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第二章 人にきびしく……

第13話

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 ようやく希望が見えてきたと思ったら、また新たな問題が発生した。

 図面はある。
 その図面通りにつくれる鍛冶師もいれば、竜玉の劣化版だがワイバーンの竜玉もある。

 ただ、金がない……。

 クロエと話し終わったあと、素材を換金してくれる冒険者ギルドにそれとなく話を聞いてみたのだが——



『はい? ウォーウルフの毛皮700枚?』

『そうです……』

『そんなに持ってこられても全部は換金できないわね~。めんどいし』

『で、ですよね~? じゃあ、身元引受人のクロードさんの名義で、ちょっとばかりお金を貸してもらうのは~……』

『それ、クロードさんに許可をとったの?』

『うぐっ……』

『それに未成年にはお金は貸せないって決まりもあるし、第一に貸せて10万ゴルまでよ? それも、きちんと冒険者ライセンスがあって、A級以上じゃないと……』

『は、はい……。なんか、すんませんでした……』



 ——とまあ、ギルドのお姉さんに懇切丁寧かつ、呆れに呆れられた。

 チクショウ、俺のことは挨拶したときに「可愛い~♪」とか言ってたくせに……。

 そんな感じで、俺はすっかりやる気をなくしていた。

 ちなみに俺の所持金は——1243ゴル……。ガキの小遣い程度かよ……。
 あ、いや、今はガキだが、さすがに金なさすぎだろう……。

 カウンターでうなだれていた俺は大きなため息をついた。

「クロード、クロエは?」

「二階だ。今晩はうちの宿に泊まるってよ」

「そ、そっか……」

「でも明日には立つってさ。それまでに返事を聞かせろって」

「うぐっ……」

 金もないし時間までなくなるとか、どういうことだよ女神様……。

「なあ、クロード——」

「ダメだ」

「まだなんも言ってねぇだろうがっ!」

「あのな、ケイン……じゃなかった。カイン」

「二人のときはケインって呼んで……」

「相当気持ち悪な、お前……」

 げんなりとした顔で見られたが、俺だってこんなにしおらしくしたくてしているわけじゃない。単純に金のなさにヘコんでいるだけだ。

 気を取り直してクロードが口を開いた。

「あのな、ケイン。金を貸してくれって言うつもりか?」

「まあ、そんなとこ……」

「ま、ぶっちゃけそんなにないから無理だ」

「っておーーーい! さっきはありそうな口調だったろ!」

 思わずツッコんだが、こいつときたら~……。

「ま、若い娘さんの前だ。俺にもかっこつけさせろよ」

「このロリコンめ……」

「十六って話だし、成人してるからいいだろうが。——で、金はないから無理。貸せない」

「チッ……。頼りにならねぇダチだぜ……」

 俺はグラスのストローをチューっと吸った。ちなみにオレンジジュースだ。

「ケイン、あの家を売っぱらったらどうだ? それなりにはなるだろ?」

「ダメだダメ! そんなことしたらアリーゼが帰ってくる家がなくなるだろっ!」

 俺は反駁したが、確かにそれも考えた。

 家を売れば——まあ500万ゴルにいかなくても、ローンの頭金くらいにはなるだろうが……それでもやっぱりアリーゼのことを考えたら手放せない。

 なにか、あいつに残せるとしたら、今はあの思い出のつまった家くらいしかないだろうから。

 ただ、クロードの見解は違うみたいだ。

「売っ払ってまた買い戻せばいいだろ?」

「そしたらまた金がかかる」

「じゃあ売りっぱなしで。つーかさ、アリーゼが帰ってくると思う?」

「え?」

「英雄目指して王都に行って——で、寄宿舎に入るんだろ? んで、しばらくは帰ってこないわけだし、帰ってきてもお前の墓参りぐらいだ。家に寄らないかもしれねぇぞ?」

「俺の、墓参り……」

 そうか、俺、死んだことになってるのか……。

「それに英雄街道まっしぐらなら、家なんて帰ってこないかも」

「いや、それでも……。いちおう俺はこうして生きてるわけだし……」

「じゃあ、けっきょくさ、どうすんの? アリーゼに自分は生きてますって伝えるの?」

「……いや、きっと信じてもらえねぇだろうな……」

 町の連中だって誰一人、クロードを除いては、俺をケイン・フォスターだと信じない。
 俺が若返ったせいもある。

 でも、それよりもなによりも、そもそも英雄は英雄のまま逝かせたいってことで、あまり俺の話題を口にすることはしなかった。口を開けば文句しか出てこないから。

 ……たく、優しいんだか、俺のこと嫌いなんだか……。

