に揺蕩う五本の尻尾がお目見えすると、周囲に一瞬煌めく清かな風が吹き抜けた。
「──……、ふう……」
齢三十。
穂村家の大きな節目と言われるこの日に現れた妖力は、自身の想像を遙かに超えていた。
それでも急激に膨れ上がった妖力は、まるで在るべき場所を知っているかのようにこの身体にじわりと染み渡っていく。
全てが収まるべき場所に収まったのを感じ取り、類は静かに双眼を開いた。
「有栖ちゃん」
「あ……」
真っ先に像を結んだ人の名を呼ぶと、有栖はこちらに向けた瞳を僅かに揺らした。
巨大な妖力を得ることで外見を大きく変貌させる者もあると聞くが、自分は恐らくそこまで大差はない。
強いて言えば狐の耳と尻尾と長い髪、そして豪奢な着物をまとっているくらいだ。
それでもやはり、困惑させてしまっただろうか。
「有栖ちゃん。大丈夫……?」
「……」
尋ねた言葉に、有栖の返答はなかった。
ただ逸らされることなく注がれる視線に、類は何と声をかけるべきか考えを巡らせる。
そのとき、有栖の足が小さく一歩踏み出した。
一歩。また一歩。
歩みが止まるころには、あやかしとなった類の顔を覗き込むまでの距離になっていた。
「え、と。有栖ちゃん?」
「やっぱり」
「え?」
「どんな姿になっても、類さんのこの瞳は変わらないんですね」
どくん、と。
心臓が、大きな音を立てた。
「淡い、光に包まれたような瞳。いつも人を揶揄っているように見せて、本当は誰よりも人の心を守ろうとしている……優しい瞳」
「……」
「私の、大好きな人の瞳です」
好きだと思った。
理屈じゃない。
この人に、ずっと自分のことを見つめていてほしいと。
気づけば類の手は有栖の手首を引き寄せ、その身体を腕の中に閉じ込めていた。
着物越しに感じる彼女の体温。
ふわりと漂う愛しい匂い。みるみるうちに生まれていく幸福が溢れ返って、胸がぎゅうぎゅうと苦しい。
「有栖ちゃん……好き」
「……はい」
「俺の恋人に、なってくれる?」
「はい。もちろんです」
「……はあああ……」
「類さん?」
「離れたくないなあ。このままずっと、有栖ちゃんを閉じ込めておきたい」
嫌がっていないことを確認しながら、類は抱きしめる腕の力を僅かに強めた。
腕だけではなく、自分に生えた五本の尻尾を用いて彼女の退路を塞いでみる。
今は少しでも、彼女には自分のことだけを感じていてほしかった。
「ずっと閉じ込められてしまうのは、さすがに困りますね」
「う。もちろん、それはわかってマス……」
「私が、類さんのことで頭がいっぱいになってしまいますから」
え、と問うよりも早く、有栖の顔がそっとこちらに向けられる。
頬が淡い桃色に染まり、見上げる瞳は僅かに潤みを帯びながら光が瞬いている。
艶めく唇に誘われるように視線が泳いだものの、瞬時に脳内で振り切った。
口づけたい。
でも彼女はきっと、性急すぎると驚くだろう。
今まで散々待たせたんだ。
自分だって彼女のために、いくらだって待ってやる。
「これから、有栖ちゃんのことをいっぱい教えて」
「はい」
「俺のことも、たくさん知ってほしい」
「はい……」
「ねえ、有栖ちゃん」
俺のことを選んでくれて、ありがとう。
再び互いの隙間をなくすように、有栖の身体を優しく包み込む。
有栖の手がおずおずと自分の背中に回ったのを感じ、胸がぎゅうっと甘く締めつけられた。
徐々に妖力を解いていった類が、漂う光の粒のなかで元の人間の姿に戻っていく。
そっと視線を交わすと、有栖は幸福が溢れるような面差しで笑った。
おわり
それは思いがけない申し出だった。
「先ほどの会合のなかで、類さんはご自身のあやかしの姿を一部の方に見せていたんですよね? 私は残念ながら視認できませんでしたが、孝太朗さんや日鞠さんは見ることができていた様子でした」
その事実を知ってからというもの、有栖はその姿形が気になって仕方がなかったらしい。
「不躾でなければ、是非教えていただきたくて。類さんのあやかしの姿にも、狐の尻尾が生えているんでしょうか? もしかして三角耳も? それは私にも触ることはできますか?」
「えーっと……さ、触りたいの?」
「可能であれば、是非」
あれ。なんだろう。
今まで見たなかで、一番いきいきした表情を向けられている気がする。
想像の斜め上をいくお願いを受け、思わず呆気にとられる。しかしそんな彼女らしさが徐々に胸にしみこみ、気づけば類は自然と笑みを零していた。
「ははっ、本当、君って人は」
「類さん?」
「有栖ちゃんは念のため、そこに座っていてね」
