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第7話 沙羅さんは大切なお友達

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 プロジェクトのメンバーは、リーダーの柊さんを筆頭に第一グラフィック部から沙羅さん、第二グラフィック部から柚、第二編集部から戸塚さん──そして総務部から私の計五人で構成されていた。
「大手からの受注ででかく取り上げる予定の案件だ。気合い入れて取り組んでくぞ~!」
 明るい言葉ながら、柊さんの瞳は真剣そのものだ。確かに資料を読み込んでいけばいくほど、この企画の希少さが理解できる。
 主演は結婚と同時に海外に移住した人気男優。ヒロインは今人気絶頂の美人モデル。テレビに疎い私でも、思わず目を見張るほどの著名人が揃い踏みになっている。
 さらに原作者とあっては、それこそ名実共に世間に知られた美形小説家だ。
「日下部先生とのやりとりは例によって慧人に担当してもらう。頼んだぞ」
「わかりました。早速明日にでもご挨拶を」
「機嫌取りも仕事のうちだがなぁ~。油断してぺろりと食べられちまわないように気を付けろ? はっはっは!」
 柊さんの冗談に沙羅さんが無言の圧を送る。
 その傍らで、私は今更な事実を思い知った。
 沙羅さんを好きになるということはつまり、何十人何百人が恋のライバルになるということだ。日下部先生はその筆頭と言えるだろう。
 唐突に実感した新たな困難の壁に、ぐらりと頭が回る。
「ということで、小鳥ちゃん」
「ッ、あ、はい!」
「小鳥ちゃんは事務関係の調整と取材時のアシスタントを宜しくね」
「は、はいっ、わかりました……!」
 柊さんからの指示に、慌てて返答する。
「特に小鳥ちゃんはプロジェクト初参加だからさ。わからないことがあったら何でも質問してきて!」
「はい!」
「最初はひとまず、慧人と一緒に各所のスケジュール調整に回ってくれる?」
「は──、」
「い」と言う前に撤収を告げられた会議に、私は一人腰を上げるタイミングを逸していた。



 どうしてこんなことに……。
 本日二回目。帰宅するなりテーブルに突っ伏したままの私に、兄の翼が聞こえよがしのため息を吐いた。
「ったく、何だよそのしみったれた顔。仕事の方はひと段落ついたんじゃねーの?」
 それでも無言でテーブルに置かれたコーヒーに気づき、有難くいただくことにする。
「前の徹夜続きの時よりはね。また少し大きな案件を任してもらうことになったけど」
「そんじゃあ何だよ。ガキの頃みたいにま~た馬鹿な男にいじめられてんの?」
「ばっ、馬鹿な男なんかじゃ……っ!」
 あ。と思ったときには既に遅かった。
「ふ~ん……」と顎をさすりながら、翼がニヤニヤ悪い笑みを浮かべる。
「お前がここにきてようやく、男関係で悩んでるとはねぇ」
「お、男関係って……!」
「んで? 誰だよお相手は? 新入社員? 取引先の奴? それともまさか、前に話してたあの“女神”様に惚れたんじゃ──、」
 こちらに向けられた瞳が丸く見開かれた。お母さん譲りの青い瞳。相変わらず綺麗だ。
「へえ。図星ですか、小鳥サン」
「な、ちょ、ちが……!」
「お前ほど嘘発見器が必要ない奴も珍しいと俺は思う」
「~~っ!」
 あの時は沙羅さんを「女性」として話していた私だったが、勘違いを知った後すぐにその事実を翼に伝えていた。その後は別にこれといって話題に出すことも無かったと思う、けれど……?
 窺うような視線を向ける私に気付いたのか、翼は大きなため息をこぼした。
「なーんとなくだけどな。実はちょっとばかし予想はしていた」
「私、そんなにわかりやすかった……?」
「他の奴が見たらどうだろうな。小鳥は元々すぐキョドるし顔色変わるし、判断基準が曖昧だもんよ」
 意外にも冷静な言葉に、胸をなで下ろす。
「確かその女神サンって、顔も良くて仕事も出来て人当たりも良くて男女問わず人気が絶えず……って奴だったよな?」
「あ、ははは……そう、なんですよねぇ」
 馬鹿だな。そんな望みのない恋をしてしまって。
 何の奇跡か屋上で言葉を交わし、さらには人生初の異性の友達へ。そんな奇跡みたいな繋がりを持てただけで満足していれば、どれだけ幸せだっただろう。
「あーあ。人が折角作ったコーヒーを」
「え?」
「しょっぱくなんぞ。んなダラダラ涙を流し込んだら」
 指摘され、慌ててぱっとマグカップから身を引いた。頬を擦り上げ、翼をじとりと睨み付ける。
「……そんな泣いてないもん」
「ふん。相変わらず小鳥は諦めが早いよな」
 ぐーっと腕を天上に伸ばし、翼がソファーにダイブした。
「つか肝心の女神サンはどうなのよ。既婚者じゃないんだろ? 彼女はいんの?」
「いないらしい。柚情報」
「あー。あの黙ってれば美人なオトモダチね」
 柚が聞いたらはっ倒されそうなことを、翼はしれっと口にした。
「そんなら初めっから諦める理由とかなくね? 俺だったら完璧落としにかかるけどね」
「女ったらしのアンタと一緒にするな」
 とはいえ、言われてることはご尤もだから情けない。
「沙羅さんはね、本当に自然と人の目を引いちゃうような人なの」
 コーヒーなのにまるで悪酔いしたみたいだ。
 何かの魔法にかかったみたいに、私は最近募らせていたものを徐々に言葉にしていく。
「そんな人が私の歌を好きだっていってくれたの。お母さんにいつも歌ってもらっていた歌ね。それが初めは、嬉しくて、でも同じくらい恐れ多くて」
「……」
「でも、最近までは友達としてすっごくうまくいってたの。それなのに、私がどこかで間違えた、せいで」
 言葉尻が、情けなく震えてしまった。
「どうしてかなぁ。折角、大切な友達になってくれたのに……」
「あーもー! 仕方ねぇなぁ!」
 突然背後から出された雄叫びに、滲みかかっていた涙が引っ込んでしまった。
「ったく! 確かにお前は小さい頃から自信のない奴だった! でもな、卑屈になるのはせめて相応の行動に移ってからにしろ!」
「こ、行動?」
「おうよ!」
 ふんっと鼻を鳴らした翼は、何とも自然に私の顎をすくう。
「一応俺、モデル事務所所属なのを忘れてない? 小鳥ちゃん?」
 迫りくる翼の天使スマイル(事務所命名)に、たらりと背中に冷たい汗が流れた。
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