「そんなこと、やってみなきゃわからねぇって。手紙の一つでも出すとかすれば、字でお前だってわかんだろ?」

「この腕でか?」

「……そうだったな。悪い」

「いや、いい……。——それよか、家、売ったらいくらになるかな?」

「ま、良くて200万ゴルってところか。木造で一部レンガ造りの中古物件だし」

「いや、もうちょっと高くなるだろ?」

「築年数は?」

「俺が買ったときが築20年くらい」

「じゃあやっぱそんなもんだ。売って200万ゴル。で、残りの300万ゴルはクロエに借金を申し込んでみたら?」

「どうかな……? 返すあてならあるけど……」

 そう言って悩んでいると、クロードは目を点にしていた。

「は? 返すあてって?」

「言ってなかったか? 俺、王都に持ち家があるんだよ。で、そいつを売っぱらえばそれなりに——」

「ちょーーーと待て。おまっ……王都に家?」

「ああ。俺が買ったときが新築で、たしか十八のときだったから、もう築20年くらいだけど……」

「おい。王都に持ち家あって、しかもほとんど使ってない中古物件だと? 場所は?」

「東区」

「つーことはあれか? それなりに金持ってる連中が住んでる場所だから——はぁ?」

 クロードがいきなりキレだした。

「お前、それ一億ゴル以上で買ったろ⁉︎」

「えっと……まあ、だいたいそれくらいか?」

「なんでだよ! なんでそんな金持ちなのに金がねぇんだよ!」

「だから20年前! 俺が【死の山】に行く前! 【死に戻り】する前!」

 まあ、俺も久しくその存在を忘れていたが、確かに俺の名義の家がそこにまだあるはず。

「かぁーーー。すっかり騙されてた。貧相なツラして実は金持ちだったんだな?」

「だから昔の話だっつーの! 昔はな、良かったんだよ。剣術の三大流派を会得して、冒険者家業もブイブイ言わせてて、女にもモテて……今は貧相な腕なしの中身オッさんな……みせ……未成年…うわぁ~~~~~~ん!」

「おいおい、昔を思い出して泣くとか情けねぇからやめろって……。つーか、この状況、俺が子供を泣かしたみたいに見えるじゃん……?」

 自分で言っていてさすがにヘコんだが、まあ事実なのでしかたがない。

 ひとしきり泣いたあと、クロードが先に口を開いた。

「じゃあ王都にあるっていうその家を売っ払ったらいいわけか?」

「でもなぁ、そのためには直接王都に行かないとダメなわけで……」

 俺が「この腕じゃなぁ」と言うと、

「だったら引っ越すぞ!」

 クロードが笑顔で言った。

「は? 引っ越す?」

「そう。いっそここにあるお前の家を売っ払って、王都に引っ越してその良さげな家に住むってどう? そしたらアリーゼも近くにいるわけだし、顔も見れるだろ? この親バカ」

「いや、でも、それはなぁ……。——ん? 今、さりげなく親バカって言わなかったか?」

「で、二つの家を売っ払ったら、たぶん3000万ゴルくらいになるだろ? そしたらその金で義手をつくってもらって、残った金で俺の新しい店を買う! どうだ?」

 なるほど。それもいい案……って、え?

「……えっと、俺はどこに住むの?」

「お前は~、えっと~……ほら、スラムとかあるだろ? 王都だし」

「おぉーーーい! 義手を手に入れても俺が大損してるじゃねぇか! つーか、なんで金がお前の懐に入ってんのぉ⁉︎」

「ちょっ、落ち着け! 義手が手に入ったらお前も自分で冒険者やって稼げるようになるだろ? それまでは王都に買う新しい俺の店で寝泊まりさせてやるから」

「つーか元から全部俺の金だろうがっ!」

「これまでのツケ! だったらすぐに払えよ!」

「てめっ……それは今言っちゃあいけないでしょうがっ!」

「この文なし!」

「黙れクズ店主!」

 クロードとそんな金をめぐる醜い争いをしていたら、



「——ちょっといい?」



 二階からクロエが降りてきた。

「どうしたんだい、クロエ」

 クロードがそう言うと、クロエは気難しそうな顔で言った。

「今の話、二階まで丸聞こえだったんだけど、親父さんとカイン、王都に引っ越すの?」

「ああ。そしたら金ができるからカインの義手もつくってもらえるだろ? あ、それだったらクロエさんにも王都についてきてもらう必要があるか」

「いや、まだ決定したわけじゃ——」

 俺がそう答えると、クロエは最後まで聞かずに、キッと表情を強張らせて口を開いた。

「ダメ! 金ができても王都には絶対帰らない!」

「「え……?」」

 俺とクロードは互いに顔を見合わせた。

 ……えっと、なんか訳あり的なやつ?
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