言い残した類は立ち上がり、今いた二人用の席から数歩奥の四人席の前まで移動した。
「万が一気分が悪くなったりしたらすぐに言って。人によっては、妖気に当てられてしまうこともあるから」
「はい。わかりました」
「あと、できればもうひとつ、俺からもお願い」
俺のあやかしの姿が少しでも怖いと感じたら、隠さずにそう言ってね。
そう告げた類の声色は、すでに不思議な反響をまとっていた。
周囲から小さな光の粒子が集まりだし、次第に類の身体を取り囲んでいく。
元々色素の薄い茶髪が黄金色に瞬き、波打つたびにその長さを変えた。
腰元までゆるりと伸ばされた長髪が、背中あたりで赤色の紐に結われていく。
今までまとっていた私服の代わりに現れたのは、細部まで美しい刺繍が施された黄金色と白の着物だ。
二つの三角耳と優雅に揺蕩う五本の尻尾がお目見えすると、周囲に一瞬煌めく清かな風が吹き抜けた。
「──……、ふう……」
齢三十。
穂村家の大きな節目と言われるこの日に現れた妖力は、自身の想像を遙かに超えていた。
それでも急激に膨れ上がった妖力は、まるで在るべき場所を知っているかのようにこの身体にじわりと染み渡っていく。
全てが収まるべき場所に収まったのを感じ取り、類は静かに双眼を開いた。
「有栖ちゃん」
「あ……」
真っ先に像を結んだ人の名を呼ぶと、有栖はこちらに向けた瞳を僅かに揺らした。
巨大な妖力を得ることで外見を大きく変貌させる者もあると聞くが、自分は恐らくそこまで大差はない。
強いて言えば狐の耳と尻尾と長い髪、そして豪奢な着物をまとっているくらいだ。
それでもやはり、困惑させてしまっただろうか。
「有栖ちゃん。大丈夫……?」
「……」
尋ねた言葉に、有栖の返答はなかった。
ただ逸らされることなく注がれる視線に、類は何と声をかけるべきか考えを巡らせる。
そのとき、有栖の足が小さく一歩踏み出した。
一歩。また一歩。
歩みが止まるころには、あやかしとなった類の顔を覗き込むまでの距離になっていた。
「え、と。有栖ちゃん?」
「やっぱり」
「え?」
「どんな姿になっても、類さんのこの瞳は変わらないんですね」
どくん、と。
心臓が、大きな音を立てた。
「淡い、光に包まれたような瞳。いつも人を揶揄っているように見せて、本当は誰よりも人の心を守ろうとしている……優しい瞳」
「……」
「私の、大好きな人の瞳です」
好きだと思った。
理屈じゃない。
この人に、ずっと自分のことを見つめていてほしいと。
気づけば類の手は有栖の手首を引き寄せ、その身体を腕の中に閉じ込めていた。
着物越しに感じる彼女の体温。
ふわりと漂う愛しい匂い。みるみるうちに生まれていく幸福が溢れ返って、胸がぎゅうぎゅうと苦しい。
「有栖ちゃん……好き」
「……はい」
「俺の恋人に、なってくれる?」
「はい。もちろんです」
「……はあああ……」
「類さん?」
「離れたくないなあ。このままずっと、有栖ちゃんを閉じ込めておきたい」
嫌がっていないことを確認しながら、類は抱きしめる腕の力を僅かに強めた。
腕だけではなく、自分に生えた五本の尻尾を用いて彼女の退路を塞いでみる。
今は少しでも、彼女には自分のことだけを感じていてほしかった。
「ずっと閉じ込められてしまうのは、さすがに困りますね」
「う。もちろん、それはわかってマス……」
「私が、類さんのことで頭がいっぱいになってしまいますから」
え、と問うよりも早く、有栖の顔がそっとこちらに向けられる。
頬が淡い桃色に染まり、見上げる瞳は僅かに潤みを帯びながら光が瞬いている。
艶めく唇に誘われるように視線が泳いだものの、瞬時に脳内で振り切った。
口づけたい。
でも彼女はきっと、性急すぎると驚くだろう。
今まで散々待たせたんだ。
自分だって彼女のために、いくらだって待ってやる。
「これから、有栖ちゃんのことをいっぱい教えて」
「はい」
「俺のことも、たくさん知ってほしい」
「はい……」
「ねえ、有栖ちゃん」
俺のことを選んでくれて、ありがとう。
再び互いの隙間をなくすように、有栖の身体を優しく包み込む。
有栖の手がおずおずと自分の背中に回ったのを感じ、胸がぎゅうっと甘く締めつけられた。
徐々に妖力を解いていった類が、漂う光の粒のなかで元の人間の姿に戻っていく。
そっと視線を交わすと、有栖は幸福が溢れるような面差しで笑った。
おわり
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