月光の乙女と漆黒の覇王

里中一叶

文字の大きさ
13 / 17

故郷

しおりを挟む
アナスタシアの体調は少しずつ良くなって来たが、まだ全快には程遠い。
皇帝陛下からしばらく後宮を離れて、離宮で療養した方がいいのではないかと提案があり、リリー、レインとマリナが付いて離宮に移ることが決まった。

出発の朝、アナスタシア一行の責任者として挨拶に来たのは、エドだった。

「往復の警備及びアナスタシア様があちらに逗留中の物資補給の責任者、エドでございます。」

侍女の手前、丁寧に挨拶をしているが、アナスタシアを見てにっこりと笑ってくれた。

「片道5日程かかりますので、辛かったら言ってください。」
「はい。」

アナスタシアは、大きめの馬車の座面の間にクッションを敷き詰めた簡易ベッドに横になっての移動だったのと夜は宿屋に泊まるため、あまり疲れることはなかった。

そして到着し、馬車をエドに抱き抱えられて降りたアナスタシアが見たのは、自分の生まれ育ったクレアの城だった。

「エド…」
「慣れた場所の方がいいだろうと思って、マリナを探しに来た時に離宮に整備しておいたんだ。俺はずっと一緒にはいられないけれど、時間を作って会いに来るから、ここで療養して早く元気になって欲しい。」

エドに耳元でこっそりそう言われて、アナスタシアはうなづいた。

さすがに塔ではなく、代々王妃が使っていた部屋がアナスタシアの居室に用意されていた。

「エリザベータの使用していた趣味の悪い調度品は片付けて、アナスタシアの好みに合わせたよ。売ったお金で買い替えた。」

エドがそう言ってウィンクするので、アナスタシアは思わず笑ってしまった。

リリーやレインの手前、エドとは皇帝陛下の寵姫と陛下の命令で世話係をしている臣下の態度は崩せない。

到着して3日経ち、リリーとレインが外している時に、マリナがアナスタシアのベッドの側に来た。

「姫様は、皇帝陛下よりエド様が、お好きなのではありませんか。」

アナスタシアは顔が赤くなるので、思わず布団を上まで上げた。

「リリーさん達は気付いてないようですが、姫様とずっと一緒にいた私はごまかされませんよ。陛下と一緒にいらっしゃるところは、見たことありませんが、嘘をつけない姫様が、ふたりの男性を手玉にとるほどの事ができるわけないですから、エド様への好意がだだ漏れなことを考えるとそう答えが出ました。」
「…マリナには隠せないわね。私はエド様が好きよ。妻にするための準備をするから待っていて欲しいと言われて、この指輪を貰ったの。」
「姫様、カリアス帝国の風習をご存知ですか?」
「風習?」
「男性から女性に指輪を贈るとき、女性の瞳の色の石はあなたを愛しているで、自分の瞳の色は結婚してくださいなんですよ。」
「マリナは、なんでそんな風習を知っているの?」
「リリーさん達が、姫様の指輪見て、陛下に貰ったと思っているらしく、私に姫様は陛下のご寵愛があつく、瞳の色の指輪までいただいたのねと話していたんです。」
「それじゃリリーたちは、陛下に貰ったと思っているのね。」
「陛下の耳に入ったら、大変ですから母上様の形見とでも言っておきます。それから、そろそろエド様が来るはずですので、私は隣の控え室に移動しますね。姫様はエド様との時間を楽しんでくださいね。」
「ちょ、ちょっと待って。マリナ」

マリナと入れ違いにエドが部屋に入って来る。侍女が誰もいないので、ためらいながらアナスタシアのベッドに近づいて来た。

「アナスタシア?」
「エド様、マリナがね。2人だけの時間をくれたの。隣の控え室にいるからって。」
「そうか。俺は明後日には一旦、帝都に戻らないといけないから、その前にこんな時間をもらえてうれしいよ。」
「しばらく会えないのね。」
「次に会う時は、一緒に外へ行けるくらいに元気になっていてくれ。」
「わかったわ。がんばる。」
「頑張らなくていいから。」

そう言って、アナスタシアの頭を優しく撫でてくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので隣国に逃げたら、溺愛公爵に囲い込まれました

鍛高譚
恋愛
婚約破棄の濡れ衣を着せられ、すべてを失った侯爵令嬢フェリシア。 絶望の果てに辿りついた隣国で、彼女の人生は思わぬ方向へ動き始める。 「君はもう一人じゃない。私の護る場所へおいで」 手を差し伸べたのは、冷徹と噂される隣国公爵――だがその本性は、驚くほど甘くて優しかった。 新天地での穏やかな日々、仲間との出会い、胸を焦がす恋。 そして、フェリシアを失った母国は、次第に自らの愚かさに気づいていく……。 過去に傷ついた令嬢が、 隣国で“執着系の溺愛”を浴びながら、本当の幸せと居場所を見つけていく物語。 ――「婚約破棄」は終わりではなく、始まりだった。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

冷徹と噂の辺境伯令嬢ですが、幼なじみ騎士の溺愛が重すぎます

藤原遊
恋愛
冷徹と噂される辺境伯令嬢リシェル。 彼女の隣には、幼い頃から護衛として仕えてきた幼なじみの騎士カイがいた。 直系の“身代わり”として鍛えられたはずの彼は、誰よりも彼女を想い、ただ一途に追い続けてきた。 だが政略婚約、旧婚約者の再来、そして魔物の大規模侵攻――。 責務と愛情、嫉妬と罪悪感が交錯する中で、二人の絆は試される。 「縛られるんじゃない。俺が望んでここにいることを選んでいるんだ」 これは、冷徹と呼ばれた令嬢と、影と呼ばれた騎士が、互いを選び抜く物語。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~

深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

婚約破棄されたスナギツネ令嬢、実は呪いで醜くなっていただけでした

宮之みやこ
恋愛
細すぎる一重の目に、小さすぎる瞳の三百眼。あまりの目つきの悪さに、リュシエルが婚約者のハージェス王子に付けられたあだ名は『スナギツネ令嬢』だった。 「一族は皆美形なのにどうして私だけ?」 辛く思いながらも自分にできる努力をしようと頑張る中、ある日ついに公の場で婚約解消を言い渡されてしまう。どうやら、ハージェス王子は弟のクロード王子の婚約者であるモルガナ侯爵令嬢と「真実の愛」とやらに目覚めてしまったらしい。 (この人たち、本当に頭がおかしいんじゃないのかしら!?)

処理中です...